何歩下がっても一歩前へ

「…やはり、君と話していると調子が狂う」と藍染は話を区切り、次いで自分を椅子から解放しろと言ったが、京楽は真白から離れつつ「それはできない」と拒否した。
藍染の封印を解くために許された鍵は、口・左目・足首の三本。それ以外は許されていないらしい。そもそも彼を封印する為に細かく分けられていることさえ知らなかった真白は、その厳重さに改めて無間を恐ろしいと思った。

「やれやれ、座ったままでこいつらを始末しろと?」
「君にそれができないとは思えないね。ね、真白ちゃん」
「私!? いや、まあ……惣右介くんが座ったままあの目玉に黙って囓られてる姿は、想像つかないね」

つくづくこの女は扱い辛い。藍染は久しぶりに自分の思い通りにならない真白に、眉を顰めた。それと同時にぶわりと謎の物体は空から大量に降り注いできた。息を呑んだルキア達だったが、地面に着くよりも速く藍染の霊圧がそれらを圧し上げた。

「………全く、やりにくいな、縹樹君は」
「それ褒めてる?」

ひくりと口角を引きつらせた真白。すると京楽が「逃げろ! 研究室へ退がれ!!」とこの場にいる皆に命令する。そのすぐ後に藍染の口からは冷徹な声が飛んだ。

――破道の九十『黒棺』

空を覆う程の破道。詠唱破棄でこれほどの威力に、“藍染惣右介”という男の怖さを感じた。

「――わかっているのか、京楽。藍染を解き放った兄の行いは、我々への侮辱だ」

白哉の科白に平子も砕蜂も表情を歪めた。京楽は彼らの顔を一瞥しながら「わかってるさ」と頷き、笠をクッと深く被る。

「あとで幾らでもブン殴ってくれ。瀞霊廷を護れたらさ」

見えなくなった目元。誰の顔も見ないまま、京楽は唇を噛み締めた。

「(あの子を失うくらいなら、ブン殴られるだけで済むなら安いもんだ)」

――そんな言葉を飲み込んで。



その後、黒棺で亀裂の入った天蓋を自身の霊圧だけで自壊させた藍染。そのまま霊王宮を撃ち落そうと言って霊圧の塊を天へぶつけたのだが、ある一定の高さに到達するとバキン…とまるで見えない壁に阻まれたかのように消え去った。
どうやら、藍染の拘束具は霊圧を消すのではなく、近くに留めておく事しかできないらしく、その力は途轍もなく強い様だ。

すると藍染は、マユリの作ったそれの出力を最大にして、彼の技術と自分の力、どちらが上かと挑発しようとした。だが最後までその科白が口にされるよりも先に、何者かの攻撃が彼を襲った。

「おっとォ! あんたの霊圧は充分観察させて貰った……。その黒いスーツのせいだか知らねえが……、あんたの霊圧穴だらけだぜ!」

現れたのは星十字騎士団シュテルンリッターの一人、ナナナ・ナジャークープ。敵の霊圧配置を観察、計測し、その穴を突いて拡げて戦う彼は、座ったままの藍染に容赦なく攻撃した。
それでも藍染は小さく呻いただけで、気を失うまではいかなかった。

「…厄介な時に敵さんのお出ましか。門は?」
「ダメです! 今ので完全に霊圧が飛散しました! 一から作り直しです!」
「…やれやれ。面倒な事になったねえ、どうも」

現れた敵は一人ではなかった。生き残った星十字騎士団の残党は彼を加えて四人もいたのだ。
京楽が浦原に門を創るように伝えると、改めて敵と向き合う。すると自分の前に小さな背中が立ちはだかった。

「真白ちゃん?」
「私が行く」
「いや、一人でどうにかなる相手じゃ…」
「ほな、ボクも行きましょかァ。面倒やけど、真白と一緒に戦うんも楽しいしなぁ」
「ギンと一緒なんて何年振りだろ」
「この百年は真白、斬魄刀使えへんかったもんな」

彼女の横にもう一人並ぶ。真っ白な髪と銀色の髪が風に攫われて靡く様は、どこか美しかった。

「戦えると思ってんのか?」
「?」
「あんたら全員観察済みだ! 俺の『モーフィーン・パターン』で片っ端から麻痺させて――」
「うるさいからそろそろ黙ろか。――射殺せ、『神鎗』

