貴女から愛をもらいました

真白と別れた後、真っ直ぐに平子の元へ駆けつけた市丸。副隊長の雛森と一緒に居た彼に近づくと、市丸は簡潔に真白が帰ってきたことを伝えた。

「真白が帰って来たんか!」
「無事斬魄刀……卍解も戻ったみたいですわ」
「ほんで、その真白は何処におんねん?」
「三番隊長の所へ」
「……ローズか」

この壊滅状態の中で、ローズや六車達は果たして無事なのだろうか。だが真白が向かったと言うことは、少なくとも霊圧を感知出来たということだ。

「どないやった、真白の様子は」
「なーんも心配いらん。いつも通りの真白チャンやったで」

ニィッと深くなる市丸の笑みに、平子はホッと息を吐いた。この男が真白のことで嘘をつくわけがないことは重々承知しているかるこそ、今の彼の言葉は信じられた。
そもそも、あの真っ白な少女が危い状況に陥っていたら、市丸は自分の所になど来なかっただろう。この男はそういう奴だ。

「ほな、俺らは俺らに出来ることをしよか。行くで桃」
「はいっ!」
「待ってェな! ボクもいますけど」



四番隊副隊長・虎徹勇音にローズと六車を任せてすぐに隊舎から飛び出した真白は、チリチリと至る所から感じる霊圧に息が詰まりそうだった。
“月聖神癒”を使い続けたせいで霊力がごっそりと無くなった。あの部屋・・・・で少し休憩したい気持ちもあったが、そんな暇がないことくらい自分でも判った。大きく膨らんでいた更木の霊圧がだんだん弱まってきているからだ。

「(真白しゃまっ……)」
「だいじょうぶ。……まだ、だいじょうぶだから」

心の中から聴こえてくるツキの声に、甘い声で応える。ここでリタイアする訳にはいかない。だってまだ、何もしていない。何も出来ていない。

「更木隊長は死なせちゃいけない。何があっても……!」

あの爆発的なまでの霊圧は、恐らく――。
事の真相を想像してじわりと涙が滲むが、目尻をぐいっと乱暴に拭うと、強く前を睨みつけた。

「(烈さん、烈さんっ……烈さん…!)」

いつも暖かく見守ってくれて、まるでおかあさんみたいな人だった。本物の母親から貰えなかった温もりは全部あの人がくれた。
平子達が居なくなった後も、藍染達が裏切ったことが発覚した後も。どんな時でもあの人は自分の傍にいて、優しく背を撫でてくれた。慈しんでくれた。

「必ず、勝つからね…」

もっともっと、話せば良かった。
――大好きって、伝えていれば良かったなあ。

「―――ッ!」

瞬歩で駆け抜けていた足を止め、空を見上げる。感じる霊圧の持ち主に、真白は無意識に肩の力を抜いた。

「来てくれたんだね、一護くん……!」

安心したのも束の間、まるで落雷のように高い塔に落ちた一護。思わず真白もぽかんと口を開けたまま呆けていたが、すぐに戦闘音がここまで聴こえてきた。
一息吐く間もなく始まった戦闘。零番隊でどれほど扱かれたのか判らないが、生半可なものではなかっただろう。

「今のうちに考えなきゃ。敵の――ユーハバッハの目的を」

だがここで真白は一つの誤算を思い出した。
彼女はユーハバッハが今攻めてきている星十字騎士団達のボスだということしか知らないのだ。つまり目的を考えたところで思い浮かぶことなど何一つ無く、自分の無能さにズゥゥン…と打ち拉がれた。

「そうだ、詳しいこと聞く前に瀞霊廷を飛び出したから…。何やってんの私…」

けれど、だったらやることは一つだ。



光の柱と共に現れたユーハバッハとユーグラム・ハッシュヴァルト、そして石田雨竜。ユーハバッハは一護にだけ聴こえる声でおのれの目的を明かした。
彼が今まで息を潜めていたのは、チャンスを待っていたのだ。霊王宮へ攻め込むチャンスを。

一護が霊王宮から帰ってくる為には、零番隊の骨と髪で編まれている『王鍵』が必要だった。だがこれに組み込まれている絶大な防御力こそが、ユーハバッハを霊王宮へと導く鍵となった。
一護が『王鍵』を使って突破した七十二層の障壁は、その後六千秒の間閉ざすことが出来ない。その隙をこの男は――ユーハバッハは待っていたのだ。

一護は間髪入れずに反応し、ユーハバッハの元へ行こうとする。しかし彼の周りには星十字騎士団の滅却師達がいるのだ。そう安安と彼を抜かせる筈もなく、容赦なく行く手を阻む。

バーナーフィンガー 1ワン

バズビーの攻撃が一護を襲う。断続的なそれに一護は反応出来なかった。
――そんな二人の間に、しなやかな刃が通り過ぎた。

「おう! 危ねえ危ねえ! ギリギリ助かったなァ、一護!」
「俺の首がな!!!」
「ゴチャゴチャ言うなよ。あたんなかっただろうが」

「行けよ」ガシャンと斬魄刀を戻した阿散井は、そのままそれを肩に担いで足止めをすると言った。
一護には躊躇う必要はなかった。ダッと瓦礫を踏みしめてユーハバッハの元へ向かった彼を、星十字騎士団は何としてでも止めようと追いかける。

「“月車”」

まるで透き通るような声は、一瞬で敵の行く手を遮った。足を止めれば、あと一歩のところで地面は深く抉れている。

「誰だ、お前っ……!」
「下品にも尸魂界を踏み荒した、野蛮な人達に名乗る名なんてないよ」

ふわりと風で真っ白な髪が舞う。その手に持つのは彼女の背丈を優に超える大鎌。
その姿は、命を刈り取る死神そのものだった。