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-ある少年の一日ー

然る大陸の然る森の中に佇む学園都市、レクライア。
その寮に棲まい、その学園に通う中等部三年、クラスA所属の少年、水森 時雨は、朝から降り頻る雨と偏頭痛に溜め息を吐きつつ中等部へ歩いていた。

これより語られるのは、彼のテンションとは真反対に賑やかな連中が織り成す、彼の少しだけ憂鬱な一日である。

* * *

ユーニエル・11の月。
いわゆる雨季、梅雨真っ只中、夏は近いがあと一月は天気が愚図つく今日。
昔の気候的には夏の終盤に差し掛かるらしいが、現代の気候では紛うことなき初夏である。
このじめっとした梅雨が明ければくそ暑い夏がやってくる。
憂鬱極まりない話だが、まあ言っても仕方ないのはわかっていた。
……わかってはいても嫌なもんは嫌なんだが。

「……」

俺は傘を差しながら、ほぼ半分寝惚けたような状態で登校している。
…頭がぼんやりする。
額の辺りがじわじわ痛い。
寝不足とかそういう問題じゃない。
俺は体質的に、雨の日は頭痛が酷くなるタイプらしかった。

これだから梅雨は嫌なんだ。
頭痛と不幸を連れてくるから。

…なんてどこぞの小説にでもありそうな文章を心の中でつぶやいて、気を紛らわせたくなるくらいには割と不調だ。
低気圧マジ許さねぇ…。

「時雨君…? もしかして頭痛?」

現在俺の隣で怪訝そうに首をかしげているこいつは、辻倉 志苑という。
…まぁこの学園は大体の奴が偽名だから、こいつも偽名なんだろうが…。
俺の学園でのルームメイトである。
俺の一番古い記憶では、初等部四年の辺りからの腐れ縁で、よく一緒に行動する。
たまに口うるさい。
さっき一番古い記憶という単語を出したので補足しておくが、俺には初等部四年よりも以前の思い出がない。
言葉や、それまでに覚えたらしい知識、姉の記憶(これもほとんど知識みたいな物だが)はあるのに、それ以外の事は覚えていない。
…いや、思い出せないと言った方が正しいかもしれない。
記憶の引き出しに鍵というか…何か引っ掛かるものがあって出てこない。
それは思い出した方がいいことなのか、思い出さなくてもいいことなのかはわからないが、何となく、今は思い出したらいけないと誰かに言われているような、そんな気もする。
別にこれに関しては日常生活に支障はないのでどうでもいいと言えばどうでもいいのかもしれないが。

「大丈夫だ問題ない」

「…それフラグなんだけど。」

彼の顔が目に入った。
心配そうな声だ。
そう、問題なのは頭痛の方だった。
俺の頭痛は、普通の偏頭痛とは違うらしく、痛み止めが効かないこともある。
普通の、なんてことのない頭痛なら多少は抑えられるんだが…。
困ったことに普通じゃない頭痛がある。
それが原因で、気絶したように倒れたこともある。
…まぁ二〜三年くらい前の話だが。
その時の頭痛というのがまた奇妙で、血溜まりの床に倒れてる金髪の女性と、もう一人、あいすが俺を庇って背中に大怪我を負って倒れ込んでくる光景と音声が、目の前に広がるというものだった。
記憶には(少なくとも思い出せる範囲の中には)ないが、実際にあったとしたら…最悪だ。
…そしてそのリアルすぎる幻影は、未だに俺の脳裏に焼き付いて離れない。
たまに夢に見るくらいだから、相当なトラウマになってるんだろうな。
…などと、今は冷静に自己分析出来るが、当時はそんな余裕なんてなかった。
何故ならあいすの背中には………やめよう。
朝から嫌なことは考えたくない。

ともかく、ぶっ倒れる可能性は極めて低いが、最近、何処だここといいたくなる様な光景や景色を、頭痛と一緒に、断片的に見るようになった。
倒れはしないがフラフラするやつ。
これが果たして何なのか、全く判明していないんだが…あいすは俺の"思い出せない記憶"と関係があるんじゃないかと言っていた。

…そうなってしまった場合、さっき言った大惨事まで現実にあったと確定してしまうんだが…。
ついでに言うと、どうも頭痛と一緒に来るあの光景たちは、うちの実家…ゴールドグレードにあるものでもなければ、家の中での風景でもなかった。
となれば、俺はあの家の子ではないということになる気もする。
……駄目だ。
頭がフラフラしてきた。
体調優れないときに考えることじゃねぇな…。

「まだ其処までじゃねぇから平気だよ」

「そういう時が一番危ないって僕知ってる」

やっぱり志苑は手強い。
流石に付き合いが長いだけあると言うものか。
…こいつの場合、初等部四年よりも前の俺を知ってるような節があるから、実際にはもっと長いのかもしれないが。

「……教室に着いたら、頭痛薬飲んどく」

「よし」

志苑が"それならいい"と、俺の返答に満足したように頷く。
胃が荒れるからあんまり使いたくはないんだけどな…。
そんなことを思いつつ、程々に会話をしながら、俺達は中等部へと歩いた。



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