“月車”

中の資料はところどころ文字が薄れて読めなくなっていたが、それでもこれは自分が探していたもので間違いない。すでに頭の中は朱音と紅騎のことや、母の日記のことでパンク寸前だが、読まないという選択肢はなかった。

挟まれていた資料はたった一枚で、しかも片面だけ。けれど真白は心のどこかで感じていた。
――“月車ツキ”に関する情報は、もうこれだけだと。

「スゥーーー………はぁ………。――よし」

覚悟は、元からあった。

《――“月車”は、元はただの刀である》

そこには、自分が知っていた“月車”とはほんの一部だったのだと思い知らされるほどの内容が書かれていた。



最後の一文を読み終えると、真白はドッと力が抜けたかのようにその場に座り込んだ。首筋はじっとりと嫌な汗をかいているし、息も少しばかり浅い。それほどこの紙切れ一枚の内容は濃く、知らないことばかりだった。
否、これはわざと知らされていなかったと、今では断言できる。誰に? ――自分の生みの親である縹樹国之くにゆきと縹樹瑠璃香るりかである。

“月車”の詳細は、あの浦原喜助ですら掴むことが出来なかった。彼はそれを心底悔やんでいたし、「ごめんなさいっス」と今よりもずっと幼い自分に頭を下げたことだってあった。けれどもしも彼がこの事実を掴んでいたとしたら、きっと自分には言わなかっただろう。それほどまでにここに書かれてある内容は重かった。

「……あの人達はそんなに憎んでいたのかな。………死神を」

今となっては死んだ人間であるあの二人の心中を察することなんて不可能だし、そもそも“判ってほしい”とも思っていないだろう。だってあの二人の世界は、真白自分が生まれ、そしてあの二人が望んだ力を真白自分が得たことによって完成されたのだから。

「………、アカも、コウも、あの事件の後ここに来たんだろうね」

でなければ、花薬や花密のことを知るなんて出来なかったに違いない。そしてここで自分達の正体を知り、今の居場所を見つけたのだろう。

「でもきっと、これは知らないんだろうなあ」

ぎゅっと紙切れを持つ手に力を込めると一気に皺が寄る。あの縹樹夫妻の研究成果の一部とも言われるであろうこの紙をどうするか、真白は既に決めていた。

書斎から出て、資料室に戻る。ぐるりと一度部屋を見渡してからその部屋からも出ると、静かに廊下を渡り、見慣れた扉の前に立った。
――あの頃、自分にとってこの扉はとても大きくて、絶対に開かないものだと思っていた。

扉の横の壁に手のひらをつけると、一度扉が青く光り、シュンと音を立てて横にスライドする。躊躇わず中に入ると、記憶と変わらない光景が広がっていた。
窓一つない真っ白な壁に、真っ白な床、真っ白な簡易ベッドが三つ並んでいる。この部屋は、いつだって白一色の世界だった。そしてこの白を色付けていたのは、自分達三人の髪と目だけだった。

「……ここで、三人で過ごしたね」

たくさんぶつかり合ったし、涙を流したし、互いを責め合ったことだってあった。けれどそれ以上に――笑っていた。

「あか……こう……」

無意識に大切な家族の名前を口にする。それは誰にも拾われず、ふわりと霧散した。
しばらく入り口付近でぼうっと突っ立っていたが、次に瞬きをした彼女の瞳は迷いのない光を宿していた。

やっと一歩を踏みしめ、部屋の奥へ歩き出す。何もないただの壁に向かい合うと、急に親指を噛み切って血を流し始める。そして滴る血を気にせずに真っ白な壁に真一文字に線を引いた。するとゴゴゴゴ…と鈍い音とともに床が揺れ、視界がブレる。

真白はそれでもしっかりと歩き、何の未練もなく部屋を後にした。向かった先は此処に来た時に一番初めに目にした、血が飛び散る廊下だ。
地上に続く長い階段を見つけると、その横に何かボタンのようなものが出現していた。先程の揺れはこれが現れた音だろうと推測し、――そのボタンを押した。

途端に揺れは先程よりも激しくなり、奥から爆発音も聞こえ始めた。――崩壊の音だ。真白は一度ゆっくりと後ろを振り返り、凄惨な現場を目に焼き付ける。爆発音と煙が大きくこちらに迫ってくるのを最後に、彼女は目の前の階段を一気に駆け上がった。



《――“月車”は、元はただの刀である。
それを縹樹独自の研究により、“月の力”と“真白の霊圧”を込めて斬魄刀へと昇華させたのだ。
対斬魄刀となるよう、通常の斬魄刀では与えられない“月の力”を使うことで、より真白との相性を高めることに成功。“月車”は浅打ではなく、ただの刀。つまり二枚屋王悦には感知されない斬魄刀であるため、存在を認知される心配はない。

真白の手から離れると、“月車”はただの鉄クズへと成り下がる。これは使用者が縹樹真白のみと限定しているため、真白の霊圧がないと斬魄刀としての機能の一切が失われてしまう。能力の一部でさえ他者が使用することは出来ない。※確認済み

“月車”の能力は、主に蓄えた“月の力”で発動されるため、定期的な補給が必要。“月の力”が少ない場合は、持ち主の霊圧を大幅に削って能力が発動される。※命の保証無し
長時間“月の力”を蓄えられなかったり、真白から離れる=真白の霊圧を補給できなくなると、徐々に力を失い、やがてただの刀に戻ってしまう。斬魄刀に戻す術は今のところ発見されていない。

“卍解”では大量の“月の光”を消費する他、持ち主の寿命も徐々に消費される。込める霊圧が多い程、爆発的な力を得ることが出来る。多用は控えるべき。》

――報告 縹樹国之