2
−白銀の世界−
冷たい空気を感じて目を開くと、視界には青い空が映った。
凍てつくような風が吹き抜けていてかなり寒々しい。
取り敢えず上体を起こし、状況把握の為に周りを見渡してみる。
そこには……一面、白・白・白の大パノラマが広がっていた。
そう、まさに銀世界という言葉がぴったり嵌まるくらいの。
遠くには氷の壁……?氷山の表面?のようなものも見えており、側には
氷の柱のようなものが無数聳え立っている。
狐「っつー……、どこやぁ?ここ…。」
後ろから声が聞こえた。
そちらの方を向くと、丁度皆が起き上がろうとしているところだった。
炎「うーん……え、ここどこ!?」
跳びはねるようにして起き上がったひーとが、すっとんきょうな声で言う。
冷「……ここは……多分、流氷島……。」
冷音は先ほどの痛みがまだ尾を引いているらしく、ふらつきながら立ち上がる。
少し顔色が悪く、なんだか心配だ。
それにしても……流氷島……、ソフトライムより北に位置する、通称氷獄島、だったか。
誰も住んで居ない無人島で、
氷の精霊が統括してるっていう……。
氷獄なんて異名があるのはその寒さからで、
氷の精霊が統治する以前は、吹雪で閉ざされた地帯だったことが由来だとか。
……だが、今は不思議とそこまで寒くない。何故だろう。
それに……冷音お前……何でここがそうだってわかるんだ?
冷「……」
どうやら答えられない質問をしてしまったらしい。
冷音は答えられないと黙り込む癖がある。
現に困ったといった表情が一瞬現れた。
炎「流氷島……!?北の果ての!?なんでそんなところに!?」
ひーとがその驚きのあまりパニックに陥っている。
気持ちはわかるが少しは落ち着け……
炎「ボクたち南に行くんじゃなかったの!?寒いしもうやだよ……!!帰りたい!!」
少々声を沈めて喚いた後、ひーとは最終的に癇癪を起こして踞った。
どうやらひーとは寒いらしい。
……寒くない俺がおかしいのか……?
冷「……ごめん……。」
冷音がそれに呟くように謝る。
……お前が謝る必要ねぇだろうに……。
炎「ごめん……?」
唸るように呟いたひーと。
彼は踞ったまま射るような眼力で冷音を睨み付け、凄い勢いで立ち上がる。
そして掴み掛からん勢いで冷音へと近付いた。
炎「ねぇ、だったら何でこんなとこに飛んだの?
キミの意思だよね!?」
物凄い剣幕で怒鳴るひーと。
さっき冷音が踞ったときとは偉い違いだ。
ただ……ひーとは体と顔こそ冷音の方を向いているが、恐らく冷音を見てはいないだろう。
証拠に目の前で俯いて、無表情を辛さに染めて耐えしのいでいる親友に気付いていない。
……どうやら錯乱しているらしい。
冷「……ぼくは」
炎「このまま帰れなかったらボクたち死んじゃうんだよ!?
ボクこんなところで死ぬの嫌だよ!!」
真「ちょ、ちょっと待とうよひーと。まだ帰れないって決まった訳じゃないし、死ぬって訳でも……」
炎「真は黙ってて。」
止めに入ろうとした真に、ひーとが冷音を見たままピシャリと言う。
炎「ごめんで済んだら騎士団だって要らないんだよ。ボクたちが死んだら、謝ればすむの?
誰か居なくなったら、キミが何とかしてくれるの?ねぇ!?」
遂にひーとは冷音の肩を掴んだ。
……俯いて垂れた前髪から覗いた冷音の目が曇る。
これは駄目だ。
止めないとひーとと冷音の関係が壊れる。
雨「……おい。」
まずは彼の注意がこちらに向くように声をかけて、歩み寄る。
案の定、いつもの彼からは想像できない怒りに溢れた表情がこちらに向いた。
……もうひーとじゃない何かなような気がする。
ひーとを冷音から引き剥がし、ひーとを思い切り殴り飛ばした。
反動で、冷たい地面にへたり込むひーと。
驚いたように目を見開いてこちらを見つめている。
雨「まだ死ぬなんて決まったわけじゃねぇだろうが。つか、この程度で死んでたまるか。それにお前、今、誰に何言った?」
炎「……」
硬直するひーと。
雨「……誰に何を言ったんだって訊いてんだよ。」
雪「時雨さん……もうその辺でいいんじゃ……」
さらに問い詰めると、小雪が止めにはいった。
……だがここで引き下がると、こいつの為にならない。
炎「だって、テレポートいきなり発動したからじゃん……こんなとこに飛んだの」
雨「あの術式は、外から干渉されて展開されたものだ。冷音が自ら展開したものじゃない。大体、あの状況で冷音が術使えるとは思わない。」
なるべく心を落ち着けて言う。
あの状態の冷音に術は使えない。
あれだけ苦しそうだったのを見てたんだ、ひーとでも分かるはずだ。
雨「うろたえる気持ちはわからなくもない。けどな、こいつはお前の唯一無二の親友なんじゃないのか?
