■ 7

「うー、昨日はごめんね。合コン大丈夫だった?」

 ざわつく食堂で友人の姿を見つけ、謝りながらテーブルにつく。まあ、さすがにそっぽを向かれることは無いだろうと予想はしていたものの、それでもちゃんと暖かく迎え入れられてほっとする。

「いいよー。芝ちゃんが来てくれたから、面子に欠けもなかったし」
 先に弁当を広げていた彼女は、にやにやと笑いながらこちらを見た。
「ていうかなまえの方こそ大丈夫? にゃんこ君はどうしたのよ? 」
 そう言って、彼女が差し出した携帯の画面には、昨日のドタキャンメールが表示されている。

『ごめん。荒れにゃんこに遭遇したので、今日キャンセルさせて。埋め合わせは、後日』

「えーと。……それがね、なんかね、お付き合い、できちゃうみたい」
 結果を報告しながら、嬉しくって気恥ずかしくって頬が自然と緩んでしまう。
「はい!? なにその急展開!」

 合コン明けの彼女は、自分の戦果を披露するよりも私の話を聞きたがった。


  ***


「ほぅ。っていうか『ムラムラしてつい』ってあんた……」

 一通り話し終えた後、真っ先に言われたのがこの言葉ですよ。ちょっと酷くはありませんかね。
「っていうか、知ってたけど……なまえってば本当に肝心なところでゲスよねー。ゆっくり距離を詰めるんじゃなかったわけ?」
 ううう、グサグサくるね。耳と胸が痛いわぁ。

「で? そんなに超展開かますほどムラムラしたんなら、当然襲ったのよね?」
「ちょ、こら! ここ学食!」

 あんまりにもアレな言い方に慌てて声を上げて左右を確かめたものの、さすがに昼時の食堂だ。他のテーブルの話題を聞き取るのは困難だろうし、そもそも皆、自分の話題に忙しくてそれどころではない。まあ、そんなことを言ってもさすがに隣には聞こえちゃってるだろうけど、それくらいは仕方がないと諦めよう。

「……さすがにそこまで即物的じゃないもん。大体なんで、私が我慢できなくて襲うのが前提、みたいな言い方するのよ」

 ムラムラしたのは事実だけれど、一応そこは反論しておかないと。そうそう。私は、別にそんなに即物的じゃないしさ。結局、あの後だって蛭魔くんはご飯を食べてちょっとしたら、あっさり帰っちゃったし。
 まあ、私の方からそろそろ帰るようにと勧めたわけだけど。……だって、ねぇ。翌日もにゃんこくんは朝から学校だし、私も2コマとってたしさ。
 そう言うと、彼女にまた笑われた。放っておくと意気地なしとでも言われてしまいそうなので、さっさと話を続ける。

「それにほら、今日から『恋人』だし。いつでも連絡とれちゃう関係なわけだし」

 と、自信満々に言い放ってから、ようやく気がついた。
「……あ、私、あの子の連絡先聞いてないや」
「……はい? なにあんた。……あんたのことだから、自分から教えても無いのよね?」
こくんと頷くと、今度こそ盛大に溜息を吐かれる。

「私なら、そんな女ごめんだわ」

 心底呆れ果てたともはや笑ってもくれない彼女の言葉が、ぐさりとささる。追い打ちなんていらないほど、私だって自分の迂闊さが嫌になっているというのに。
 ああもう……うわあ……失敗したにも程がある……。



  ***



 確かに俺にも、全く非がなかったとは言い切れない。
 少しは、ほんの数ミリぐらいは、俺だって悪かったのかもしれない。

 だが、おかしいだろう。アドレスも番号も、一切聞かれちゃいねぇ。

 勿論、今までにも教えた記憶はないし、あの糞アル中女の番号を聞いた記憶もねぇ。昨日もあんまりにもあっさりとしてやがるから、いっそ俺から口にすべきかとも思ったが、なんか悔しいから結局聞かなかった。
 ちなみに男からとか女からとかそういうことではなく、単純に相手がいつも何かとリードして年上ぶっているからだ。
 いつもの調子で、そのうち飄々と聞いてくるものと予想していたというのに。おいコラ。「付き合う」んじゃなかったのか?

 ムカムカする。イライラする。

 退屈な時間をやり過ごした先の、せっかくの放課後だというのに、まだイライラする。
 おまけに糞チビ共にもバレバレで、機嫌が悪いとささやき合う様子にさらに腹が立つ。そうして腹立ちついでにぶっ放した弾丸は、一体いくつだろうか。だというのに、厄介なことに撃っても撃っても気は収まらないときたものだ。これでは、本当にただの無駄玉だ。
 何から何まで不愉快で、結果として苛立ちは時間と共に募っていくだけだった。

 ええい、昨日の今日ってのは焦っているようで格好がつかねぇが、このままイライラしてるのも性に合わねぇし、今夜にでもはっきりさせに行くか。


 一旦決めてしまえば、腹も括れるというものだ。
 景気付けにともうひとたび派手にぶっ放せば、ようやく俺はいつものように笑えた。



(2013)
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