2



-……何で此処に……。-

目を覚ましてから初めて目に入ったのは、真っ黒な天井。
下には固いベッドの様なもの。
少し視線をずらすと鉄格子が見える。

雨「っ!!?」

起き上がってみると、後頭部に鈍痛が走った。
…あの黒騎士……力任せに殴りやがって…。
いや…斧で殴られたのに生きてることに感謝すべきか…?
つかここ何処だし。
鉄格子があるって事は、刑務所か?
そういやラザフォードとか言うやつも刑務所がどうとか言ってたな…。
近場の刑務所といったら、街の中にある刑務所ぐらいしか知らないんだが…。
つまり、魔王軍は刑務所も占拠している…と?
いや、あんな黒騎士は、昨日までいなかった。
そもそもゴールドグレードに魔王軍が来るなんて話、見た覚えもなければ聞いた覚えもない。
まずそんな重要な話、うちに回って来ないはずがない。
うちがなくても、ひーとの家や真の家、桃花の家くらいには話が入ってくるはずだ。
誰の家に話が来たとしても、俺の耳に入ってこないことはないだろう。
そしてここ最近は街内会議も無かった。…とすると…どっかから何らかの圧力が働いた……?
ルミナス王国の領土内であるこの街にそんな話は無縁だと思っていたんだが…。
罪人を収容する重要な場所を明け渡すってことは…やっぱり金か暴力か権力か…。

…って……俺がこんなこと考えても仕方ないか。
あったとすれば、あの成金所長からして金絡みが有力だろう。
けど何にしたって、悪党を捕縛しておくはずの場所を明け渡すか?普通…。
…なんかムカついてきた……。

ともかくここを出なくては……。
とりあえず外との連絡を試みようと、空中からエクタムを取り出してみる。
するとメールが一件。
あいすからだった。
だが、残念なことに牢屋は圏外となっており繋がりそうにない。
だろうな、とため息をつく。
まあ、牢屋で連絡なんて取れたら、脱獄し放題だろうからな。
それは刑務所として機能してるとは言えなくなる。
ああ、ちなみに。
エクタムとはここ数十年で普及した通信端末の一種である。
正式名称はEquipement terminal mobile(エクィップメント ターミナル モバイル)。
冥界でもつながる、といううたい文句だが実際繋がるかどうかは確かめようがない。
て言うか、冥界と交易してたの何年前だと思ってるんだ。
そんな売り文句で売るなよ、と思うが、通信が固定電話しかなかった頃の不便さを考えれば、まあ売れるのは当然だろう。
俺達が初等部六年の頃までは、女性が使うコンパクトのような、画面と入力ボタンが分かれている開閉式の長方形端末が主流だったが、今や大半が液晶画面と入力ボタンが一体化した、薄型の板みたいな端末が主である。
俺はそのあたりの仕組みに詳しくないので、素直に技術の進歩ってすげぇなと思う。

……って、何牢屋の中でしみじみ技術進歩に感銘受けてんだ俺は。
脱出方法を考えなくては。
鉄格子を空溜刃で破壊……は強度的に無理か……。
いくらズボラとは言えど、脱走者は出たことがないし、この鉄格子は相当な強度だろう。
ってことは同じく今の手持ちの魔術での破壊も無理だな。
…そういえば。
お前風術特一級って資格を取ってる割に、使える魔術が少ないんじゃないかと思う人も居そうなので、一度説明しようか。
まず風術特一級資格が取れる、風術検定っていう物から話していくと、この検定自体は使える術式の量によって点数が変わるとかそういう話ではない。
風術を使って、どれだけの事が出来るか。
もしくは、風術をどれだけ正しく扱えるか、というのが風術検定の最大の焦点だ。
確かに特一級まで持っていれば、大体の風術は扱っても大丈夫だろうというお墨付きはもらえるが、すべての風術を使いこなせるわけではない。
恐らくこれについては他の属性検定も一緒だろう。
その上今俺は、アームレット型の魔力制御装置(リミッター)を付けているので、中級以上の魔術は使えない。
何故こんなのをしてるのかと聞かれると、フォルトの過度な消費を抑える為、としか返答しようがないんだが、まあその辺りの話はまた今度でいいだろう。
ということで、今俺が扱える術式は割と少ない。
この辺はどれだけ実戦経験を積めるかにもよりそうだしな……。
学園に通っている手前、一般よりは確かに使えるかもしれないが。
これからに備えて、魔力制御装置の調整とか、術式の本とかを今一度読み直しておくのも手かもしれない。

