■ 9

「……え、アメリカ!?」
「ああ」
 えいっ!
「おいっ! 痛てぇじゃねぇか!!」

 おっと。あまりにも平然としているから、つい手が出ちゃったじゃないか。
 普通なら、きっとこんなことを高校生の恋人から聞かされても、笑って仕舞いだろう。
 だが、一見突拍子のないことでも、こいつは本当にやってのけるから問題なのだ。

「ケケケ、勝てばいいんだから煩く言うな」
「嘘ばっかり。勝っても負けても行く気でしょうが」

 まあ、場所や時期は少しくらい変わるかもしれないけれど。
 でもどちらにせよ、彼には……彼らには、この夏休みは限りある貴重な時間なのだから。

「だから、もともと何かするだろうとは思ってたけど。しかしまさか、アメリカまで行くとはねー」
「……チッ、もっと驚くかと思ったのによ」

 ふん。甘く見過ぎね。
 君の本気と行動力を、私が知らないとでも思っているの?


 さーて、それはそうとして。
 そういうことなら、今のうちに会えない分を補っておかないとね。

「ひーるまくんっ、よーいちくんっ」

 ガバッと抱きついて、ぎゅーっと力を込めつつ頬をすりすり。

「なっ、なんだよいきなり」
「しばらく会えないみたいだし、今のうちに堪能したいなーと」

 にっこり笑ってキスすれば、……ほら、あっという間に彼に火が灯る。
 向かう所敵なしの自由気侭なにゃんこさんは、けれども今この時間だけは、確かに私のものだ。


  ***


「悪りぃな……」

 ベッドでうつらうつらしていると、後ろからぎゅっと腕を回された。

「……何が?」
「夏、楽しみにしてただろうが」

 ああ……夏祭りとか花火大会とか海とか、行きたいなって言ったんだっけ。
 わお。ちゃんと覚えてくれたんだ。行ってくれる気あったんだ。うわーどうしよう。それだけでもう、嬉しくて満たされる。自分がこんなに低燃費だとは、この子に会うまで知らなかった。

「そうねぇ。それはまぁ、おいおい埋め合わせしてくれればいいし? とりあえず、今回は蛭魔くんが無事に帰ってくればそれだけでいいわ」
「……サンキュ」

 あーもうっ! 可愛いなぁ!!
 顔が見えないのが惜しいけど、どんな顔をしているかも想像できちゃうからよしとしよう。

「思いっきり、やってらっしゃい」


(2013)
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