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   * * *

炎「時雨〜っ!!」

時刻、只今午前8時15分。
昨日、魔物の片付けをし、疲れてベッドで死んだように寝ていた俺にはかなり速いと思われる時間。
窓の外から聞こえてくるひーとの甲高い声で俺は起こされた。

炎「時雨〜っ?あっれ?起きてないのかなぁ?よし、もっと大きな声で呼んでみよう。スゥー……しーぐーr 
雨「起きてるよ!!うっせぇな!!」

ひーとが叫び終える前に乱暴に窓を開け、思わず怒鳴った。
叫ばれたら近所迷惑も甚だしいから…というのもあるが…俺が怒鳴った時点で近所迷惑は通り越してそうだな…。

炎「なーんだ、起きてるんならさっさと返事してよー。」

起きたばかりで、すぐに返事をしろと?
無茶言うなし。
てか口を尖らすな。

雨「で?何の用だよ。」

窓から顔だけ出してひーとに尋ねる。
するとひーとは思い出したように"あぁっ!!"といい、そして続けた。

炎「そうそう!!大変なんだよ!!一緒に来て!!」

は?
大事な主語が抜けた気がしたんだが。
しかしなんとなく言われずともわかる、これは面倒事の気配だ。

炎「つべこべ言わずに早くってば!!」

はぁ……へいへい……。
ひーとの急かすような様子に若干の面倒臭さを感じつつ、俺は支度を済ませて階段を降りた。
まぁ、支度といっても急いでいたので簡単にだが。
あいすは何処かに出掛けているようで、家の中はガランとしている。……まぁ、このくらいの時間なら冷音の家だろうか。

炎「時雨ー!早くー!」

……ったく……せっかちめ……。
そんなことを思いつつ玄関を出れば、ひーとがムッとした表情で立っている。
剥れんじゃねぇって、一応低血圧なりに頑張ったんだが。
……なんてこの様子のこいつに言えるわけもない。
ついでに言うとそんな暇もなさそうだ。
ともかく、今にも俺を置いて走り出しそうな、そんな彼の案内で、面倒事の現場まで向かった。

-広場-
途中でひーとから聞いた通り、街はいつもよりも何故か閑散としていた。
一昨日の一件が関係しているのかとも思ったが、昨日辺りに普通に近所の婆さんが散歩していたので、特に関係はなさそうだ。
(というか不思議なことに、建物は特に破壊されていなかった。そもそも魔物自体も、小雪のところを抜けば、うちと冷音の家、桃花の家ぐらいしか出ていない。)
そして、街の中央辺りにある芝生の生えた広場まで差し掛かったあたりで、一番大きいであろう“街の異変”に遭遇する。
それは、黒い鎧を着た騎士のような風貌の男が、子供の代わりにそこを徘徊しており、手前ではそれと同じ鎧を着た騎士が、ひーとよりも少し年下……所謂初等部生位の少年を捕らえて、いつもとは別の意味で騒ぎ立てている、そんな光景である。

黒騎士の鎧には、黒紫色をした死神の鎌のような、少々禍々しい紋章が刻まれてる。
もしかしなくても魔王軍だろう。
新聞でついこの前見掛けたばかりだから間違いない。

少年「放して!放してぇっ!!」

兵1「静かにしろっ!!殴られたいのかっ!!」

炎「……なぁにあれ…ムカツク…」

ぼそりと小さく呟いたのはひーと。
正直俺も同じ気持ちだ。
……この怒号と泣き叫ぶ子供の声を聞いて、何か思わないやつはいない。

……俺はあんたを殴りたいよ。
というか寧ろ刀で殴ってしまった方がいいか……?
あれを見て俺が思ったことはこの二つだ。
危ないなと自分でもなんとなく思うが、今目の前で起きてる事の方がよっぽど危ないだろう。
…この黒騎士、子供相手にナイフを出しやがった。
そのナイフは今、幼い子供の首もとに押し当てられている。
…これは刀でぶん殴っても問題ないだろ。
そう判断し、刀を空中から出して立ち上がろうとする。

…が、俺の刀がそいつに向けられる事はなかった。
何故なら、奴の後方から走ってきた銀髪の女子、狐が、飛び膝蹴りをそいつの頭にヒットさせたからだ。
良くやった、と心から狐に礼を言いたくなったが、飛び出しはしない。
ここで俺達が出ていくと、ややこしい事になりかねないだろうから。

狐「もう大丈夫やでー、ぼうや。ほらほら泣くんやない。男やろ?」

狐が少年を保護し、彼の頭を撫でる。
すると、彼女が飛び膝蹴りを食らわした黒騎士が、よろよろと立ち上がった。
気配を感じたのか、狐がピクリと反応を示し、子供を庇いながら、ちらりとそちらを見やる。

兵1「おのれてめぇ……よくもやってくれたn!?」

立ち上がったそいつが何かいい終える前に、長方形の形をした、白い紙のような物がその背後から飛んできて、そいつの兜にくっついた。
その直後、そいつに電気のようなものが走り、そいつは仰向けに倒れた。
ジュー……と煙が上がる。