……さて。
どうやってここから出るか、という話に戻ろう。
今の説明中にちょっと触ってみた感じだと、やはり今の手持ちの術じゃ砕けないであろう硬さだということが分かった。
空間術なら余裕だったかもしれないが、俺は空間術を使えないのでこの線は無し。
地面は固いタイルが敷いてあるので、地面を掘るというのも無理そうだ。
磁術でもあれば破壊も可能かもしれないが、此方も俺は使えない。
……こういう時上位属性が使えないのがとてつもなく悔やまれる。
はたしてどうしたもんかと考えていると、鉄格子の外から足音が聞こえてくる。
この音の高さ……ブーツかヒールだろうか。
…何か聞き覚えがある気がする。

兵3「な、なんだ貴様は!!」

?「あら、貴女みたいな人に名乗る名はないわね。」

兵3「な、なにを!?」

聴こえてくるのは女(恐らく見張りの黒騎士)の声と、もう一方も若い女の挑発だ。
ってか挑発してる方、普段聞き慣れてる声そっくりなんだが…。

?「……これぐらいで怒るなんて、カルシウム足りてないんじゃないかしら。」

…やっぱり……。
この挑発の仕方は……。

兵「き、貴様っ……!?」

ガンッと空洞の鉄に何かがぶつかる音がした。
まもなくして、兵士の呻き声が聞こえてくる。
ガランガランと鉄が転がる音がした。
…あー……何があったのか、大体は理解できたな。

?「…ね?上手く行ったでしょう?」

?「……そうだけど…駄目だよ、時雨お兄ちゃんに怒られちゃうよ?」

…今度は……これまた聞き慣れた少年の声が聞こえてきた。
…あいつまで連れてきてるのか……。

?「あら、怒られる筋合いなんて無いわ?助けに来たんですもの。」

二人組が近づいてくる音が俺がいる鉄格子の前で止まった。
何故だろう、声がかかるまでそっちを見ないのが得策だと思った。

ほどなくして、鍵の開く音がし、鉄格子の開かれる音が鳴り響いた。

?「時雨?生きてるかしら。」

そちら側を見ると、にっこりとした笑顔で立っているあいす、そしてその隣には心配そうな顔をしている冷音がいた。
取り敢えず鉄格子を出て、この二人に疑問をぶつけた。

雨「…あいす、冷音。お前ら何で此処にいるんだよ。」

するとあいすは笑いながら、

氷「お散歩していたら此処に来ただけよ?」

…いや、散歩でこんなとこまで来るわけねぇし……。
そもそも入れねぇだろ…普通に刑務所の門には鍵が付いてるんだから……。

氷「ああ、鍵なら開いてたわね。」

そう言いながらあいすはまだ笑っている。
……待ってくれ、開いてたって?
それはセキュリティ的に大丈夫なのか?
というよりお前開いてたら入っていいってもんじゃねぇぞ?
俺がそんなふうに呆れ顔をしていると、冷音が横から、

冷「…ひーとがいきなり、時雨が捕まった!!…って言いながら、ぼくの家に駆け込んできたんだよ……。それであいすお姉ちゃんが散歩に……」

…ひーと…捕まったのを見てたってことは……あいつ、逃げろっつったのに影から見てたのか……。
そして案の定あいすの散歩が散歩じゃない。
ともかく言いたいことはたくさんあるが、まずは礼を言わなきゃ、な……。

雨「……まあ取り敢えず……助けてくれてサンキュな。」

氷「いいわ、そんなこと。早くここを出ましょ?あの黒い騎士が来る前に。」

…あぁ、そうだな。
見張りの騎士をあいすが落としたとはいえ、他の騎士が来ないとは限らない。
確かに早く出た方がよさそうだ。

?「うわぁあぁぁぁん!!ママーぁ!!誰かー!!」

そう思った矢先、廊下の奥で子供の泣き叫んでいる声がする。
もしかして……黒騎士共に捕まったガキか?

氷「…どうして、牢屋の奥から子供の泣き声がするのかしら。」

恐らくこの件に関しての事態をほぼ把握していないあいすの目尻が、笑顔のまま30度はつり上がった。
外道を許せないその性格の逆鱗に触れたらしい。
あぁ…これはキレる手前か……?

氷「…こっちね…。」

あいすはすたすたと速足で、牢の奥へと進んでいく。
呼び掛けて…も止まるわけねぇか…。
…ったく…仕方無ぇな……。
大人しくお供するとしようか…。





- 20 -

*前次#



ページ:



[表紙へ]
[Ancient sage topへ]
[別館topへ]