中は見ないでお願いね

「あ? ルキア、それお守りか?」
「む、そうだ! これはここに来る前に友人がくれたのだ」

学校からの帰路、ルキアの鞄に付いているピンク色のお守りを見つけた一護。問いかけられたルキアは嬉しそうに笑ったあと、真っ白い髪を靡かせる、儚い人を思い出して頷く。

「お前にも友達なんていたんだな」
「失礼だな貴様は…。まぁ、あやつは…」

茜色に染まる空を見上げ、ルキアは初めて彼女と話した日のことを思い出した。

「朽木さん!」
「はい?」
「これ、落としましたよ」
「すっ、すみません!」

はい、と手渡されたのは白いハンカチ。いつの間にやら落としていたそれを、ルキアは慌てて受け取った。十三番隊では見たことがないから、きっと他隊の人だろう。それだけでルキアは緊張してしまったのだ。

「ぷっ…」
「?」
「あはは! そんなに固くならなくてもいいですよ。私、平隊員ですから」
「え、あ、いや…!」
「ふふ、それじゃあ失礼しますねぇ……あ、」

軽く頭を下げた真白はすぐに振り返り、気まずそうに頭を掻いた。ルキアはきょとんとしてその場に突っ立っている。手にはハンカチを持ったままだ。

「ここに吉良副隊長が来ても、私には会わなかったって言っておいてもらってもいいですか?」
「え……」
「仕事はきちんと終わらせたんですけど、配達には行ってなくて…。戸隠さんが行ってくれるはずなんですが、吉良副隊長に見つかってしまって…」

そんな話をしていると、遠くから「縹樹君!!」と呼ぶ吉良の声がここまで聞こえてきた。あちゃーと気まずそうにしているのを見ると、彼女の名前らしい。

「あーあ…今度は説教何時間コースなんだろ…」

諦めたように項垂れた真白に、ルキアはグッと拳を握った。

「言いません!」
「へ?」
「吉良副隊長に秘密にしておくのですね?」
「あ……いいんですか…?」
「はい!」

力強く頷いたルキアを見て、真白はキョロキョロと辺りを見渡したあと、照れ臭そうに笑った。初めて彼女を見たルキアだが、その表情は真白にとても似合っていた。

「…ありがとうございます、朽木さん」
「いっ、いいえ! …あれ、名前…」
「縹樹真白」

突然知らない名前を言われ、きょとんとするルキアにくすりと笑う。真白がルキアの名前を知っている理由なんて簡単だ。彼女が白哉の妹だから。どんな人物かは知らなかったのだが、この会話だけでわかった。

「名前です、私の」
「縹樹、殿…?」
「真白でいいですよ」

それじゃあ、と手を振った真白は、今度こそ吉良から逃げるために走り去ったのだった。その後やってきた吉良がルキアに真白のことを尋ねたが、ルキアは宣言した通り本当のことは一切言わなかった。

「あ、朽木さん!」
「…? っ縹樹殿!」
「真白でいいですよって前にも言いませんでした? あと敬語もいらないです」
「あ…えっと、…真白…?」
「ふふ。この間はありがとうございました。おかげで説教ウン時間コースは免れました」

嬉しそうに晴れやかに微笑む真白に、ルキアは顔を赤らめた。こんな風に、自分に真っ直ぐ向き合ってくれる人などあまりいなかったからだ。霊術院では朽木家の者として色眼鏡や嫉妬の対象として見られ、やっと護廷に入れたと思えば白哉の妹として接されることもしばしばあった。

「あのとき会ったのが朽木さんで良かったです」

だから、泣いてしまうのも許してほしい。
気づけばポタポタと涙を流すルキアに、まさか余計なことを言ったかと焦る真白。彼女のあわあわと慌てる姿がなんだか可笑しくて、ルキアは泣きながらも笑いがこぼれた。

