「先に進んだ仲間を追いかけるよ。二人は?」
「流石に一緒に行動する訳にはいかないからね。こっちはこっちで何とかやるわ」
「それじゃあ次の再会は――全部が終わった後で!」
溌剌と笑い、真白はすぐに瞬歩で消えてしまった。残された朱音と紅綺はまだ残る彼女の温もりに浸りながら、どさりとその場で尻餅をついた。
「バレなかったかな」
「バレなかっただろ」
「そっか……ふふ、よかった」
ただの滅却師に、死神の力を無理やり入れられた紛い物。それが二人だった。
実験施設が崩壊したあの日、傷だらけの二人を発見したのはユーグラム・ハッシュヴァルトだ。彼は二人が持つ死神の力に目をつけ、すぐにユーハバッハに引き合わせ、力を分け与えられた。
しかし、それは彼らが持つには有り余るほどの力だった。なかなか身体に馴染まず、嘔吐や発熱を繰り返し、ろくに力を使うことすら出来ない。そんな日々が続く中、自分達を引き取ったユーグラムに言われたのだ。
――もしも陛下を裏切るようなことがあれば、その時はお前達の意思に関係なくその身は陛下へ還る。
馬鹿みたいだと一蹴出来れば良かったが、あれは嘘を言っている目ではなかった。
「また、真白を泣かせちまうのか」
「
生きたいと、本心から思ったのは久しぶりだった。あの繰り返される実験の日々では常に思っていたが、『見えざる帝国』に来てからは思ったことがなかった。
こんなクソみたいな毎日を過ごして、クソみたいな未来を望んでいる奴に傅くくらいなら、死んでしまいたい。それが自分達の常だった。
「………でも」
空を仰ぎ、紅綺はぽつりと呟いた。
「真白なら、何とかしてくれるんじゃねーかって、期待しちまうんだよな」
「……同感よ。真白ちゃんなら、こんな呪い吹き飛ばしてくれそうだもの」
真白と同じ、今や青くなった花を服の上からそっとなぞる。それだけで何故か力が湧いてくるような気がした。
・
・
朱音と紅綺と別れた真白は、馬鹿でかく暴れている大男の元へ向かった。直近で行われている戦闘で一番近く、また集まる霊圧も多い。つまりみんなはまだあそこで足止めを食らっているのだろう。
「にしてもでかいな、あの男……」
一体どういう原理で大きくなったのかは判らないが、何かしら絡繰があるはずだ。
タンッと強く瓦礫を踏みしめ、始解した斬魄刀を構える。毛ほども自分に気がついていないがら空きの脇腹に向かって刃を振り下ろした。
「グゥッ!? …何だ、また新手か」
「隙だらけだったから切っちゃった」
「何者だ」
「護廷十三隊三番隊第四席、縹樹真白」
「そうか! 我は
自己紹介するやいなや、上から男の岩のような手が降ってきた。瞬時に跳んで躱したが、敵の手はすぐに追撃してくる。スッと瞳を細めて真白がくるりと“月車”を持ち替えたが、目の端に映ったある人物に一時思考が停止した。その隙を敵が見逃すはずもなく、グワッと拳が迫ってきた。
ドゴォン!と派手にぶつかった音が轟き、瓦礫が散乱する。煙が晴れると、そこには“月車”で敵の拳を受け止める真白が俯いて立っていた。
「っ……邪魔ァ!」
力の限り拳を退け、敵の目を一瞬にして斬る。大男らしく叫び声すら大きくて煩わしいが、今はそれに構っていられない。すぐに瓦礫に身を隠すように座っていた人の側へ降り立った。
「雛森副隊長!」
「っ! 縹樹、さんっ……!」
「真子、いえ、平子隊長は……!」
雛森の膝にぐったりと横たわるのは、先程自分が見送った人だった。そっと膝をついて平子の顔にかかる髪を指先で払うと、目を閉じて荒く呼吸している。至る所から血が流れ、見るからに重傷だった。
「真子、真子ってば!」
「…………」
「何やってるの! ねぇ、真子ィ……!」
平子でさえこんな傷なのだから、ひよ里達は?
