足掻いて諦めた筈だった

静かな時間が過ぎた。誰も動かず、ただ静寂のみが通っていく。最初に動きを取り戻したのは真っ白な女だった。
真白は持っていた斬魄刀を鞘に収め、完全に戦意を失くす。ゆっくりと顔を上げて朱音と紅綺を見ると、二人は同時に矢を消した。

「……殺してくれよ」

それは、哀しい願い。

「……もう、生きているのが辛いの」

それは、哀しい想い。

「お前を救けられた後は、死ぬつもりだった。お前を救ける事だけが俺達の生きる意味だった」
「それが叶った今、私達が生きる意味なんてないのよ」

赤い髪が揺れて、やがて地面に雫が落ちていく。それは、二人の感情がそのまま流れ落ちるかのようで。

「どう足掻いたって、俺達とお前の道は重ならない。どれだけ神に祈ったって、俺達は手を繋いで横に並んで歩けねぇんだよ」
「毎日夢に見たわ。あのちっぽけで、痛くて、狭くて――真っ白だったあの世界を」

ク、と朱音が皮肉そうに嗤う。涙を流しながら弧を描く口元は、酷く歪に見えた。

「あんなにも恨んでいたのに、今となっては手が届かない世界だわ」
「色も無く、ただ痛みしか与えられなかったけど、それでも幸せだったのは――お前がいたからだ」

「「でも」」二人の声が重なり、やがて瞳も交差した。

「「何を願っても、何をしても、一緒には生きられない」」

だから、と続くはずだった言葉は言えなかった。それよりも早く暖かな温もりが自分達を包んだから。視界の端に揺れる真っ白な髪が、幼い頃のあの世界を思い出させた。

「アカ、コウ」

大事な大事な、まるで宝物を呼ぶような声だった。じんわりと沁みゆくように名を呼ばれると、二人は言葉が詰まったように何も言えなくなってしまった。

「二人だけで勝手に足掻いて、勝手に諦めないでよ」

しくしくと痛む心に、するりと届く彼女の言葉。

「どれだけ泣いたって、挫けたっていい。その後――私に頼ってよ……!」

懇願する真白の声に、キリキリと胸が締め付けられる。顔を見たいのに、抱きしめられているせいで何も見えない。けれどこの温もりを手放そうとは思えなかった。

「道が重ならないなら、私が二人の後ろを歩いて無理やり重ねてあげる。一緒に手を繋いで横に歩けないなら、いつまでも抱きしめてあげる」

なんて――。

「一緒に生きられないなら、一緒に死んであげる」

なんて、優しい声なんだろう。
沢山足掻いた。彼女と一緒に居られる方法を探して、探して、探して。でも何をどうしてもそれは無理だった。だったらせめて、彼女を救って死のうと思った。
彼女の邪魔になりたくない。敵になりたくない。――敵意を、向けられたくない。

でも結局、手放すことなんて無理だった。

「朱音、紅綺」

背中を押すように名前を呼ばれると、もう我慢の限界だった。彷徨っていた手は縋るように彼女の背に回り、ぎゅうっと抱きしめる。小さな背中なのに、今の自分達にはとても大きく思えた。

「っ、………真白…!」
「ぅ……ッ…真白、ちゃんっ…!」

名を呼ばれる。「なあに?」甘やかすように彼女は問いかけた。

「「一緒に、生きたいっ……!」」

やっと聴けた二人の願いに、真白は目を閉じて頷いた。

「三人揃えば、怖いものなんてないよ」

彼女の声は、どこまでもどこまでも優しかった。