何度でも約束しよう

久しぶりに自室へ帰り、ゆっくりと眠ることが出来た。いつも通り顔を洗って、歯を磨いて、死覇装に着替えた後、昨晩布団の傍で立てかけておいた斬魄刀を手に取った。
離れていた分の月の力も、充分に蓄えた。キュッと腰に斬魄刀を差すと、真白は短く息を吐いて外に出た。

「!」
「おはよォ。珍しく早起きやなぁ」
「……そっちこそ、待ち伏せしてるなんてびっくりだよ」

扉を開けると、そこには銀髪の髪を風で遊ばせたまま飄々と立つ男がいた。彼は真白と目を合わせると、やがてその存在を確かめるようにぎゅっと自分の腕に閉じ込めた。

「………ただいま、ギン」
「…おかえり、真白。もう、勝手に何処にも行かんといて」
「自分だって勝手に消えたことあるくせに」
「ボクのことはええの。……知りたいことは知れた?」
「うん。……全部」

するりと暖かな温もりが遠ざかる。朝日を背負いながら此方を見下ろす市丸は、安心したように笑っていた。

「今からどうするん?」
「どうするって、決まってるでしょ」
「?」
「私は、三番隊四席だよ」

ニッと笑う彼女の表情は、まるで百年前のような無邪気さがあった。久しぶりに見ることの出来たそれに、市丸は暫し目を奪われる。

「ギン」

名前を呼ばれてハッと意識が戻った市丸は、改めて此方を見る彼女の双眸と目を合わせた。

「平子隊長をお願い」

嗚呼、きっと。彼を任せてもらえるのは自分だけだろう。市丸はそんな根拠のない自信があった。
ゆるりと勝手に口元が弧を描く。細められた瞳に真白を映して、ゆっくりと口を開いた。

「任せとき」

そう応えた後の彼女の表情は、泣きそうなくらい安心した笑みだった。




六車とローズは互いに連携しながら星十字騎士団シュテルンリッターの一人であるマスク・ド・マスキュリンと対峙していた。卍解を使った六車だったが、その拳は敵には届かず、瀕死の重傷を負ってしまった。

ローズはマスキュリンの力の源であるジェイムズと呼ばれる男を真っ二つに切り裂いた。もう二度と声援を送れないように。

「おのれ、罪も無い一ファンを傷つけるとは卑怯な奴め!!」
「何とでも。コイツが居なけりゃ、君の力は発揮されないんだろう? 拳西が全力で作ってくれた隙だ。無駄にはできないさ」

瓦礫を踏みしめ、ローズは確と敵を見た。

卍解 『金紗羅舞踏団』

ローズの斬魄刀は指揮者が持つタクトへと変わる。彼が指揮をしていくたびに演目は行われ、敵を圧倒していく。

「ボクの操るものは『音楽』。キミの耳に鳴り響くまやかしの旋律が、キミの心を奪ってゆく。まやかしに心奪われれば火傷もするし、息も絶えるさ」

早く戦いを終わらせて、迎えに行かなければ。

「さあ、最期はキミに相応しい演目を」

ボク達の大事な宝物みたいな子を――。

「第三の演目英雄の生涯アイン・ヘルデンレーベン

その瞬間、マスキュリンは自分の耳を塞いだ。否、ただ塞いだのではない。――鼓膜を潰したのだ。
ローズがそれに気がついたところでもう遅い。マスキュリンの額にある星マークから、超高濃度の光線が放たれ、同マークの穴が空いた。

「英雄の光線で、悪党は死ぬがよい!」
「くそ…っ」

力が抜け、その場にどさりと倒れてしまったローズ。やがて意識を失う直前、あの子の声が聞こえた。

ローズ!!
「……………っ、…」
「ローズ、ローズっ! ごめん、遅れてごめんなさいっ…!」
「……真白、……おか、えり」
「ッ、ただいま……!」

もう意識を保っているのも苦しいはずなのに、ローズは自分を支える女の子――真白にへにゃりと笑いかける。真白は“月車”を具象化させると、すぐに“月聖神癒”でローズと六車を癒し始めた。

「やめるんだ……」
「やめない! 絶対にやめない……!」

ぽたり。自分の頬に暖かい滴が降ってきた。ぼやける視界で何とか見てみると、真白がぼろぼろと涙を流していた。

「ローズも拳西も、絶対に死なせない! ……、約束、したんだから」
「………?」
「白と、約束したんだから。またみんなでおはぎ食べるって。その中にはローズも拳西もいるんだからね……っ!」