グッと唇を噛み締めて涙を堪えると、見知った霊圧を感知した。空を見上げれば、ジェラルド・ヴァルキリーと対峙する白哉の姿が見えた。他にも回復したのだろう、日番谷や更木達の霊圧も感じる。
隊長格が揃ったことにホッと息を吐くと、「ツキ、」と斬魄刀を呼んだ。眩い光と共に具象化したツキは、寝転がる平子に目を向けて嫌そうな顔を惜しみなく晒す。
「いやなのです」
「……ツキ」
「い、いくら真白しゃまでも、こればかりはいやなのです! ツキはまだゆるしていないですよ、このおとこが真白しゃまをなかせたこと!」
ツキの言い分に、真白はその反応を予想していたのか、眉を下げて美しい少年と目を合わせる。
「うん、判ってるよ、ツキ」
「わかってないのです! これからさき、なんねんたとうとも、ツキはこのおとこをゆるさないです!」
「……うん。判ってる」
戦いの音がどこか遠くで聞こえる。雛森は目の前で繰り広げられる言い合いが、今の場において不釣り合いな、それでいてとても神聖なものに見えた。
「ツキがそうやって悪者になって、ずっとみんなを許さないでいてくれるから、私は許せるんだよ」
「っ………」
「ツキの優しさに甘えてるだけなんだよ、私は」
ごめんね、と。謝る言葉の代わりに真白は震えるツキの手を握った。冷たくて、まるで氷のようなそれに、自分の温もりを与えていく。
「おねがい、ツキ」
――大好きな人を、今度こそ救けたいの。
そう言われれば、ツキはもう抵抗できやしない。ぶすっと膨れた顔で主人を見返せば、コロコロと軽やかな笑いが返ってくる。
ああもう、手遅れだ。金の瞳を少し潤ませながら、ツキの手は真白の手からするりと抜かれ、冷たい瓦礫の上で横になる平子の上へかざされる。
「こんかいだけなのです」
「うん、ありがとうツキ」
「にどめはないですよ!」
「ふふ、はぁい」
楽しげに笑う真白にこれ以上何を言っても無駄だと判断したツキは、手のひらに霊圧を集める。
「“月聖神癒”」
ふよふよと金の糸が集まり、平子の患部を癒していく。初めて見た雛森は、時間も状況も忘れて見入ってしまった。
「ギン……は、あっちか」
市丸の姿が見えず、霊圧を探る。そのすぐ近くに感じたことのある霊圧があることに気づき、何も考えずに名を呼んだ。
「ツキ!」
「っは、はいなのです!」
「私は先に行く! ツキは真子の治療をしてから追ってきて!」
「そんなっ……真白しゃま!?」
戸惑う斬魄刀の声に振り返らず、真白は走った。ギリッと強く歯を食いしばり、向かう先は枯れ果てた霊王宮で一番高く聳え立つ城。
石田雨竜は、肩で息をしながら目の前の激戦を眺めるしか出来なかった。黒崎や井上達が去った後、突然やって来たその男はいつか見た飄々とした笑んだ仮面を外し、うっすらと瞳を開けながらまるで蛇のようにユーグラムを追い詰めていた。
「何や、その程度なん? 真白の卍解奪ったって言うから、もっと強いんか思とったのに」
「お前が来る未来は、始めから視えていた。どうせお前も、奴等も死ぬ。それならばここでお前達を嬲ったところで問題は無い」
銀色の髪に剣の鋒が触れる。はらりと舞い落ちる数本の銀糸に目もくれず、市丸ギンは赤い瞳で敵を射抜き、速さを誇る己の斬魄刀で心臓を狙う。確実に当たった筈なのに、傷を負ったのは自分だった。
「ッ……けったいな能力持ってはるねんなぁ!」
「先程石田雨竜にも言ったが、私の
その能力は、範囲世界に起こる不運を幸運な者に分け与えることで世界の調和を保つ。
そしてユーグラムの身に起こる“不運”は全て、彼の持つ『
「反則級やろ、それ……」
「無駄足だったな、市丸ギン」
「――ほんまになァ」
ここで初めて、市丸がお得意の笑みを浮かべた。何だとユーグラムが思うよりも先に、凛としたあの声が耳に届いた。
「破道の七十三 双蓮蒼火墜」
蒼い炎が空から降り注ぐ。その全てを防ぎながらぶわりと広がる煙が晴れるよりも先に、白い手が眼前に迫っていた。けれどユーグラムにとっては瑣末な事。難なく拳を避けると、右手に持つ剣で薙ぎ払った。それは対象に当たらず、晴れた煙の先には市丸と並び立つ真白がいた。