「わ、私のことも…ルキアと呼んでほしい」
「あー……すみません。少し事情がありまして、今は誰も名前で呼んでいないんです。…敬語も、もう癖になってるので…」

事情。たった二文字のそれがどれだけ重いものなのか、ルキアは真白の表情の変化を機敏に読み取り、察する。そんな辛そうな、悲しそうな顔をされればもうそれ以上など言えやしない。

「す、すまない。無神経だった…」
「いいえ。…いつか、名前で呼べる日が来たらいいなぁ…」

ぼそりとひとり言のように言ったそれはルキアにも聞こえていて。

「…友達に、なってはくれないだろうか」
「……ともだち?」

予想外だったのだろう、驚きに目を瞠る真白だが、徐々に笑みを見せてゆく。嬉しそうに、少し目線を下に下げた真白に、ルキアもだんだんと恥ずかしさが募る。

「…うれしいです」

それから二人で会うのはめっきり減ってしまったが、真白もルキアも互いの間柄を“友達”だと思い、会えない時間が長くともその仲の良さは変わらなかった。


「……ルキア?」
「あ…と、とにかく! 彼奴は私にはもったいないくらい出来た奴だ!」
「なんで怒ってんだよ?!」

一護を置いてズンズンと早足で先へ行くルキアの後ろを、呆れたように着いて行く一護。しかし手作りのお守りともなれば、中が気になってしまうのは学生の、男のさがなのか。

「その中見たのか?」
「見るわけなかろう、たわけ」
「ちょっと見てみようぜ」
「ダメだ。それに、渡された時にきちんと言われている」

「お守りを作ってみました。手作りだから神のご加護とかそんなものはないんですけど…。出来れば肌身離さず持っててくださいねぇ」
「お守り? わざわざか!?」
「頑張っちゃいました! あ、中は見ないでくださいねぇ。……行ってらっしゃい」
「ありがとう、真白! では行ってくる!」


なぜ「中は見るな」と念を押すように言ったのかは分からないが、ルキアも“お守り”と称されたそれを開ける気などもともとなかった為、中身を気にしたことすらなかった。

「だからお前も見るなよ、一護!」
「わーったよ!」

ビシィッ!と人差し指を差され、一護は面倒臭そうにボリボリと頭を掻いて適当に返事をした。そこまで言われたら開けるわけにはいかない。一護はちょっと残念そうな表情を浮かべながら、ルキアと帰路に着いた。





四番隊の入院棟に来た真白は、ある人物のお見舞いに来ていた。

「体調はどうですか、片倉さん」
「……お前か」

三番隊六席の片倉は、入室者を見て心底嫌そうに顔を歪め、すぐに窓の外へ視線を移した。そんな彼の態度はいつものことなので真白は気にせずに歩み寄り、花瓶に花を活けた。

「…心の中では、嘲笑っているんだろう」

静かな部屋に、小さな声がぽつりと落ちる。花瓶を抱えていた真白はほんの少し目を丸くし、やがてコトリと優しくそれを置いた。
一定の距離を保つと真白は立ち止まり、未だ窓の外を見続ける片倉を見た。彼の後ろ姿はいつもの自信に満ち溢れたそれではなく、とても小さく見えた。

「笑ってなんていませんよ」
「そんな上っ面の言葉などいらない。だいたい、僕はお前が嫌いだ」

背を向けたままハッキリと言ってみせた片倉に、真白は笑うことはせずにそのまま口をつぐむ。

「(……嫌われるのは、つらいなぁ…)」

しかし、それを口にすることはなく、真白はパッと明るい声を出した。

「嫌いでもなんでもいいですから! はやく元気になって戻って来てくださいねぇ」
「ハッ。どうせ自分がサボれないからだろう」
「そういうことにしといていいですから。…それでは、失礼します」

パタンと扉を閉め、真白はそこに背を預けた。バタバタと忙しそうに働く四番隊の隊員の足音を遠くで聞きながら、ぼんやりと空中を見やった。

「……大丈夫」

もう一度、自分に言い聞かせるように「大丈夫」と呟くと、真白は三番隊の隊舎に向かった。