邂逅は認めない

笑顔で帰ってくると思っていた彼女は、罪人として六番隊隊長、副隊長に連行された。
私は彼女を一目見ることも叶わぬまま、彼女は六番隊の隊舎牢に入れられることになった。

「縹樹君?」
「うわっはい!」
「いつにも増してぼーっとしてるけど…大丈夫かい?」
「あっはは、やだなぁ副隊長ってば。これくらい朝飯前ですよ」
「正確には昼飯前、ね。今日は戸隠君非番なんだから、自分で書類を持っていくように」
「……はーい」

有無を言わせない笑顔で言われてしまえば、真白には『Yes』以外の返事などない。それにちょうど六番隊には行きたいと思っていた真白は、書きかけの書類を次々に捌いていった。
同僚達は昼食を取りに行っていて、隊舎には真白と数名の席官しかいない。出来上がった書類を持って立ち上がる。

「書類配達行ってきまーす」
「おー、行ってらっしゃーい」

和やかな返事に見送られ、真白は三番隊から出て行く。しかしすぐ目の前に一人の男が突然立ち塞がったため、その足を止めてしまう。

「いっ市丸隊長……?」
「縹樹チャン見っけ」
「は……」
「それ、今から行くん?」
「あ、はい…」
「後からにしよか」
「あとから?」

平然とそんなことを言われてしまえば、真白は呆けてしまうしかなくて。そんな彼女をよそに市丸は真白が抱えていた書類をひょいっと奪い、彼女の机にドサっと置く。側で見ていた隊士もきょとんとした顔で見ている。

「市丸隊長? また吉良副隊長に怒られますよー?」
「ええねんええねん。それより、ボクと縹樹チャン遊んでくるから、あとよろしゅうなあ」
「私を巻き添えにするのやめてもらえますか…」
「ちょっ、市丸隊長!? それ容認したら俺まで怒られる羽目に、」
「んじゃ、行ってくるわー」
「隊長ーー!!?」

肩に真白を担ぎ、市丸は隊士のことなど気にもかけずに瞬歩で三番隊を去る。出て行った二人に、隊士は「吉良副隊長になんて言い訳しよう…」と頭を抱えていたとか。
半ば強制的に拉致された真白は、市丸とやって来た場所に首を傾げた。

「『白道門』?」
「せや。なんでも旅禍がやって来とるみたいでなあ」
「旅禍!?」

最後に旅禍が現れたのは、もう何十年何百年も前のこと。ゆえに“旅禍”と言われてもピンとはこなかったが、門の外にある霊圧を感じて素直に頷いた。
だが、この『白道門』の番人は尸魂界全土から選び抜かれた豪傑の一人、児丹坊じだんぼう。彼の者が番人に就いてから三百年――この『白道門』だけは一度も破られたことがない。

「児丹坊さんがいるなら、私達が出る幕ないんじゃ…」
「せやね。まぁ見物しに来た思てくれたらえぇよ。なんせ旅禍が来るなんて久々やねんから」
「……趣味悪いですよ」
「やって暇やねんもん」
「仕事して下さ――」

激しい物音の中、平然と話していた真白と市丸だが、突然轟音を立てながら重たい門が上がり始めた。こんな門を持ち上げられる人なんてそういない。真白は言葉を途中で切り、ジッと前を見据えた。そんな彼女を久しぶりに見た市丸は、自分で連れて来たくせに――どこか哀しげな、どこか嬉しそうな、そんな矛盾を孕んだ瞳を向けていたが、すぐに彼女と同じように上がって行く門へと目を移す。

「…あ…ああ…、…ああああああ…」

門を完全に持ち上げた児丹坊と、目が合う。しかし彼の目は市丸しか捉えていなかった。
児丹坊の巨体の奥にあるオレンジ色の髪に目を引かれた真白は、しばらくの間彼から目を離せなかった。

「……………誰だ?」
「さ…三番隊隊長…、…市丸ギン…」

一護の問いに答えたのは、恐怖に染まる児丹坊だった。そんな彼を嘲笑うかのように、市丸の口角はニィッと釣り上がり目も細まる。

「あァ、こらあかん」

一言、それだけ言った市丸は、一瞬で児丹坊の左腕を切断した。腕の構えは刀を持つそれなのに、手には何も持っていない。その速さに、一護でさえも目で追うことは出来なかった。

「…あかんなぁ…。門番は門開けるためにいてんのとちゃうやろ」

大量の血が噴き出し、地面を真っ赤に染める。彼の腕はどこまで飛んで行ったのだろうと、真白は場違いにもそう思った。何せ市丸が児丹坊の腕を斬ったのは当たり前のことだったからだ。門番とは門を守るための番人。それなのに負けた相手に門を開けるだなんて言語道断。
猛烈な痛みからか児丹坊は大きな叫び声を上げたが、決して門を閉じさせはしなかった。

「おー、片腕でも門を支えられんねや? サスガ尸魂界一の豪傑。けどやっぱり、門番としたら失格や」

まさしく正論。市丸の斜め後ろに控えていた真白は、口を挟むことなくその場に佇む。この男が何を考えて自分を連れて来たかは知らないが、こうなってしまってはもうどうにでもなれと内心投げやりになっていた。
どうせ吉良に怒られることは確定事項なのだから。

