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-聖邸(教会)-

目的地である教会は、街の北にある高台のてっぺんに位置する。
教会とは正式名を聖教会といい、世間一般的に信仰されている宗教で、三大宗教の一つだ。
天界発祥の宗教で、信仰者も天界人……天使(種族)が多いらしい。
地上だと、丁度今この街があるペルグランド大陸から、海を挟んで隣のサンクトゥス大陸にある、ライトメア聖王国が総本山とされていたか。
尤も、俺自身宗教にはあまり興味がないので詳しくは知らないが……俺の学園でのルームメイトや、幼馴染の風紀委員長なら詳しいかもしれない。
さて、先程話題に出した小雪こと聖 小雪は、この教会に居住している。

……高台の階段を登って気がついたが、いつもはとても見晴らしのいい高台のはずが、現在その周辺は真っ暗だ。
夜とはいえこの暗さは少し不気味さを感じる。
教会から漏れる光と月明かりで照らされた場所以外はなにも見えない。
それに、教会からは異様な気配が立ち込めていた。
空気がうねるように歪んでいるような……とにかく異常な気配。
俺達は顔を見合わせ、教会の入り口へと恐る恐る歩みを進める。

?「きゃあぁああぁぁぁっ!!」

扉の目の前まで行ったところで、小雪の悲鳴が聞こえた。
この悲鳴は……、どうやら中でなにかあったらしい。

炎「ふえっ!?何!?」

桃「小雪!!…くっ……!開かない……!!!」

雨「……どけ!」

混乱する桃花を押しのけて鍵のかかった教会の扉を術で抉じ開ける。
始めに目に入ったのは2体の魔物と、涙目で腰を抜かして襲われかけている小雪だった。

雨「……!!……空溜刃(くうりゅうじん)!」

俺は咄嗟に、先程鉄人形と戦った時に思い出した、風の刃を剣先から飛ばす、飛び道具系の技を小雪の前に立ち塞がっている魔物2体に当てて吹き飛ばした。
そいつらが立ち上がらないうちに俺達は小雪に駆け寄る。

氷「小雪ちゃん!大丈夫!?」

あいすが息を切らしながら言うと小雪が頷いた。

雨「あれは一体何なんだ。見かけない魔物なんだが……。」

俺が訊くと、小雪は静かに首を横に振った。

雪「ユキにも解らないんです……。いきなり……お義父さんとお義母さんが……黒く光出して……。」

人が……黒く光り出す……?
呪いか何かの類いか?

冷「……それは、高等な呪術師しか使えない系統の呪いじゃないかな……。昔、本で読んだことがある……。」

冷音がいきなり口にしたからか、全員が驚いていた。
つか冷音、お前、そんなことまで知ってるのか。
……いや、こいつの姉も呪いに掛けられてたな。
それをなんとかしようとして調べたときにでも見つけたんだろうか?

雪「冷音君、ならもとに戻す方法も知ってるよね……?ねぇ…、教えてよ、ねぇ、ねぇ!?」

パニックに陥っているのか、必死に冷音に訊ねる小雪だが、冷音は黙って首を横に振り、俯きがちに言った。

冷「……残念ですが、その本には、呪いを解く方法は、載ってなかった……です……。」

雪「……そんな……!嘘でしょ……?どうして……。」

小雪の顔はまるで死刑を宣告でもされたかの様に青かった。ふらり、ふらりと数歩後退り、床にへたり込んで項垂れる。

雪「きっと…、きっとこれは魔王がやったのよ…。
この前私が、魔王の所に抗議しにいくって言ったお父さん達を止めていれば…、こんなことにはならなかったかもしれないのに……!!」

悔しそうに顔を歪める小雪。
その言葉を聞いた俺は、ある疑問が脳裏に浮かんだ。
確かに正義感がある御仁達なのは間違いないが……何だって魔王に抗議なんてしに行ったんだ……?
魔物のせいで孤児が増えてるとか、もしかしてそういう事情だろうか……?
にしても無謀すぎる、もっと何か方法なかったのか?と思ってしまう。
それで魔物になる呪いなんて掛けられて帰ってきたら、何にもならないだろうに……。
そう考えていると、脳内に直接語りかける様にして、女性の声が響いた。

“殺して、ください……。”

少しくぐもっていて聞き取りづらかったが、その女性の声にいち速く反応したのは小雪だった。
安心した、どうやら俺だけに聞こえたわけではないらしい。

雪「……お義母さん……!?」

……小雪の母親……?
だがその人はもう……。
待てよ……?
少しどこから響いてくるのか探ってみると、2体の魔物の片方から響いてきている事が読み取れた。
なるほど、まだ“中身”は無事らしい。

