後悔したからわがままになった

敵に親しげに話し掛け続ける真白に、檜佐木が「そいつ誰なんだよ…」と訊ねる。

「私の、友達です」

とても大切そうに言った真白。だがそれでも朱音と紅綺の表情は変わらず、矢を構えたまま立ち尽くしている。

「……やっぱり、知っちゃったのね。私達が滅却師だってこと」
「…あの施設で見たの。二人の資料」

真白が実験施設で見た二人の資料には、事細かな数値の他、彼らの正体が正しく書かれてあった。――滅却師、と。
最初から、真白とは何もかもが違ったのだ。死神と滅却師。相容れられぬ存在。それを知った朱音と紅綺はただただ深い絶望に陥った。だってどう足掻いたって、もう二度と三人で過ごすことなんて出来ないのだと見せつけられたのだから。

「昔は友達やったとしても、今はちゃうやろ」

平子が釘をさす。もう目の前にいる二人はかつて笑い合った二人のままじゃない。滅却師なのだ。瀞霊廷を、世界を滅ぼそうとしている星十字騎士団の一人。平子は言外にそう言っていた。
だが、真白は平子の言葉を跳ね除けた。

「ううん…何も違わない」

彼女にとってはどうだって良いのだ。朱音と紅綺の正体が滅却師だろうが、破面だろうが、なんだって良い。二人が生きてさえいればそれだけで良かった。

「死神じゃなくても、私と同じじゃなくても……何も違わない。何も変わらない。アカもコウも、私の大切な友達だよ」

真っ直ぐな瞳が二人に向けられる。そういえば、この女はいつだって馬鹿正直で真っ直ぐだったと、紅綺は思い出した。

「俺達は仲良しごっこをしに来たんじゃねぇ。……お前を、殺しに来たんだよ」
「全ては陛下の為。貴女には悪いけど、此処で死んでもらうわ」

二人が身に纏うのはあの時と同じ白い服。かたや真白が身に纏うのはあの時とは真反対の黒い服。

「(……ほら、やっぱり変わらない)」

例え身を包む色が異なったとしても、属する組織が違ったとしても。自分を映す瞳だけは何も変わらない。変わるはずが無いのだ。

「先に行って下さい」
「真白……?」
「此処は、私が引き受けます」

敬語で話す真白に、平子は訝しんだ声で反応する。もう一度彼女の名前を呼ぼうとしたら、くるりと顔だけ此方を振り返った。

「だって、追いつけなくても探しに来てくれるんでしょう?」

だから安心して背中を見送れる。
そう言って歯を見せて笑った真白を、平子は無意識に抱きしめた。ぎゅうっとありったけの力を込めて腕の中に閉じ込める。

「……ああ、真白の行きそうなトコなんか目ェ瞑っても判るわ」
「!」

その科白には聞き覚えがあった。

「しっかりケジメつけてぃ。えぇな?」
「……うん」

行ってらっしゃい、平子隊長。
耳元で擽る声に、平子は抱きしめる力を強めることで応えた。




平子達が居なくなった後、残った真白は双子との距離を保ったまま対峙する。これが今の自分達の距離だと自覚すると、鎌を持つ手をだらりと下げて攻撃する姿勢を見せずに立つ。その仕草に紅綺と朱音はクッと眉間に皺を寄せた。

「何で構えるのをやめた?」
「私達のこと馬鹿にしてる?」
「してないよ」
「だったら何で――っ」

紅綺の言葉はそれ以上続かなかった。顔を上げた真白の表情が、一瞬泣いているように見えたから。

「私はもう二度と、二人に武器を向けない」

強い、強い決意だった。
真白はずっと後悔していた。それこそ百年以上。
あの実験施設で二人に武器を向けたことを、彼女は今でも、これからも、後悔し続ける。

それを紅綺と朱音は察し、愕然とした。まさかあの日のことをこれほど思い詰めているとは思いもしなかったからだ。だって結果的に彼女は自分達を傷つけず、むしろ彼女自身を傷つけていた。
それなのに何故、あれほど後悔と自責の念に襲われているのだろう。

「は……意味、解んねえよ」
「……解らなくてもいいよ。解ってもらおうなんて図々しいこと思ってないから」
「じゃあどうして此処に残ったのよ! 構える気が無いってことは、戦う気すら無いってことでしょう!?」
「二人を傷つけたく無いから。…私が残らなきゃ、どっちも怪我を負うし、下手をすれば死んでしまうかもしれない。そんな事絶対に嫌だ」

冗談を言っている表情でも、声色でもなかった。二人は唖然としたが何かを思い出したかのようにハッとすると、同時に矢を放った。上手く狙いを定められなかった矢は真白の腕と脚に当たり、そこから血が流れる。痛そうに顔を歪めた彼女に、朱音と紅綺は気づかれないように息を詰めた。

「ッ構えなさいよ! 戦いたくないなんて言って、私達に無抵抗を殺されるつもり!?」
「構えない。刃は向けない」
「んなこと言ってると本当に死ぬぞ…。これは遊びじゃねぇんだよ!」

次々と放たれる矢が無数の傷を作っていく。殺すつもりなら心臓を狙えばいいのに。真白は痛みに耐えながら考え続ける。
どうして二人は矢だけで攻撃するのか。この場に居るという事はユーハバッハに選ばれたという事。即ち二人も何かしら能力を持っている筈なのに。それを一切使おうとせず、ただひたすら矢で攻撃してくるだけ。

「ッ、ぐ、ぅぅっ……!」

低い呻き声が漏れてしまう。歯を食いしばって耐えようもしても、やはり痛みは襲ってくる。それでも真白は斬魄刀を向けず、絶え間なく降り注ぐ矢を受け続ける。
どれだけ傷つけても、ボロボロになっても立ち続ける彼女の姿に、朱音も紅綺も言葉を失った。

「どうして、立ち続けるのよ……」
「アカ…?」
「はやく、早くお前も戦えよ! 彼奴ら・・・の最高傑作がこんな簡単にくたばる訳ねぇだろ!」
「コウ……?」

涙こそ流していないけれど、真白には二人が泣いているように見えた。深いところで鎖か何かで雁字搦めになっているような、そんな錯覚に陥る。どうにかその苦しみを取ってあげたいのに、手を伸ばしても届かない。

「……たたかえ、ないよ…」

もう息をするのも辛い。血を流しすぎた。
でも自分達には圧倒的に対話が足りていないのだ。離れていた時間の方が長く、その間の事を自分達は何も知らない。

「ふたりが、生きてるって知って、っ……私、すっごく……うれしかった……」

再会したあの日、真白は二人に問うた。今何をしているのか、と。だが二人は答えず、そのまま身を隠してしまった。
今思えば言える筈など無かった。だって二人の正体は自分と違ったのだから。そしてあの時には既にユーハバッハの計画も最終段階にあった筈だ。

それなのに、二人は危険を冒してまで自分を助けてくれた。――命を、救ってくれた。

「うれしかったんだよっ……!」

心からの叫びだった。それが嘘じゃないと判ってしまうから、余計に胸が痛む。矢を構える手が震えて、上手く狙いを定められない。
あの時・・・、彼女はこんな気持ちで自分達に刃を向けていたのだろうか。辛くて、苦しくて、哀しくて、切なくて。――どうしようもないほどに、愛しい。