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理「な、何でみんな固まるんだよ。」

皆が硬直した理由は十中八九、理美火にどう事実を伝えるかで迷ったからだろう。
理美火は両親の死を知らない。
知っているはずがなかったんだ。

…だってそうだろう?
俺達がそれを知ってるのだって、あの男がその事実を話しに来たからだ。
あいつが理美火に話しにいくはずもないし、そもそも、あいつは理美火を知らない。
理美火があの場に隠れて様子を見てたんなら、知ってても何ら不思議はないが、彼女の性格上、それを聞いて飛び出さない訳がない。
それにひーとも連絡を入れていないのだから、知る由もない。

現にこいつは目の前できょとんとしてやがる。
理美火は嘘が得意じゃない。
先ほどのあの勘違いとやらも、十中八九嘘なんだろうが、何か隠してることはもはやもろバレだった。
こいつは何も理由がないのに、仮に弟と友人が喧嘩しようが、制裁のために武器を持ち出すような奴じゃない。
例えツッコミで何かしかの技をぶっこんで来ようが、それは本当に怒りが限界を超えた時のみである。
だからたぶん、本当に知らないんだろう。
…これは…誰かが告げなくてはならない。
だが、誰も口を開かない。
一様に黙したまま、言葉が見つからないと言う顔をしている。

理「…何かあったのか?」

そんな空気を汲んだようで、理美火の声のトーンが下がった。
…言うしか……無いか。

雨「…これは、ある男からの情報なんだが……。」

言うしかないと思った矢先に、次の言葉が出てこない。
…情けないな、俺は。

理「なんだよ、時雨が口ごもるなんて珍しい。さっさと言えよ。」

雨「……お前ん家の親父さんとお袋さんが…魔王に消されたらしい。」

理美火に急かされて、喉の奥から言葉を絞り出した。
彼女の表情が驚愕の色に変わる。

理「…は…?親父とお袋が、死んだ…だって…?」

…かなり動揺しているらしく、声は途切れ途切れだ。
しかしすぐに何か考えるように黙ると、顔を上げる。

理「…ちょっと確かめていいか?」

雨「?…あぁ。」

…確かめる?
そんなことが出来るんだろうか…?
そう考えつつ理美火を目で追うと、彼女は俺達から少し離れて、項で結った髪をほどいて目を閉じた。

理「…生命の流動よ、ある者の光を写し出せ。」

聞いたことのない詠唱だ。
その詠唱のあと、彼女の足元には橙色の術式が広がった。
ふわふわと粒子のようなものが舞ったかと思うと、その術式は直ぐに消えてしまう。
理美火が目を開いて一つ息を吐いた。

理「…どうやら本当らしい。親父とお袋が殺されたのは。…気配が消えてる。」

雨「…そうか。」

理「なんか気を使わせたみたいで悪いな、皆。」

…どうやらあいつの言っていたことは間違いではなかったようだ。
しかしどこでそんな術を覚えてきたんだろうか…?
…知らない事、わからないことが多すぎるな……。

氷「…御愁傷様…。」

少し離れた場所に佇んでいたあいすが、気の毒そうに呟いた。

理「…別に、悲しくねぇから、同情すんな。」

理美火がまた、途切れ途切れに言う。
それを聞くと、あいすは呆れ混じりに近付いてきつつ微笑んだ。

氷「…そう。 …理美火ちゃんは意地っ張りね。」

理「…意地なんて張ってねぇし。」

氷「…そう?その言葉が本当なら…貴女は冷たい人、ということになるわね。冷たい人で意地っ張りで嘘つき、最悪ね?」

頑なに感情を隠す理美火へ、あいすが何処と無く怒ったような調子で返す。
…こんなときくらい素直になっていいんだと伝えたいらしいが……、あれじゃ逆効果だろうに…。

理「…んだと?もう一回言ってみろ」

予想通り、理美火がカチンと来た。
睨み付けるようにあいすを見る。

氷「…その悲しくないという言葉が本当なら、貴女は冷たい、と言ったのよ。」

先程言った言葉を詳しく分かりやすいようにして復唱し、あいすはさらに挑発する。

理「…テメェ、よっぽどあたしに喧嘩売りたいらしいな。」

理美火がその言葉をそのまま挑発と取って赤黒い闘気のようなものを背後に立ち上らせる。
…その売られた喧嘩を買おうとしてんのはお前だけどな。
と思いつつ、俺は何も言わない。
何故なら…もう何を言っても手遅れだからとでも言っておこうか…。

氷「どうとでもとってくれて構わないわ。やりたいならどうぞ?」

そう言いつつ目を細め、あいすは長い髪をさらりと後ろへ流した。

理「上等…今すぐ狩ってやらあ!!」

激情した理美火は大鎌を取り出し、その言葉を言い終わるか言い終わらないか位であいすに斬りかかった。
対してあいすは、それを見越したようにゆらりと愛用の剣を取り出すと、その斬撃をしっかりと受け止め、払う。

氷「切れが悪いわね、やっぱり堪えてるんじゃなくて?」

理「…うるっせえんだよ!!」

あいすが少し微笑んで言うと、撥ね飛ばされた理美火が受け身の勢いをそのままに飛び掛かる。
図星だったらしく、彼女の表情には余裕がなかった。

炎「ちょ、ちょっと!?二人とも!?ここでやるの!?ここリビングだよ!?」

ぽかんと口を開けて動けずにいたひーとが、おろおろしだした。
そりゃあ…まあ、室内だからな…。
レクライアの部室ならいざ知らず、この屋敷がこの喧嘩に耐えきれる強度なのかどうかは不安だ。
そんな俺達の心配もよそに、二人は打ち合いを続ける。

氷「やっぱり、素直じゃないわね。」

少し後ろに跳躍して小さく呟き、剣を構え直すあいす。
理美火から斬撃が三発繰り出され、四発目の斬撃があいすの剣に食らい付いた。
ギシギシと軋むような音をたてる両者の得物。

理「その剣打った切ってやろうか、あぁ?」

完全に頭に来てるらしく、かなり発言が荒れている理美火。

氷「あら残念ね、この剣はどんな武器でも壊れない仕様なの。」

それとは反対に、冷静且つ楽しそうに言うあいすは……、家族として見ていて少し心配になる。
ただ、残念なことにこいつらの喧嘩癖は今始まったことじゃない。
レクライア…少なくとも創作活動部とうちの学年では有名だ。
…小雪と龍斗の夫婦喧嘩とどっちが有名かってところだな。
あとこれは余談だが、ひーとと…冷音のもう一人の友人が喧嘩したときも凄まじいが…とりあえず…あいすと理美火の喧嘩よりは止められる分まだいい。
こいつらのたちが悪いところは…。

理「ならその剣、かしつくすまでだ!!」

中級から上級の魔術を乱用することだ。
現に今理美火は中級魔術の詠唱に入った。
ただ…今回は攻撃する気がないのか、あいすはその場から動かない。

理「我が眼前の標的を焼き尽くせ…、フレイムバーナー!!」

理美火が放ったのは、焔が三度に渡って相手へ迸る中級焔術。
…こいつ、マジであいすを燃やす気なんじゃ…。
…いや、あいすが何も考えていないと言うことはないか。

氷「…彼の焔による厄災を相殺せよ。アイルカストーラ!!」

案の定、彼女は水の壁を作る中級水術を唱え、理美火の術を打ち消す。
だがそれは、相殺した勢いで小さな水蒸気爆発を起こし、二人はそれぞれ後ろへ撥ね飛ばされた。



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