■ 8

 ピンポーン

 こんな時間に誰かしら、とカーテンの隙間から外を窺うと、うわぁびっくり。蛭魔くんじゃないか!
「はいはーい」
 慌てて返事をして玄関に向かう。ああ、まだお化粧落としてなくってよかった。

「こんばんは。どうしたの?」
 びっくりしちゃった、と続けると、不機嫌そうな声が返ってきた。
「連絡先、知らねぇし」
 そうでしたそうでした。私もそれを気にしていました。

「……あ、そうだよねーごめん。実は私も昼に気がついて、どうしたものかと思っていたのよ。まあほら、ここで立ち話ってのもなんだし、上がって上がって」

 二日続けて会うなんて、初めてのことでなんだか変な感じがする。って、そういえば「恋人」なんだから、当たり前なのかもしれないけれど。えーと、で、どうしようかな。


「へえ、よういちってこう書くのね」

 そういえば、こんなことすら聞いてなかった。
 なんだかんだで他愛ない話はしてきたけれど、それでも、お互いに見せていた部分はとても狭かったと思う。これでいきなり「お付き合い」とか、我ながら頑張ったなぁ。凄いぞ、酔っぱらい。偉いぞ、酔っぱらい。

「ねえ、お互いをもっとよく知るために、ってことで、まずはデートを重ねましょうか?」

 高校時代ってどんなことしてたっけ。あの頃みんな、どんなことをしたがっていたっけ。そうやってまるでほんの数年前とは思えない昔を思い返しながら、とりあえず一緒にいようと提案してみたのに、返って来たのはつれないお返事だった。

「……悪りぃ。近々試合がある」

 なるほど。つまりその試合までは忙しい、と言うつもりだろうけど、甘いぞ少年。
 今どう思っていたところで、どうせ試合が終わったら次の試合目指してまた忙しくするのだろうってことは、おねーさんにはバレバレだよ。
 狭い狭い範囲しか知らないけれど、あんな風に部活の話を楽しそうにする君のことだ……まあ、そういう展開は目に見えている。例えば水族館や遊園地なんて定番メニューをこなすことより、練習の方に重きを置きたいだろうことも予想の範囲内だ。
 いいかい、少年。君を見ていれば、そんなことはすぐに思いつくのだよ。おねーさんを甘く見ちゃいけないのさ。

「別に、外に出かけるだけがデートでもないわよ。昨日みたいに、たまに一緒にご飯食べるとか、そういうのでもいいじゃない。ご飯食べながらお喋りって楽しいわよー」

 余裕の返事を返すと、蛭魔くんの負い目には効果的だったようで表情が緩む。
 まあ、こんなことを言ってみたって実際の所、昨夜はおしゃべりどころか殆ど沈黙の時間だったけどね。けどそれはそれで、いいんじゃないかな。

 ふふん。おねーさんだって、伊達に青春してきたわけじゃないのさ。
 思春期にやりたかったことはそれなりに経験できたおかげで、大体の理想は済ませている。寝ても醒めても君ばかり……なんていう熱中力と、恋に恋する視野の狭さも昔のことだ。
 初々しい時期の定番スポット巡りなんてのも、いい加減に本当に定番過ぎて飽き飽きしていたし。なーんて言うのはさすがに言い過ぎか。でもまあ、そんなスタンスだから最近はとりあえずの相手と距離を探るのも面倒で、すっかり恋愛事にもご無沙汰だったわけだけれど。

 だから、君が負い目に感じることなんてないんだよ。私はすっかり、そんな君との日々を楽しむ気でいるんだから。
 久しぶりに感じた愉快さを大切に、大事に恋を育てましょうかと、そんなつもりなんだから。



(2013)
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