「(三番隊隊長、市丸ギン…! 迂闊じゃった…。まさかあんな奴がここまで出て来ようとは…、予想もしておらんかった…)」

黒猫――夜一は、猫に似つかわしくない冷や汗を流しながら、市丸を観察する。そのせいか、その奥にいる人物にまで気を配ることが出来なかった。

「負げだ門番が門を開げるのは…あだりめえのこどだべ!!」

荒い息でそんなことを言った児丹坊に、市丸はなおも嘲笑する。

「――何を言うてんねや?」

冷たい声だった。

「わかってへんな。負けた門番は門なんか開けへんよ。門番が“負ける”ゆうのは…」

市丸の霊圧が、爆発的に上がる。

“死ぬ”ゆう意味やぞ

その言葉を市丸が放った瞬間、真白は斬魄刀を抜いて市丸の前に立ち塞がり、すぐそこまで迫って来ていた一護の刀を防いだ。

「な…」

市丸の声が後ろから聞こえるが真白は引くことなく、むしろ刀を押し切ってみせた。耐え切れなかった一護は後ろにガガガガッ! と下がる。

「(いいいい一護ーーー!!! 何勝手なことしてくれとるんじゃこの野郎ーーッ!!!)」

夜一の心の叫びなど聞こえるはずもなく、一護はブンッと刀を上から下に振って鋒を真白に向けた。

「何てことしやがんだこの野郎!!!」
「(それはこっちのセリフじゃーー!!!)」

思いもよらない台詞に、さすがの夜一も何も言えないらしい。そして、夜一はやっと気づく。――真白の存在に。

「(もしかして彼奴は…いや、彼奴の髪は見事な黒じゃった…)」

もしかしての可能性を消し去り夜一は一護を止めようとするが、一護はもう聞く耳持たず。むしろ市丸達に喧嘩を売っていた。

「来いよ。そんなにやりたきゃ俺が相手してやる。武器も持ってねえ奴に平気で斬りかかるようなクソ野郎は…俺が斬る」

その豪胆な台詞に、市丸はハッと笑った。

「おもろい子やな。ボクが怖ないんか?」
「ぜんぜ…」
コラーーー!! もう止せ一護!! ここはひとまず退くのじゃ!!」
「(――一護…?)」
「(この、声……)」

夜一の言葉と声に反応した市丸と真白。しかし真白は静かに瞳を閉じ、その可能性を消し去る。たとえ自分の予想が合っていたとして、今更会ったところで何が変わるわけでもない。
過去は、もうどう足掻いたって過去なのだから。

「貴方の相手は、私がするよ……旅禍」
「は? いや、俺は女は――」

一護の言葉は、それ以上続かなかった。真白の霊圧がズァッと上がったのだ。それこそ一護の言葉を飲み込むように。
後ろで見ていた市丸は面白そうにそれを眺める。このやり取りを楽しむように。

「『俺は女は』…なに?」
「ハ……」
「その女に、貴方は今から殺されるんだよ」

まだ、斬魄刀は反応しない。つまりまだ“そのとき”ではないということ。ならば鬼道で相手をすればいいだけのこと。真白は斬魄刀を鞘におさめると、ポンと市丸の手が肩に触れた。
顔だけ後ろを振り返ると、音もなく彼は「あかんで」と口だけが象る。またそれか――真白は呆れたように霊圧を消して市丸と共に数歩下がる。やがて一護と一定距離を保って立ち止まった市丸よりも少し後ろを位置どり、真白は成り行きを見守ることにした。上官に「あかん」と言われてしまえば、真白にすることは何もない。

「何する気だよ、そんな離れて? その脇差でも投げるのか?」
「脇差やない。これがボクの、斬魄刀や」

ザッと右足を引き、斬魄刀を持った右腕も後ろに下げる。その上に左腕を被せるように構えた市丸は、ただ一直線に一護を見据えた。

射殺せ 『神鎗しんそう

解号と共に、市丸は右腕を前へ突き出した。その鋒は真っ直ぐに一護の下まで届き、咄嗟に彼は斬魄刀を盾にして市丸の刀を防ぐ。だがその場に踏ん張れず、一護は児丹坊もろとも門外へと飛ばされてしまった。
支えを失った門は再び轟音を立てながら垂直に閉まる。その下を覗くように市丸は「バイバーイ」と揶揄うように手を振り、一護達を見送った。

「……隊長」
「やー、久々に始解したなァ。ちゃんと見た?」
「まさか、こうなること分かってたんですか?」
「嫌やなぁ、ボクはもしもを考えて来たんや。さっきのオレンジ頭クンが“黒崎一護”…あの朽木ルキアチャンが死神の力を譲渡した相手やよ」
「え……」

一陣の風が吹く。真白の髪を巻き上げながらそれは過ぎ去り、やがて穏やかな風が彼女の髪を撫で下ろした。
友人が罪人となった理由が、あの門の外にある。彼を殺せば、友人の力は元に戻るのだろうか。物騒なことを考えた真白だが、すぐにその考えを消し去った。たとえそうなったとしても、きっとルキアは望まないだろうと思って。

「そうだとしても、私は命令に従うまでですよ」
「なんや、冷たいなあ」
「それより、遊びに出た挙句旅禍を取り逃がしたなんてことになってしまって…これ、隊だけの責任じゃないですよね…?」
「んー?」
「隊長!?」
「まーまー、どうせ怒られるんはボクだけや。真白チャンはなんも心配せんでええよ」

冷たい手で優しく撫でられれば、もう反論なんて出てきやしない。すっかりその仕草に慣れてしまった真白は、負け惜しみとばかりにその場から逃げた。
消えゆく後ろ姿をジッと見つめた市丸は、うっすらと双眸を開いて瞳を覗かせる。その口元に、笑みは浮かんでいなかった。