■ 10

「はぁ!? アメリカァァ!?」
「そーなのよ。全く滅茶苦茶よねぇー。あーあ夏休みの予定が真っ白になっちゃった」

 冗談混じりに話すと、友人に思いっきり気の毒そうな目で見られた。
 あああ。そこで空元気に乗ってもらえないと、現実が身に染みてちょっと悲しい。

「珍しく年下に入れあげてるなーとは思ってたけど、あんた本当に何やってんの」
 はぁーとわざとらしく溜息を吐き、彼女は続ける。
「……なまえってば、自分の歳と立場わかってんの? 就職した先輩たち見てみなさいよ。好き勝手出来て、たっぷり時間があるのなんて大学生のうちだけなんだから。そんな青春の夏に、彼氏に放置されてもいいって!? あんたそれ、どんな勿体無いこと言ってんのかわかってんの?」
 まぁ、言われることはわかるのだけれど、でもねぇ。

「よーちゃん可愛いんだもん。いつも頑張って頑張って頑張って、でも周囲には余裕しゃくしゃくって姿しか見せなくて、恐れられててさぁ」

 ああ、顔がにやけて仕方がない。

「なのに私には素直に甘えるんだよー。しかも甘えるだけじゃなくて格好つけたり甘やかそうとしたりさぁ。……かっわいいじゃない!! そんな将来有望な可愛いにゃんこをさー、独占しているっていうのはかなり気分がいいわけよ」

「……惚気てるとこ悪いけど、正直かなり甘いんじゃないの。 なまえは今まで年上しか眼中になかったから実感が薄いだろうけど、男が年下好きってのはパターンよ」

 現にあんたが好きだった年上達の反応、思い出してみなさいよ。自分(女)が年上好きだからって、男も年上好きだとは決して言えないんだからね。
 等々、その後も彼女のありがたいお言葉は延々続いたのだけれど、そのあたりは割愛しちゃおう。


  ***


 で、その時は平気だったものの、帰宅してからが本番でした……っていうね。


 ……ああ、なるほど。
 ……そう言われれば、確かに思い至ることもある。
 とりあえず冷蔵庫からビールを取り出して一口飲み、二口飲み、ぼんやりと昼間のやりとりを回想する。

 相手が年下で可愛いということは考えても、自分が相手にとって「年上」で、それはすなわち「年下の女の子」が脅威になる、なんてことは考えてこなかったなぁ。……とんだ阿呆だ。

 学校でモテモテだったら妬けるなぁと軽口を叩いた覚えはあるけど、あれだって自分の立ち位置に自信があっての発言だ。そういえば、蛭魔くんが年上好きって話しも聞いたことがなかったかも。……高校時代の自分が、先輩や大学生や社会人を求めていたのとは前提から違うのだ。

 さらに言うと、客観的なつもりのこの目をうんともっと引いてみて、世間という広大な一般論を想えば……あれれ、棄てられる心配をすべきなのは、私?


 正直、最近では実年齢の差なんて気にならないし、一つ二つ上だ下だということよりも、精神面がどうかを重視する。けれど、自分が高校生だった頃は……どうだった?
 ……はい、答えは考えるまでもない。

「あーあ、気が滅入るなぁ」

 呟いてまた飲もうとして、缶が軽いことに気がついた。おかしいな。何時の間に2缶も飲んだんだろう。3缶目はさすがに自制して、お茶に切り替える。

 はぁ……と溜息だけはどんどん出てくる。もうこんなに気が重いのに、まだ今日は終わらない。

 あーあ。


(2013)
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