二転三転、その先は?

ものの数分で戦況は激化していた。それぞれが各々の敵と戦う中、真白は戦っていた敵を残らず殲滅する。
短く息を吐いて呼吸を整え周囲を見渡した瞬間、彼女は恐らく今までで一番と言ってもいい程の速い瞬歩で怪物・アヨンと戦う檜佐木達の所へ駆けつけた。

「檜佐木副隊長!!! 射場副隊長!!!」

その叫びに気づいた山本は、アヨンに向けていた斬魄刀を収めた。それは真白の本当の強さを知っているからこその動作である。

まわれ、『月車つきぐるま』!!!

大鎌を振り上げ、松本の治療をしていた吉良の元へ行こうとするアヨンの左腕がスパッと斬り落とされた。一瞬の出来事に吉良は驚きに目を瞠る。

「どこに行こうとしているのかな」
「なっ………縹樹君……!!」
「駆けつけるのが遅くなってしまい、申し訳ありません。吉良副隊長はそのまま、松本副隊長と………」

微かに感じる霊圧。先程までは無かったものだ。

「………雛森副隊長の治療を、お願いします」

何故彼女がここにいるのか。真白は予想のつく疑問をすぐに頭から消して、戦いに行こうとしたが消えそうな声が後ろから聞こえ、ピタリと足を止める。

「っ………縹樹、さん……」
「……雛森副隊長」
「ごめん、なさい…っ!」

『ごめんなさい』と言われる理由が分からない真白は、何を言おうかと暫くの間考えた。ポンと思い浮かんだそれは、この場で言うには不釣り合いで。けれどこれしかなかった。

「雛森副隊長」
「なに………?」
「この戦いが終わったら、一緒に甘味処へ行きませんか」
「へ…………」

顔だけ後ろに振り向かせて、優しく微笑んだ。

「いつも誘ってもらっているのに、断ってばかりでごめんなさい。……甘味処だけじゃなくて、藍染惣右介の話を肴に……飲みにも行きませんか?」
「あっ…………!」

雛森の目にはじわりと涙が滲み、真白の姿もぼやけて見える。もう誰とも藍染の話が出来ないと思っていた雛森にとって、その誘いは思ってもみなかったものだったのだ。彼女は返事をしたいのに言葉が何も出てこなくて、ただ必死に頷くしか出来なかった。それを見た真白はゆっくりと前を向き、アヨンと対峙した。
アヨンは斬り落とされた左腕を、右手でべちゃんと触れる。ドクドクと流れる血に、何度も何度もべちゃんべちゃんと叩いた。

「オッ、オッ、オッ」

べちゃべちゃ。血が空に飛び散る様子を、真白は目をそらさず見続ける。吉良はアヨンの奇怪な行動に顔を蒼褪め、言葉を失う。

「オオッ、オオォッ、おおおオオオオオオ!!!

ぎょろりと目を見開かせ、叫び声を上げた怪物。地響きのようにずっと叫び続けるアヨンの異様な光景に、吉良の戸惑う声が掻き消される。真白は大鎌を強く握り、靡く死覇装の音を拾う。

「………哀れな物の怪」

アヨンの腕が叫び声と共に肥大化する。その姿に驚いた吉良だが、先程よりも速いスピードで真白に迫ったその速さにまた驚愕する。しかし真白は違った。それよりも速い速度の瞬歩で肥大化した腕の横に立ち、ソッとその腕に触れる。

「残念、届いてないよ」

温度すら感じさせない眼で、真白は鎌を振り上げた。

月ノ海つきのうみ 第一番『月蛇げつじゃ

アヨンの身体を真っ白な蛇がシュルシュルと這い上がり、ギチギチと締め付ける。アヨン程の力があっても、それは決して千切れない。蛇は大きく口を開けて歯をアヨンに突き立てる。途端に「オオォオオオオ!!」と叫び声を上げるが、そんなもの真白には関係ない。蛇の毒がアヨンの身体全体に行き渡るには時間がかかると思った彼女は、更なる攻撃を重ねた。