――嗚呼、そんな話を聞いた気がする。現世で過ごしている時に、白から。
あの時はもう二度と叶わない約束だと思っていた。けれど、彼女は百年経った今でも覚えていた。叶えようとしてくれている。叶えたいと思っている。

それなら、もう二度と彼女との約束を破るわけにはいかない。

「……白、が」
「ローズ…?」
「現世で、おいしい…おはぎを売っている、店を、探していたよ……」
「!」

その言葉を最後に、ローズは意識を失った。

真白は俯いてぐっと拳を握ると、溢れる涙を乱暴に拭う。大丈夫だ。ローズも六車も死んでいない。死なせない。
誰かを失う辛さは、もうごめんだ。

「何だね貴様は!」
「…………」
「突然現れて許せん! 死ね!」

先程と同じ光線が放たれた。真白はそれを一瞥することなく俯いたままでいると、ビキン…と何かが割れる音と共に光線は掻き消えた。

「なっ……」
縛道の八十一 『断空』

詠唱破棄をした鬼道『断空』で完全に相殺された光線。マスキュリンはその事実に目を見開いた。
未だ俯いたままの真白は、やっと顔を上げて立ち上がる。その彼女の手にするりと幼い手が絡まった。

「やろうか、ツキ。二人で一緒に」
「はいです、真白しゃま」

“月聖神癒”は解かずに、ツキは斬魄刀に戻る。手に収まった刀を柄でくるりと一回転させれば、刀は大きな鎌へと姿を変えた。
解号無しの始解。それはどの死神ですら成し得ていないことだ。そんなことをいとも容易くやってみせた真白は、冷えた眼差しでマスキュリンを射抜いた。

しかし、ぴくりと一瞬何かに反応した真白。マスキュリンから意識を離さず、すぐに周囲一帯の霊圧を感知した。

「…いつまで隠れているんですか。ルキア、阿散井副隊長」
「「っ!!」」

瓦礫の陰でビクゥッと肩を揺らした二人は、互いに顔を見合わせてそろ…っと出てきた。確か二人は零番隊の所に居た筈だが、どうやら修行を終えて帰ってきていたらしい。

「修行の成果、出てるみたいですね」
「あ?」
「霊圧が今までと違います」

以前とは違い、ルキアも阿散井も研ぎ澄まされた鋭さがある。触れればたちまち此方まで斬り刻まれそうだ。

「まさかお前が此処にいるとはな」
「私は三番隊ですよ。自分の隊長の所にいるのは当然です」
「……そうだよな」

フ、と笑うと、阿散井はルキアと真白に「あいつは俺一人でやる」と告げる。ルキアは何の文句もないが、真白は違う。「は?」と気の抜けた声を出すと、「ちょ、ちょっと、どういうことですか」と阿散井に問い詰める。

「どういうことって、今言ったまんまだ。お前とルキアは六車隊長と鳳橋隊長を頼む」
「お二人は“月車”の能力で治療中です。それにあの男はローズ隊長をあんな目に遭わせたんです! 私が戦わずに誰が戦うんですか!」

珍しく強気な真白に、阿散井もギョッとして足を引く。敵前でこんな言い合いなんてしたくないが、このまま阿散井が戦ってしまうのはダメだ。自分のプライドが許さない。

「退いて下さい、阿散井副隊長」

強い眼差し。強い覚悟。
不謹慎にも、かっこいいと思った。

「此処は、俺に任せろ」
「っ阿散井副隊長!」
「お前が戦う場所は此処じゃねェだろ」
「!」

感じるはずだと、彼は言った。

「行け、縹樹」

斬魄刀を担ぐ阿散井に背を押され、真白は強く奥歯を噛みしめると死覇装を翻した。ローズと六車を背負い、駆け出す前にくるりと振り返る。

「阿散井副隊長!」
「?」
「また、みんなで飲みに行きましょうね!」

この場では似つかわしい台詞に驚く間も無く、真白は瞬歩で去って行った。

「あ、彼奴あやつから酒の誘いなど、珍しいこともあるものだな……」
「…んじゃ、絶対に行かねーとだな!」

約束は、守るためにあるのだから。