狐「し、真?こいつ、中身人間や無いの?」

狐が驚いた様子で黒騎士を見、その倒れた黒騎士の少し後ろにいた真に問い掛けた。
どうやら先ほどの白い紙切れは、真が放ったものらしい。
……そういやお札……とか言うやつがあんな感じだったか。

真「…こいつの中身は魔物だよ。喋ってたから少しは強い奴かもね。」

狐「そっか、なら問題無しやな。」

若干冷たく答えた真。
狐はそれに特に反応はせず、真顔で頷いた。
…ん?…あの兵たちが魔物…?全部…じゃないにしろ、まさか殆どか……?
…嘘だろ…。

兵2「貴様ら!!何をしている!!」

狐「げっ!!気付かれた!!」

若干俺がその会話を聞いて愕然としていると、狐たちは他の黒騎士に気付かれたらしく、すたこらと逃げ出していた。
去り際に狐が、こちらを見て親指をグッと突き出したが…あいつ気付いてたのか…。
黒騎士は鎧が重いためか、追いかけることはしなかった。
……ちょっとまて何か黒騎士こっちに来てるんだが。

炎「どうしよ…、こっちも気付かれたよ!!」

ひーとが焦っている。
…狐め…あの動作を黒騎士が俺達に気付くよう仕向けるためにやったんなら…後で覚えとけよ…。
…しかしあいつらの狙いは小さい子供か…。なら…。

雨「…ひーと、お前は行け。」

炎「えっ!?」

雨「いいから逃げろっつってんだよ。」

兵2「ふん…ここにもネズミが居たか。」

…速いな…重装備のわりに。
やっぱり中身は全員魔物なんだろうか?

兵2「二人か…俺達はガキを集めていてな…一緒に来てもらおうk!?」

俺は、兵士が言い終えるか言い終えないかのうちに、そいつの足を払った。

雨「早く行け!!」

ひーとにそう言うと、彼は慌てながら"うん!!"と言って、走っていった。
…ここまでやって、まだ俺も年齢上子供だったと言うことに気が付いた。
…やっぱりどんなときでも冷静に考えられないと駄目だな……。
蹴飛ばしたこいつが倒れたときに、他の連中にも気付かれたらしい。
黒騎士が続々とこっちに集まって来てしまい、若干舌打ちをしてしまう。
それにしても増えたせいか圧迫感と迫力が増してやがる。
…こりゃ不味いか…。

兵2「…若僧が…。仲間を逃がすか…、我々魔王軍に歯向かうとは…身の程知らずにも程がある…。」

やっとのことで立ち上がったらしい兵士は、そう言って武器を出した。

やっぱり魔王軍か…予想通りだな。
新聞でどっかの村が制圧されたとか言うのは何度か見ていたが、まさかこのゴールドグレードに来るとは。
いやそれ以前に、子供相手に…獲物ありですか…。
ったく…勇ましいことこの上無ぇな。
プライドとか無いのかコイツら。

しかし、この兵士の武器(アクス)の速度はあまりにも遅く、簡単に躱せてしまう。
ともかくこれを利用しない手はない。
隙を突いて技を使った。

雨「旋風雅センプウガっ!!」

剣に風をまとわせて一点を突く。これも商人である父から教わった技だ。
……商人にこんな技が必要なのかというのは、昔訊いたらはぐらかされた覚えがある。
まあ、ツッコんではいけなかったんだろうな。
黒騎士はズサァッと音をたてて後ろにすっ飛んだ。
……割と威力強いんだよなこれ。

兵2「ぐぅっ……貴様……何者……。」

…ただの商家の息子だけど。
…多分。
黒騎士は"ぐっ…"とまた呻いた。

?「ふむ……、我が軍には欲しい人材だな……。」

黒騎士の壁の後ろから、低い声が聞こえてきた。
その人物がひとつ合図をすると、黒騎士たちが両端によけ、ガシャンと敬礼する。
…こいつが親玉か?

兵2「ラ、ラザフォード兵長!!」

…ラザフォード…?
聞いたことがないな……。
誰だ…?
まあ、兵長っていうんだからおそらくは強いんだろう。

ラザ「どうだ、我が軍に入っては。」

…いきなりの勧誘だな。

ラザ「君のような人材は大変貴重なのでね。」

雨「断る。」

ラザフォードと呼ばれた男を睨み、言った。
まず、俺は軍に入る気なんてない。
つか、魔王のやり方は理解出来ない。
それに、仕えるのも面倒そうだ。
性に合わない。

ラザ「…そうか…残念だ…。おい!こいつを捕らえて刑務所の牢にでもぶちこんでおけ!!」

ラザフォードがそう、声を高らかに言うと、ざっと20体位の黒騎士が俺を取り囲んだ。
へぇ…集団で殴りかかるのがお好みなのな。
やってることがその辺のチンピラ集団と変わりない。
騎士みたいな鎧着てるくせに誇りも何も持ってなさそうだ。
これはいよいよ絶望的か……?

そう思いつつも刀を構え……ようとしたその時、後頭部に重い衝撃が走った。
視界が暗転する寸前に見たのは、真っ黒い、大きな斧。

そうしてそこで、俺の意識は途切れた。





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