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 全く、ろくなやつがいない!
 久しぶりに付き合いの合コンなんて参加したけど、ハズレもハズレ。げんなりですよ。

 流行りの服に流行りの髪型流行りの音楽流行りの映画流行りの流行の流行の……「流行を取り入れる」どころか、あれではただの寄せ集めに過ぎない。極めつけは、そんな自分を格好いいと思っていることを隠しもしない態度である。加えて私の趣向を揶揄するのだから、腹が立ってどうにかなりそうだった。

 友人に宥められてなんとかその場は堪えたものの、当然ながら最低限の愛想を維持するのでいっぱいいっぱいで、お酒が美味しく飲める筈も無い。そう言うわけで、時々どころか始終ノルマをこなす気分で飲み食いだけして、終了と共にさっさと別れたまでが本日のハイライト。

 加えて言えば、えーせっかく盛り上がったのに、なまえちゃんってば帰っちゃうのー?なんて、去り際にかけられた暢気な声が追い打ちだった。そりゃあ友達の手前、ある程度はちゃんとしてたけれどさぁ……背後でごめんと手を合わせる面子に免じて笑って応えたものの、あれは頂けない。
 本当に私が楽しそうだったと思っているなら、君の目は節穴にも程があるよね。なんて暴言を、酔った勢いで吐こうかと思った程だ。誰が二次会まで行くかっての。

 ……という、タイム&マネー&ソウルを大幅に削られて、一人歩く帰り道のなんと切なく虚しい事か!
 この最低な感じを盛り返すには、ずばりもう「癒し」しか無いわけですよ。ここはもう、アレしかない。この憂さを晴らすには、アレしかない!


 というわけで……やって来たのは「癒しの空間」コンビニでございます。


 行き着けのこちらのコンビニは、家からちょっと離れるけれどお気に入りの店舗だ。
 なにせ元が酒屋さんなだけあって、コンビニにしては意外と面白いお酒を置いているって所がいい。店内に入るなり、一目散に向かうのは奥の飲料コーナー……つまり、悪い気分は新しいお酒ですっきり流してしまおうね、ということだ。
 ウイスキーや日本酒コーナーも気になるし、実際いつもお世話になっているのはそっちなのだけれど。でも今は、手っ取り早く飲める缶や瓶が欲しいから。あ、決して普段から飲んだくれてるわけじゃないよ。今日だけですよ。



 目当てのボトルをカゴに入れたことにより、早くも多少癒されつつ、ついでに何かないかなーと狭い店内を見渡すと……おや。雑誌コーナーに、なんか凄い人が居るではないですか。あまりの衝撃に思わず視線が固定される。
 正直、入店時に気が付いてもいいようなレベルの個性的さだ。むしろ、なぜ気が付かなかったのか私よ。そんなに酒が好きか……好きだ。

 やたらに派手なツンツンの金髪は一直線に天に向かい、後姿だけでも近寄ったら不味いオーラがしっかり感じられるその男。
 至って普通の平凡な女子大生としては、ここは目を逸らすべきだ。そしてさっさと立ち去ることだ。
 そう思うくせに目が離せないのは、なんか妙に気になるような気がしたからで。おかしいな。ヤンキーの友人は居ない筈だし、後ろ姿が誰に似ているということも無い筈なのに、なんか、どっかで……。

 なんて思っていたら、結構しっかり見てしまっていたようで。

 ふと男の頭が動き、「あ、やばい」と思う間もなく鏡状態になっている窓ガラス越しに目が合った。たっぷりと、三秒はあっただろうか。反射的に私が目をそらすよりも早く、男が振り返ってしまう。

「おい、何か用かよ糞女」

 ……。
 なにこれ、怖い。

 突然の暴言に呆然となりつつ店内を見渡すも、誰も居ない。え……って、誰も? あれ……? 違和感を覚えてぐるりと再度見返して、気が付いてしまった。ああ、レジにいたはずの店員さんが居なくなっている。
 ……え、逃げたの?
 そりゃあ店員さんだってバイトだし、身を挺して助けて下さいとは言わないけど、さすがに酷くないか?

 仕方がないから、とりあえずこの場をなんとか収めようと目の前の男へと視線を戻し、そこでぱちりと瞬いた。そんなにいっていないとは思っていたけれど、本当に若いじゃないですか。多分、まだ高校生くらいだ。そうか、高校生でこの柄の悪さかぁ。いやまあ、やんちゃするなら中学・高校くらいだしなぁ。あまりの事態に現実逃避を始めた思考は、ここでも違和感にぶつかった。あれ、やっぱり、この感じどっかで……。

「おい」

 あ、不味い。ぼんやり考えてる場合ではなかった。ちょっと脳裏を散歩していた間に、明らかに少年の不機嫌度が増している。
 えーっとなんか話さなきゃ。えーっと、えーっと。

「えーっと……どっかで会ったこと、ある?」

 あ、違う。これじゃただのナンパじゃないか。
「……あ? 何だソレ」
 案の定相手も呆れた顔になってるし。ああもう、恥ずかしいことした! けれど、おかげで先ほどまでの圧迫感が緩み、私にもちょっと余裕が生まれた。そして彼が今まで手にしていた雑誌も目に入り……と、それをきっかけにようやく記憶が結びつく。

「その雑誌、アメリカンフットボール…? ……ああ、そうそう。先週の、試合の人だよね」

 うん、土曜日の。見てたの。えーっと、おめでとう?
 たどたどしく言葉を続けると、彼は少し驚いたように目を見開いてから、数回パチパチ瞼を動かした。やがて「へぇ」と一言だけ発せられた時には、すっかり毒は抜けているように思えた。

 そんな、大きな目が閉じたり開いたりする様子を、よく知った動物のようだ……なんて思ってしまえば、もう最後である。直前までの印象を吹っ飛ばすような感想は、けれども一度浮かんでしまえばあっという間に私の中に落ち着いてしまう。

 ……この子、そこまで恐くないかもしれない。




 すっかり気の抜けた空間がおかしいのと、面白くなりそうな気配にうずうずする。
 不安も一転、上機嫌で私は口を開いた。

「ねえ、ちょっと外で話そうか」



(2013)
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