“殺してください……このままでは、魂まで呪いに食い尽くされ、こうして抗う事もできなくなってしまいます。人で、なくなってしまう。それに、私は娘を傷付けたくない……。”

魔物化させ、魂も喰らう呪い。
それがこの呪いの全てらしかった。
ギリギリで耐えているらしく、小雪の母親の声は、だんだんと弱くなりつつある。

“私も、同じ気持ちです……愛する娘に殺されるのなら、本望です……。”

今度は男の声だ、声はもう一方の魔物から発せられていた。
息も絶え絶えな様子で、本体の方は頭を抑え、藻掻き苦しむように唸っている。

雪「どうして!!……なんでお母さん達を殺さなきゃいけないのよ!!もしかしたら…、もしかしたら、何処かに治す方法があるかもしれないじゃない!!」

小雪が叫んだ。
その瞳は潤んでいて、声は今にも泣きそうな様子で震えている。
そうしている間にも、小雪の両親の体は異形の物へと変化していく。

“ぐっ…うぅっ!!小雪、すまない…私達は、手遅レ、だ……。”

“あ゛っ……!!アァぁっ……!!……お願い……!!小雪……!!私達が、貴女を傷付けてしまう前に……!!”

メリメリと、骨の変形する音が聞こえて、彼らの背中から、突き破るようにヒレのような物が生えてくる。
聞こえている“魂の声”も、やや悲鳴混じりとなった。
……これ以上苦しませないためには……。

“ああぁあアアァァアアアアアアッ!!!!”

劈くような絶叫が頭の奥を貫き、キーンとした耳鳴りが残響する。それと同時に、魔物の体をしたそれが、こちらに向かって咆哮したのが見えた。
咄嗟に、桃花が地術を唱え、片方を蔦で固定する。
もう片方は冷音が刻術分類の停止術式を使用して抑えていた。
聞こえていた声もプツリと消えてしまって、もう時間の猶予が無いことがわかってしまう。

雨「っ……やるしか……無いのか……。」

雪「嫌です!!……殺すなんて……!!」

後ろで小雪が叫んでいる。
俺だってやりたくない。
それに、昨日まで…いいや、きっと少なくとも昼まで、この人達は平和に笑っていたんだ。
小雪と一緒に、きちんと、人の姿で。
ほんの少し前までちゃんと人だったのに。
やりたくない。
しかしこのままでは、彼等は飲まれた意思のままに俺達の、そして小雪の命を取るだろう。
彼等は、最期の力を振り絞って、“それは嫌だ”と示した。
もしその願いが叶わなければ、彼等は化け物のまま死ぬことになってしまうのでは…?
人としての最後の意思を破壊されて、最後に残ったのは子殺しの罪と、化け物になった体だけなんて、そんなのは辛すぎる。
例えそこに、既に魂が無くなって、別の物になっていたとしても。そして、彷徨った後に、誰かに仕留められたとしてもだ。
それなら人であるうちに死にたいと思うのは、きっと当然なのだろう。

氷「小雪ちゃん……、人にはどうしても、覚悟決めなければならないときがあるの。貴女は、このまま苦しませながらご両親を生き永らえさせるのと、また会える日を願って討つのと、どちらがいいのかしら。」

あいすが小雪の前で、諭すように言った。
そう、俺がどう思おうが、小雪の返答による。
次第によっては逃げる事も視野に入れなければならないだろう。
俺は、小雪がどちらを選ぼうと、責めはしない。
…こんな覚悟を決めなければならない場面なんて、小雪がきっと、一番訪れて欲しくなかったはずだから。

雪「……っ……。」

小雪は一瞬目を見開いた後、下唇を噛み締めて俯くと、少しの間沈黙した。
彼女が考えている間、魔物の姿になった彼らが、なんとか拘束を抜けようと藻掻く音だけが聞こえている。

桃「くっ……小雪!!もう保たないわ!!」

蔦が今にも千切れそうな音を出し始め、停止の術式を使っていた方も、ゆっくりと動き始めていた。
桃花の声に、びくり、と肩をはねさせると、小雪は

雪「…わかったわよ…」

と、小さく呟いて、得物である弓を取り出した。
彼女は、普段はつんけんとしているが、居場所のなくなった友人の為に新しい部活を拵える等、優しい心の持ち主だ。
…だから、逃げる選択をすると思っていた。
しかし彼女は、戦うことを了承した。
…なら俺は、その決断が悪い方向に行かないように、手伝うことしかできないだろう。

雨「……行くぞ。」

そう俺が静かに声を上げると、全員が戦闘配置に就いた……。




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