こいつの辛そうな顔見て、どうして何も思わない?」
炎「……っ。」
ひーとは再度目を見開いて、唇を噛み締めて俯いた。
冷「……その……時雨お兄ちゃん……ぼくは、大丈夫だから……」
そう声をかけてきたのは、未だ申し訳なさそうな表情の冷音。
ひーとはフラりと立ち上がって、再度冷音に向き直る。
炎「……冷音……ごめん……、ボク……。」
冷「……うん……もう大丈夫だから……、謝らなくていいよ……。」
俯きがちに謝るひーとを、冷音が苦笑するような、安心したような顔で頭を撫でる。
……何とか……なったか……?
……しかし殴ったのはやりすぎだったかな……。
氷「……お疲れ様、時雨……。
……ともかく、ひーとが落ち着いたところで、先に進みましょう?このままここにいるより、ここから出る方法を探した方がいいと思うの。」
……そうだな……。
とりあえず……何処か休める場所と、出来ればこの島から脱出する方法も見つけた方がいいだろうし。
狐「じゃ、じゃあ、流氷島探索やな!!」
そう狐が言い、俺達が歩き出そうとした時、
?「いやぁ〜、青春だねぇー。」
図ったようなタイミングで、男の声が聞こえてきた。
同じタイミングで進行方向から、足音も響く。
どうやらこちらに向かって来ているようだ。
間も無くして現れたのは、バーテンと燕尾服を足して二で割ったような服を着て、顔の右半分に仮面をした、藍色の髪に金に近いような、黄色い目の青年だった。
−また面倒事かよ……−
男「……いやぁ、あいつの言うことも偶には当てになるもんだねぇ。」
こちらを見て笑みを浮かべる青年。
つか誰だこいつ…。
なんか俺達の事知ってるみたいな口振りなんだが。
狐「誰やワレェ!!何でオレらのこと知っとんよ!!」
狐が威嚇剥き出しで言う。
すると青年は、一層笑みを深くし、こう言った。
男「オレの名前はシュペリ・ヴィーネ。魔王軍内では、道化師って呼ばれてるよ♪君達の事はあの黒くて暑苦しいラザニアから聞いたんだ。」
……ラザニア?
もしかして……、……ラザフォードか?
黒くて暑苦しいと言ったらそいつ位しか思い浮かばないが……。
炎「ラザニアって誰?」
ひーとが頭上に疑問符を浮かべる。
シュ「分かんないかぁー。じゃあラザフォード兵長って言ったら分かるかもねぇ。」
彼は親切にも答えてくれた。
ラザニアとは予想通り、ラザフォード・ショールその人らしい。
つか、また魔王軍か……仕事熱心なことで…。
シュ「まぁいいや、取り敢えず、水森 時雨と"冥界の鍵"の所有者掴まえろって命令なんだよー。……着いてきて貰おうか?」
尚も笑みを崩さない青年。
雨「嫌だ、と言ったら?」
俺は無論嫌だと言うつもりだが。
こんなとこまで追って来るとかしつこすぎかよ……。
つか冥界の鍵の所有者とか誰だよ知らねぇよ……。
シュ「断れば力ずくでもいいって言われてるんだけど。
あれー?喧嘩とか嫌いって聞いてるんけどなぁ。」
雨「降りかかる火の粉は払うけどな。」
シュ「へぇ……、じゃあ、試してみようかねっ!!」
相手は空中に何かを投げる動作をし、空中の何もない場所から現れた剣を掴み、くるりと回して構えた。
持ち方は逆手……?
……そう暢気に観察している場合ではないらしい、相手はこちらに向かって走ってきていた。
……これはやばい!!
間一髪。
振り上げられた剣を、咄嗟に出した刀で受け止める。
そしてその勢いで振り払い、はね飛ばす。
シュ「へぇ……結構やるもんだねぇ。」
"オレの一撃を止めるなんて。"と、剣を持ち直して肩に担ぎ、皮肉めいた笑みを浮かべるシュペリ。
その言い方からして、剣術には相当な自信があるようだった。
確かにその自信以上の腕をしているらしい。
剣閃を受けた腕が少し震えている。
シュ「ただのガキじゃないってラザニアが言うだけあるかも?」
雨「……そりゃあ光栄だな。」
言って刀を構え直す。
少しだけ笑みがこぼれるが、かといって余裕があるわけではない。
いわゆるどうしようもない時に出る笑いってやつだった。
シュ「光栄、光栄ね。あはは、ちょっと楽しくなってきちゃったなぁ。」
額を抑えてシュペリが笑う。
楽しいと言いつつ、そうでもなさそうな表情で。
後ろで仲間達が武器を構える音がする。
シュ「ほー?まとめてかかってくるつもりかな?なら、少し本気だそうかなっ!!」
そう言って彼は先ほどと全く同じように剣を持ち直すと、先ほどとは一段以上上がった速さで斬りかかってきた。
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