幼馴染みと再会する【後日談】


この話の続き。承太郎とジョルノ。






 空条承太郎という男はなるほど、なかなかに迫力のある美丈夫であった。二メートル近い長身に、引き締まった体躯。彫りの深い顔立ちに、思慮深い光を湛える瞳。耳障りのいい声には不思議な説得力があった。
 そうしたものを客観的に評価し、ジョルノは彼に応接間のソファを勧めた。承太郎は大人しく従った。すると途端に革張りのソファがひどく小さく見えた。これが一人がけだったなら窮屈な思いをさせていたろう。
 そんなことをぼんやりと思いながらジョルノもまた向かい側に腰を下ろした。

「それで、話というのは……」

「あぁ、……」

 承太郎は鞄から厚みのある紙の束を持ち出した。それを二人の間、テーブルの上に広げる。

「ここ数年、妙な動きをする連中が増えていてな……」

 書類には幾つかの写真が添付してあった。その中には男も女もいた。人相の悪い者もいれば善良そうな顔立ちの者も。そのいずれもが以前悪事に加担していたのだという。
 以前──ジョルノが生まれるより昔の話だ。ジョルノの父親は、その世界では有名な悪党であった。

「ヤツには強いカリスマ性があった。今なお慕っている者は多いだろう」

 ジョルノは書類を持ち上げ、パラパラと捲ってみた。名前、年齢、職業、来歴──スタンド能力の有無。それはSPW財団が長い年月をかけて調べ上げたものだった。
 ジョルノはその顔ぶれを記憶し、そのいずれもが見知らぬものだということに、なんだかよくわからない奇妙な心地を覚えた。
 彼らは皆ジョルノの父親に従っていた。恐怖からか、それとも憧憬からか。どちらにせよ、ジョルノはその誰のことも知らない。実の父親の顔だって、写真でしか見たことがなかった。
 その父親に未だ忠誠を誓うものがいる。彼らは息子であるジョルノ以上に父親のことを知っている。肉親以上に情を抱いている。見知らぬ、赤の他人が。
 そうした事実が、ジョルノに妙な感覚を齎した。
 だがそれだけだ。共感なんてものはない。例えジョルノが父親のことを覚えていたってそれは変わらないだろう。ジョルノにはもう父親への拘りは残っていない。母親から譲り受けた写真だってもう手放してしまった。その程度の関係だった。
 ジョルノは顔を上げた。承太郎は言葉を切り、沈黙を守ったまま。彼もまたジョルノを見つめ返した。そこでジョルノは彼の目が自身のそれと同じ色であるのに気づいた。でも自分のより深い翠色だ──と。
 静かな眼差しは言葉よりも雄弁だった。ジョルノには彼の憂慮が手に取るようにわかった。彼の懸念、不安視しているもの。その正体を正確に理解していた。

「……わかりました、こちらでも注意して見ておきましょう」

 だからジョルノは殊更興味なさげに書類を元のように整えた。もう父親のことなんか気にしちゃいない。それが承太郎にもよくわかるよう、眼差しに力を込めた。
 承太郎はしばらく探るようにジョルノを見た。真意を測る目。それをジョルノは穏やかに受け止めた。不躾な視線をまったく意にかけなかった。

「あぁ、こちらのことは君に任せよう」

 やがて満足したのか。承太郎は顎を引いた。「これは君が持っているといい」書類をジョルノの側に押し戻し、承太郎は背凭れに寄りかかった。そして深い深い息を吐いた。なんだかいやに草臥れた様子だった。彼の目許には細かな皺があり、ほんの数分でいくらか歳を重ねたように思えた。

「なかには君に接触を図ろうとする者もいるだろう……十分注意をしてくれ」

「はい、……助かります、こちらとしても二心ある者を近づかせたくはありませんから」

 しかしジョルノがそれについて触れることはなかった。必要なことではないと判断した。それは、ジョルノの仕事じゃない。ジョルノがかけるべき言葉は他にある。

「ちゃんと伝えておきます、……名前にも」

 そう考えたから、ジョルノは言葉を続けた。名前、その名前をあえて持ち出した。ジョルノの最初の台詞に僅かに表情を緩めた承太郎へ向けて。その名を出して、彼の眉がぴくりと動くのを確認した。確認し、──『あぁ、やはりな』と内心で頷いた。

 ──彼はまだ、名前のことを気にかけている

 それも他人にそうと知られないよう、ひっそりと。心の奥に仕舞い込む様子はいっそ健気とも言えた。たぶんきっと彼はそれを名前に伝えない。一人で抱え込んで生きていくつもりだ。

「……あぁ、よろしく頼む」

「はい、……任せてください」

 だからもう──ジョルノに言うべきことはない。安心してくれと眼差しに乗せ、承太郎を見た。彼の目にはもう探るような色はない。だからといって親愛の情があるわけでも。
 ジョルノにとって彼が自身の外側にあるのとおんなじに、承太郎もまたジョルノとは距離を置いた。そしてそこには名前も含まれていた。彼らは古馴染みであり、そしてそれだけの関係だった。少なくとも承太郎は──この時に線引きしたのだろう。
 その後も承太郎とは話を続けた。けれどもう名前の名を出すことはしなかった。互いに仕事のことだけを口にした。ひどく事務的な会話だった。
 そのうちに承太郎は時計を見やり、「では、」と立ち上がった。もう行かなくては。帽子を被り直すと、目許に深い翳が落ちた。

「……君は今幸せか?」

 だからそう問うた彼の表情はよくわからない。わからないままでいいのだと思う。彼もきっと知られたくはないだろう。ジョルノだってそうだ。知ってどうすることもない。だからこれでよかったのだ、お互いに。

「はい、幸せです」

 ジョルノはそれだけを答えた。
 手放すつもりも奪い去られるつもりもなかった。それは相手が人であれ神であれ同じことだった。そしてそんなことは今さら言葉にするほどのことでもなかった。誓いは既に交わされ、ジョルノにはそれで十分だった。
 承太郎は「そうか」と頷いた。凪いだ声だった。でも少しだけ寂しげな感じだった。ヴァイオリンの音に似た響きだった。

「……あまり、似ていないな」

 その胸中を見透かしたような台詞を吐いて、承太郎は口角を上げた。ジョルノにはそれが嘲笑に映った。彼は自分自身を嘲るように笑い、「わたしとは違う」と続けた。

「そう、名前に伝えておいてくれ。安心しなって」

 彼の家庭があまりうまくいっていないのだとジョルノが知ったのはこの会談より後のことだった。そこでジョルノは彼の言わんとすることを理解した。しかし知ったところでジョルノがかけてやれる言葉はない。そしてそれは名前も同じで、だからジョルノには彼女を抱き締めてやるのが精一杯だった。彼に返した答えを本物にしてみせるのがジョルノなりの誠意であり、空条承太郎という血縁者への愛情でもあった。