「ツキ……?」
「――くるです」
ぼそりと呟いた瞬間だった。突然無数の光柱が、瀞霊廷中から天へ向かう。
「これ、は……この光は……!?」
「真白しゃま」
自身の主人の名を呼ぶが、ツキの金色の双眸は真っ直ぐに天へ伸びる光を見ていた。
「“れいおうきゅう”があぶないです」
・
・
白哉と別れ、真白は軽やかな足取りで瓦礫を飛び越えていく。ぺぺとの戦いでは霊力をあまり使わずに済んだため、身体の疲労も少しずつ回復してきた。
「瓦礫が多すぎて方向感覚が狂うな…」
そんな文句を口にしながらも、真白の足は止まらない。やっとの事で着いた先は、普段自分が寝泊まりする部屋だった。
「ツキ、着いたよ」
「はいなのです。……では真白しゃま」
「うん」
しゅる…と帯紐を解いて死覇装をはだけさせる。すると胸元に青く咲く花が顔を覗かせた。
「…ほんとうに、よいのですか?」
「いいってば。流石に
「それはわかってるですけど……ツキはふあんなのです」
「だぁいじょうぶ。だから、ね?」
柔らかく微笑む真白に、ツキはもう何も言えなかった。やがて諦めたように目を閉じると、小さな手のひらを広げて青く咲く花に重ねた。じわりと熱くなる花の刺青を感じていると、足先からじわじわと霊力が漲ってくる感覚が真白を襲う。
「“月聖神癒”」
金糸がふよふよと漂い、二人を包む。心地の良い霊圧が身体中を巡り、まるで内から作り変えられているかのようにも感じられた。
どれほどの時間をそうしていたのだろうか。気がつくと真白は畳の上で横になっていた。
「う、………」
「! きがついたですか?」
「ツキ…成功したの…?」
「それは、真白しゃまがおたしかめくださいです」
ツキにそう言われ、真白は身体を起こして胸元を確かめる。そこは青い花が咲いていたはずなのに、今ではツキの瞳の色と同じ金色の花がキラキラと輝きながら咲いていた。
「成功、したんだ……!」
「はいなのです! これで真白しゃまのおからだは、“れいりょく”と“つきのちから”のりょうほうがあるじょうたいです」
「これが、お父さんとお母さんの実験成果の一つ。……皮肉だけれど、ね」
グーパーと拳を握ったり開いたりして身体の調子を確かめると、勢いよく立ち上がった。
「行こうか、ツキ」
「はいなのです、真白しゃま!」
十二番隊にある涅マユリの研究室。浦原はそこに隊長副隊長達を呼び出した。既に浦原と行動していた四楓院夕四郎と大前田を除けば、集まったのは白哉、平子、市丸、砕蜂、雛森、阿散井、ルキアだけだった。
彼の計画はたった一つ。霊王宮に突入することだ。先遣隊として先に一護達を霊王宮に飛ばしたが、恐らく、いや確実に彼等だけで持ち堪えることは不可能だろう。
そこへ解剖室にて他の死神達を治療していた浮竹達がやって来た。あれほどの深手を負った更木も復活し、漸く戦力と呼べるほどの力が集まりつつあった。
やちるを探しに行こうとする更木を何とか止めて、彼の気が変わらない内に珠を渡す。この珠に霊圧を込めさせて、霊王宮に行こうとしているのだ。
ふと、平子は気になっていたことを訊ねた。
「……真白は何処や」
「朽木隊長曰く、一度自室に戻ったそうです」
「それじゃあ無事やねんなァ」
側に市丸が居ることでまだ不安が残るルキア。だが市丸の方はそんなルキアなど眼中にない。むしろあの別れから姿が見えない真白のことしか頭になかった。
するとピピッという電子音と共に扉が開いた。姿を現したのは、今まさに話に出ていた少女――縹樹真白だった。
「遅くなりました」
「真白!」
「ルキア! 無事だったんだね」
良かったと息を吐く真白は、次いであまり怪我のない平子と市丸を見た。疲弊した様子は見られるが、目立った外傷はない。そのことに彼女は心の底から安心した。
「平子隊長もギンも、無事で良かったです」
「何でまた敬語やねん」
「いや、だから……」
「こんな時くらいエエやろ」
プイッとまるで幼子のように拗ねる平子に、真白はつい笑ってしまった。くすくすと可笑しそうに笑う声が研究室に小さく響く。
「いつからそんな子どもになったの? ――…真子」
「アホ抜かせ。お前の方がずぅぅぅっと子どもやろ」
「アホって言った方がアホって、昔真子が言ったんじゃなかったっけ?」
「時効や時効!」
「お二人さん、楽しいお話はそこまでにしてもらえるっスか?」
終わりの見えないやり取りを止めたのは、浦原だ。真白は改めて浦原を見ると、五体満足な彼の姿に情けない笑みを浮かべた。
「喜助も無事でよかった」
「…真白も、生きてて良かったっス」
ぎゅう、と力強く抱きしめられる。その暖かさが心地よくて、真白は目を細めて甘受した。
「――で! 十四郎は何やってるの!」
「お、俺?」
「そうだよ! 見たところ調子は良いみたいだけど、治療の手伝いなんて……」
そう言いながら、真白は強く檜佐木を睨んだ。
「だいたい、何すぐ敵の能力に引っかかってるんですか! 檜佐木副隊長!」
「いや、あれはっ」
「言い訳は結構です!」
真白に怒られたことのない檜佐木は、副隊長としての面子が潰れたと落ち込む。その間にも真白はまた浮竹に説教をしようと口を開きかけた時だった。
「あ……………」
「? 真白?」
「じゅう、しろ………、いや、……誰…?」
「――!」
真白の呟きに浮竹は即座に反応したが、グッと唇を噛み締める。今自分がやっていることを、彼女は知らなくていい。――知らないままで、居て欲しい。
「何言ってるんだ? 俺は俺だよ」
「あ、……そう、だよね。はは、何言ってるんだろう私…」
ごめんね。真白は軽く謝って、やっと浦原から珠を受け取った。
「よォーーーーーし! 準備はええか、死神どもォ!」
「ひっ!」
突然の大声に真白はビクッと肩を跳ねさせる。ちらりと見れば、とても懐かしい顔ぶれが揃っていた。
平子と言い合いする場面なんてそれこそ久しぶりで。真白は思わず珠をごとりと落としてしまった。その音に皆の目が真白へ向く。――それは彼女達も同じだった。
「っ………」
「……あー、なんや、」
「ぅ、っ、…………ッ」
「…久しぶりやな、真白」
「〜〜〜〜、っ……ひよ里ぃ!」
ガバッとひよ里に抱きつく真白。ぼろぼろと涙を流す彼女に、ひよ里は小さく「……ご免」と謝った。
「真白を置いて行って。あの時も――」
「あの時?」
「久し振りのご対面や。十三隊ん中にアイサツしときたい相手がおる奴いてるか?」
「いてへん!」
すぐに思い出した真白は、涙を拭いながら首を横に振った。
あれから平子に聞いたのだ。あの時自分の所に来なかったのは、藍染の注目から外すため。――結局ひよ里達は、どんな状況にあったって自分を守ってくれていたのだ。
「謝らないで」
「真白?」
「……ありがとう、ひよ里」
顔を上げると、ひよ里だけじゃなく羅武、リサ、ハッチにも目を向ける。
「ありがとう」
涙に濡れた真白の表情は、とても晴れ晴れとしていた。