つき入江いりえ 第四番『熱月ねつがち

鎌先から白い炎が飛び出し、やがて怪物を飲み込んだ。アヨンは叫び声すら発する暇もなく、炎が消え去る頃には姿形もなかった。

「吉良副隊長、まだです。結界を強く張っていてください」

そう言ったが否や、上から松本らが戦っていたアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンが己の得物を持って攻撃してきた。背中はガラ空き、いける! 三人は息ぴったりに隻腕で挑んだが――。

「惜しい」

ツキ、と。優しく呟かれた斬魄刀は、空を埋め尽くすほどの白い炎で三人を燃やした。アヨンとは違い、まだかろうじて息をしているアパッチ達は戦う力すら無くし、地面へと落ちていく。

「さようなら」

最後まで見届けることなく、斬魄刀を鞘に収めて吉良の所へ戻る。激化する戦場の音を聞きながら、松本の傍らに膝をつく。

「縹樹君……あの強さは…」
「……あれくらい、何ともないですよ」

そう言いながら松本の容態を見るが、思ったよりも酷い。これは普通の治療では治らない。どうすれば――と、ふと思い浮かんだのはある女の子の姿だった。

「………井上、織姫」
「え?」
「ほら、あの旅禍の! 井上さんの能力なら治せますよ!」
「! 確かに………。でも、彼女がここまで来るのを待っていられるか……」
「っ…………」

自分の斬魄刀の力を使うか。松本の傷口を見ながら焦る真白だが、ゾクリとした何かを感じ鯉口を切った。見上げた方向には、いつかの日に見た破面――ワンダーワイスが黒腔ガルガンタの入り口に立っていた。その後ろからはのっそりと一つ目の、大虚よりも大きい何かが此方へと身を乗り出している。
ワンダーワイスの速さは身をもって知っている。真白はいつ襲撃されてもいいように構えていたが、全くの大外れだった。ワンダーワイスはタッと軽く跳んだだけ。それなのに一瞬にして浮竹の背後を取り、彼の腹に腕を貫通させた。

「な……」
「ア゛〜〜〜〜〜……」

右手を浮竹の血で染めたワンダーワイスを、京楽が仕留めようと刀を振り下ろす。けれど彼が戦っていた相手は#1プリメーラ・スターク。そんな存在を放っておいてワンダーワイスの方へ来てしまった京楽は、明らかに冷静さを欠いていた。

「春水! 後ろ!」

叫ぶ真白の声と同時に、自分の背中に銃口が当たる。目だけで振り向いた京楽だが、敵は引き金を引いてしまった。ドン、と虚閃が撃たれ、京楽と浮竹は戦闘不能となってしまう。

「春水!! 十四郎!!」

山本が二人を呼ぶが、突如として叫び出したワンダーワイスの声に掻き消された。鼓膜を揺らすそれに真白は耳を塞いだが、彼のその叫び声によって隊長達が死ぬ思いで捕えたはずの破面達が解放された。それは破面だけではない――藍染達をその場に留めておく為の炎の壁すらも、だ。
煙が晴れ、見えなかった姿が徐々に現れる。真白は耳から手を離し、やっと見ることのできた彼の姿に不謹慎ながらも泣きそうになった。

「――厭な匂いやなァ、相変わらず」
「同感だな」
「“死の匂い”てのは、こういうのを言うんやろね」
「結構な事じゃないか。死の匂いこそ、この光景に相応しい」

吉良が絶望に打ち震える。隊長格達はもうボロボロで、腕さえまともに上がらない。真白は揺れる吉良の霊圧を感じ、ソッと目を閉じた――その時だった。

「待てや」

とても聞き覚えのある声だった。

「久しぶりやなァ、藍染」

毎日聞いていた、会っていた。それこそが『日常』だった。けれどそれは唐突に消え去って、彼らがいない『非日常』こそが『日常』となった。
希望と絶望を内に抱えながら、真白はゆっくりと目を開く。そこには記憶の中の彼らと変わらない姿が、確かにあった。