解号と共にナナナ・ナジャークープの心臓から血が吹き出す。その速さに他の星十字騎士団達は驚いたが、背後には既に鎌を構えた真白が居た。

「待て!」
「ッ! 何、今更命乞い?」
「違ぇ。……手を貸す」

聞き間違いかと思ったそれは、どうやら他のみんなにも聞こえていたらしい。シュタッと他の瓦礫の上に降り立つと、真白は手を貸すと言った星十字騎士団の一人、バズビーに先を促した。

「『見えざる帝国ヴァンデンライヒ』は瀞霊廷の影の中にある。霊王宮が落ちて瀞霊廷が崩壊すりゃ、困るのは俺らも同じだ」
「だから我々に協力すると? それを信じろと言うのかネ?」
「信じろとは言ってねえ。一方的に協力するともな。見返りをよこせって言ってんだ」

見返りとは何か。考える前にバズビーは続きを口にした。

「俺達は霊王宮への門を創るのに協力する。その見返りに、俺達も霊王宮に連れていけ。俺らを見捨てたユーハバッハをブチ殺しに行くんだよ」

ここへきて仲間割れか。真白は斬魄刀を鞘へ納めながら、今日何度目かの溜め息を吐いた。


再び始まった門創り。手のひらに乗る珠を見ながら、真白はこうなった原因の男をジロリと睨んだ。その眼差しを受けた男、藍染は拘束されたままフッと鼻で笑う。腹の立つ態度に地団駄を踏んで暴発するほどの霊圧を珠に込めてしまい、平子に頭を叩かれた。

なんしてんねん阿呆! 下手くそ!」
「うるさいハゲ!」
「ハゲ〜〜〜〜!? 俺のどこがハゲとるねん!」
「ひよ里が言ってたの! 真子の髪は鬘だって!」
「オイゴラひよ里!!」
「ほんまの事言われてキレんなやハゲシンジ!」
「何がほんまの事じゃゴラァ!! 真白に嘘ばっか教えよって!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人に、浦原が「真面目に、真面目にやって下さいね」と冷ややかな笑顔を向けた。途端に口を噤んだ三人は、それでも足で蹴り合いながら珠に霊圧を込める。

「喜助」
「はいな。どうしました? 真白」
「これ、込める霊圧が多ければ多いほどいいんだよね」
「そうっスけど……まさか、」

浦原の言葉を最後まで聞くことなく、真白は手に持つ珠に今まで込めていた霊圧よりも多く注ぎ込む。莫大な量のそれに周囲にいる者達は圧倒された。

「何だよ、この霊圧量!」
「…真白は元々、そういう風・・・・・にできてんねん」
「平子隊長?」
「……皮肉なモンやな」

雛森がつい心配そうに平子を見上げる。けれど視線は絡まることなく、彼は更に霊圧を込める真白だけを見ていた。



「何とか出来たな!」
「これが門か……」

一角と弓親が出来上がった門を見て、達成感でいっぱいのまま声を上げる。真白も珠を置いて端の方に座り込むと、霊王宮へと繋がる門に目を向けた。
皆が一様に肩の力を抜いた瞬間、ゴッ! と地震のような大きな揺れが瀞霊廷を襲う。真白は慌てて何かに掴まりながら外を見ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

「みんな! 外が!」
「っ……何だ、あれは……!」
「瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国ヴァンデンライヒの街並が、はがれていく……!!」

瀞霊廷にあちこちにあった瓦礫が、空へと浮いていくのだ。

「何故だ……。何故こんな事が起きている…!? 滅却師共は何をしようとしているんだ…!?」

驚愕を隠せない砕蜂が、そのまま言葉にする。誰も何も想像できないのだ。これから起きること全て。

「何やねん…。コッチがこんだけ必死こいて、ようやく門の一つもできようかっちゅうトコやのに……敵サンはどんだけのことしてくれてんねん!!」

焦りと苛立ちのこもる平子の声に、真白もグッと拳を握る。相手の考えが何一つ読めないことが、これだけ腹立たしいなんて。

だからこそ、手をこまねいている暇はない。最後に浦原が門の調整をすると、「開門しますよ! 準備はいいっスか!」と皆に問いかけた。「おオ!」と力強い皆の返事に、浦原も躊躇いなくボタンを押した。