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-赤髪の大鎌使い-

ゴールドグレードに着いたのは、イラファートを出発して三日後の事だった。
結構速く辿り着くことができたのは、馬車を利用したという所が大きい。
残念ながら今は、イラファートとゴールドグレードまでしか利用できないらしいが。
理由は聞かせて貰えなかったが、国と国の間で何かあったのかもしれない。
…杞憂だといいんだが…。

そういえば、黒騎士どもはあれからすぐに撤退したと、近所に住んでる婆さんが言っていた。
あと、特に建物の破壊などはしなかったらしい。
…一体あいつら…何が目的だったんだ?

…まぁ、それを気にしていても仕方ない。
それはそれとして、今はひーとの事だ。

帰ってきても彼は、心ここにあらずといった感じだった。
話し掛けられれば反応はするが、彼らしくない笑いが返ってくるだけ。
話し掛けもしなければ、多分ずっと何もない空間を見ているだけだろう。

側にいる冷音や音波も、なかなか元気付ける切っ掛けを掴めずにいる。
…俺も、何も思い付かない。
こんな時はそっとしておくのが一番かとも思ったんだが…ひーとの方は極端に一人を嫌った。
なんでも、"こんなに広い家で一人はさすがに寂しい"とか。
他に、嫌がり方が尋常じゃなかったとか、そう言った理由もある。
怯えたような様子で、嫌だとあれほどまではっきり言うとなると…流石に、何かあったのだろうか?と邪推してしまう。

まぁ…ともかくそんなやり取りもあり、俺達は今、ひーとの家にご厄介になっている。
ひーとは今も、冷音や音波と一緒にいる訳なんだが…。

音「ひーちゃん?おーい。ひーちゃーん。」

彼は、またもぼんやりしているらしい。

炎「えっ?あ、あぁ、何?」

音「…またボーッとしてたよ…?何考えてたの?」

炎「あー…、何でもないよ。大丈夫。」

音「本当に?」

炎「うん、本当に!」

心配そうな音波の問い掛けに、ひーとはまた苦しそうに笑みを浮かべて返した。
…あいつのことだ、"皆の前では元気にしよう"とか思ってるんだろうが…残念なことに周りからは元気ないのがバレバレだ。
…どちらにせよ、この調子じゃ、彼をこのまま旅に連れていく訳には…。

      ──ピーンポーン

いかないな、と思い掛けた思考を遮るように、火鳴邸のインターホンが鳴った。

炎「はーい。」

返事をし、ひーとが玄関へ駆けていき、玄関の扉を開く。
目の端でそちらを見るとその玄関の前には、紅い髪を項の辺りで纏めた少女が立っていた。

      * * *

雨「…で?なんでお前はいきなり冷音に斬りかかった?」

目の前に座る人物を半ば睨み付けつつ、問う。
現在俺は、目の前で肩をすぼめて座っている紅い髪の少女……ひーとの実姉である理美火りみかに、事情聴取紛いのことをしていた。

何故そうなったかといえば、玄関で色々とあったらしいからで…。
その場にいたひーとから訊いた話と、止めに入った狐からの話を合わせると…。

まずひーとが、姉が帰ってきたと理解した瞬間に感極まって泣き出し、その泣いた理由を理美火が全く理解しておらず、泣き声を聞いて様子を見に来た冷音を見、理美火が何らかの勘違いをし、彼女が冷音に大鎌で攻撃を仕掛け、其処を偶然玄関付近にいた狐が目撃して止めに入った、ということらしかった。

何処と無く正確性がないのは、俺はその時丁度読書をしており、その現場が見えていなかったからだ。
我ながら不覚だったとも思う。
てか、ひーとが何かを止めようと叫ぶ声と、狐が俺を呼んだ声くらいしか聴こえてきてないし。
…いや、何かが床にぶつかる音もしたか…。
駆け付けたときには、理美火の大鎌が狐に受け止められていて、冷音が床に尻餅をついた状態で。
その時のひーとの顔は真っ青だったのを覚えている。
…まぁともかく、一発目の大鎌はかわしたのか冷音は頬に掠り傷ができた位で、二発目も狐が止めて、たいした怪我はなかったんだが…。
斬りかかった事実は変わらない。

理「い、いや、だって、いきなり泣かれたら、誰だってパニックになるっていうか、勘違いするっていうか…。」

雨「…確かにそうだとして、それでなんで後ろから出てきた冷音に斬りかかるような結論に達するんだよ。」

理「ゔっ…。」

目を泳がせる理美火を睨んだ状態のまま、俺は目を細める。
彼女は息を詰まらせ俯いた。

理「家に、お前らが泊まってるとか、思わなかったし、いきなりだったから…冷音とひーとが喧嘩でもして、ひーとを凹ませたと、勘違いしたんだよ…。」

俯いたまま、しどろもどろにそう呟く理美火。
なるほど。
どうやらひーとは連絡を怠っていたらしい。
それじゃあまあ、驚くのは仕方ない。
……だが。

雨「…それでも、なんで武器だして斬りかかるんだよ。」

理「…悪りぃ…つい…。あたし、勘違い激しいから…。」

…それはもう勘違いが激しいなんて域じゃないと思うんだが。
つかどこの世界に勘違いで人に斬りかかる馬鹿がいるんだよ。
人の事は言えないが、斬りかかる前にいろいろ確かめろよ、もっと平和的に生きろよ。

理「ご、ごめんな?ほんとごめん、冷音。」

理美火が、ひーとの隣にいる冷音に謝罪した。
それに対して冷音は、

冷「…大丈夫です。…慣れてますから。」

と、頬についた絆創膏を擦りながら、微笑みもせず、しかし無表情でもないという微妙な表情で返答。
ま、元々そんなに怒らない方だしな、こいつ。
そんなもんに慣れるのはよくないが。
どちらかと言えば…、

炎「……」

隣にいるひーとの方が怒ってる。
黙り込んで、口を尖らせて…。
…友達第一だからな……、こいつ…。

理「えっと…ひーと?ごめん、変な勘違いして。」

理美火もそれに気がついたらしく、少々ばつが悪そうに謝罪する。

炎「…次やったら、許さないからね」

ムスッとした表情でそう呟き、ひーとは彼らしからぬ目付きで理美火を睨み付け唸った。
まあそりゃあそうなるよな。
正直こういうピリピリした状態であんなことが起これば、こういう反応にもなる。

理「あ、あははは…、相変わらず、親友第一だなぁひーとはー……。もう絶対しないから安心しろって。」

彼女はそんな弟に、何か隠すように苦笑いすると、"あ、そういえば…"とやや強引に話を変えた。
ごまかすのが下手だな、相変わらず。

理「何もなかったとなると…ひーと、お前何で泣いたんだ?いつもはあたしが帰ってきても泣いたりしないのに。」

一瞬にして、その場に静寂が訪れた。



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