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-ナイトメア帝国、ルイーザリ城内の一室にて-
「……それで、あれ≠フ解放はすんだのですね?」
薄暗い部屋で、ブルーグレーの髪色に紅い目の、髪の長い男が問う。
「はい、それについては問題ありマッセーン」
対するはボサついた茶色い髪に、赤い縁の眼鏡を掛けた、なんとも特殊な喋り方をする女性。
彼女は跪いたまま、男の方を向いている。
「で、この魔物の登用ですが……ワタシの命令にはなかったはずですよね?」
男は少々イラついた様子で首を傾ける。
女性の方がびくりと震える。
「すっ、すすす、スミマセーン……、ちょ、ちょっと、子供に見つかってしまいまして」
「それじゃあないんですよ。ワタシは5体ほどの魔物の消失に、機関兵1体の大破、この2つについて言っているんです。わかりますか?この損失について言っているんですよ。」
男が報告書で乱暴に机を叩く。
どうやら報告書は女性が書いたもののようで、女性の肩はもう一度慄いた。
「も、申し訳ございません、ですが機関兵に関しては、私の与り知らぬところで破壊されまして、その5体については……その……例の物を学園の理事長に奪われて少し腹が立ちまして……」
「機関兵の破損についてはアナタの監督力不足、そして魔物については腹いせに放ったと、そうおっしゃるんですね??」
しどろもどろになる女性に、男は椅子から立ち上がって尚も威圧する。
女性の体が震えあがる。
「全く、教師だというから迎え入れたのに、これでは愚かな子供と変わりないではありませんか。ワタシの駒たちの方がよほど役に立つ。役に立たない駒は粗大ゴミです。それに……」
男はため息を吐きながら乱暴に腰を下ろすと、蔑むような目を女性に向けた。
「ただの人間に例の物まで奪われるとは、何をしているんですかあなたは。」
「も、もうしわけございません」
「謝って済めば騎士団も自警団も必要ないんですよ。それで?取り返せたんですか?」
「えっ……」
言葉に詰まって目を逸らす女性。
「例の物は結局どうしたと聞いているんです」
「……その……奪われて、おそらくあの感じだと、破壊されてしまった可能性があります」
「……はぁ……ほんっとに使えない人ですね」
男は大きくため息を吐くと、女性を見る目を細める。
「も、申し訳ございません!!!!!つ、次こそは!!次こそは必ず!!!」
「まあいいでしょう、あれ≠フ解放は完了したようですし。
……もう次より先はありませんからね?」
もう一度大きく息を吐き、報告書を机に投げる男。
そして女性に向けて、強く凄む。
「は、はい!!申し訳ございませんでした!!」
女性は立ち上がり、勢いよく頭を下げて、部屋を出て行った。
「……まったく……あそこまで使えない人だとは思っていませんでしたよ」
男は椅子の肘置きに片肘をついて、額を抑える。
「お父様。もう“組み換え”てしまった方が早いのではありませんか?」
いつ入って来たのか、男と同じブルーグレーの髪に、シスターのような服を着た女性が入口の脇に立っていた。
どうやら男の部下らしい。
「それも一理ありますねぇ、まあ、次の任務まで様子を見てあげましょうか。」
「お父様は優しすぎますわ。」
シスター服の女性はため息を吐いた。
「同じ“人間”としてのよしみですよ。……そうそう、あの子……”紅翠玉”は見つかりましたか?」
男はくだらなそうに笑うと、シスター服の女性に軽く問う。
どうやら探し物をしているらしい。
「いいえ、今のところまだ発見には至っていませんわ。
全く、もう五年も経ちますけれど、一体何処に逃げおおせたのやら……。」
やれやれと首を振るシスター服の女性。
「……ふぅ、そうですか。まあいいでしょう、ワタシの手腕からはどうせ逃げられないんですから。」
男は息を短く吐くと、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
* * *
「くっ……怒られてしまったのデース……それもこれもあの理事長が……」
「まぁまぁ、紅茶でも飲んで落ち着くといいヨ?」
先ほど怒られていたぼさぼさの髪の女性が、丸いテーブルの一席で突っ伏す。
そこに話しかけたのは、薄紫色の髪に、ミモザ色の瞳をした少女。
毛先をくるくるにまいた横髪を揺らしながら、ティーカップを女性に差し出す。
「おあああ!?なぜあなた様がここに」
「何だか落ち込んでるのが見えたから、話しかけに来たまでだヨー。一応うちの団の所属だしネ。」
女性の素っ頓狂な反応に、微笑む少女。
この反応からして、少女は女性の上司らしい。
「なんかあったの?」
「……別になんでもないデース……ちょっと、特別宰相殿に怒られただけで」
「あらー、怒られちゃったんだ、怖いもんネーあのおっさん」
少女はくすくすと笑う。
「ワタシを笑いに来たんデショウ」
「まさか。通りすがりだヨー」
「……」
笑う少女を、女性は睨む。
しかし少女は本当に通りすがりだったようで、女性は面食らって無言になってしまう。
「ふ、ふん……感謝してなんてませんからね」
「え?なーに?」
「なんでもありマッセーン!!次こそは、失敗しないと言ったんデース!!」
「お、何だか元気が出たみたいでよかったヨー!」
少女は心底嬉しそうに返した。
「──エレミール、何してるんだい?」
ふと、少女の背後から長身の少年が声をかける。
黄緑色の髪に藤紫色の瞳の彼は、怪訝そうな顔だ。
「おお!ベリちゃん!ちょっと元気がなかったからお話してただけだヨ!」
「まったく……執務中にふらっといなくなったと思ったら何をしてるんだ……ほら、帰るよ」
嬉しそうな少女とは真反対に、不機嫌そうに眉を寄せる少年。
「えー、もう少しお話してたい……」
「駄目」
「えぇーー!ケチーーー!!」
少年は、愚図る少女を引きずって行こうとする。
ふと少女の足元を見ると、宙に浮いているのが確認できた。
引き摺るというよりは、もしかしたら持ち去るの方が正しいのかもしれない。
「ま、またね!あんまり落ち込まないでネ!えっと、バカモト!!」
最後に女性の名前を盛大に間違え、持ち運ばれたまま去っていく少女。
「……私の名前は岡本デース」
小さく訂正して、ため息を吐き、入れてもらった紅茶を飲み干し、女性は席を立ち去った。
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