■ 12 あいたい、なんて言葉を一人で呟いたって、余計に虚しくなるだけだ。 さみしい、なんて言葉は誰かに聞かせないと、甘えるネタにもなりゃしない。 蛭魔くんは今頃何をしているのだろうか、なんて、考えるだけ無駄と言うものだ。 遠い海の果てでも蛭魔くんはきっと変わらない。鍛えて、戦って、勝って。そして次なる勝利を見据えて突っ走り、銃を振りかざし哄笑しているに違いないのだから。 けれども、さすがに、こう何週間も会えないどころか音沙汰すら無いのは…… ……いや、いってらっしゃいと笑顔で送り出した身らしく、笑って待つ余裕ぐらい持てなくてどうする。 いや、でも、別に船に乗ったらそれっきりとか、そういう職業の人と恋愛してるわけじゃ無いしなぁ。私の相手は、極々普通……とは言い難いけど、まあ一応はいたいけな高校生なわけだしなぁ。 わたしこんなにがんばらなくてもいいんじゃないの? とか、なんとか。そんな弱気を吐いている暇は、本当は無いのだ。 がんばっているあの子に顔向けできるように、怠けてなんていられない。 がんばっているあの子に並べるように、私がすべきことはいくらでもある。 わかっている。わかっているんだよ。 でも、こんな、こんなに月の綺麗な夜は、君に焦がれてもいいじゃないか。 濃い蜜色を水に溶いた、あの子の髪色のような液体で満たされたグラスに口づけて、折角起動したパソコン画面を見ることなくテレビへと視線を移す。 「ああ、まったく……すごいところで戦っているんだから」 あの日の応援シートから見た光景と、繰り返し見返す録画映像が混じって、もうどこからどこまでが肉眼だったのか、記憶はあやふやになっている。 混ざった記憶で鮮やかなのは、あの歓声と、緊迫感と、彼らと私の圧倒的な距離感と。そして、そして……傷すら厭わない、貪欲に勝利を求める、最高に楽しそうで格好いい彼の姿。 もう何度も何度も見た映像がまた佳境に差し掛かる中、壁の時計がぴたりと頂点を差すのと同時にメールボックスに新着の知らせが入った。 あの日から、私のメールボックスには毎日必ずこの時間に1通のメールが届く。この数週間、毎日欠かさずだ。 たった一言「行ってくる」という短すぎるメールを最後に飛び立ったあの子を、薄情だと思ったのはあの日だけだ。 あれから日が変わるごとに届くメールは、まるで彼らしくない……けれどもそのギャップが妙に愛おしい、そんな内容に彩られていた。 ある日は写真だったり、ある日は短くてわかりにくい愛の言葉だったり。そうそう、帰ったら作れとでもいうつもりか、料理の名前が並んでいるだけの日もあったっけ。 毎日、毎日、毎日。 それらのメールが、海の向こうからのものでないくらい私にだってわかる。 仮に実際に向こうから送ってくれていたら、そりゃ勿論嬉しいけど、でも、多分私は腹が立っただろう。 他の事にはどんなに反則な手段をとっても、どんなに自由気ままに振る舞おうとも、いつだってぶれることのない芯があるのがあの子なのだ。 あれこれ器用に立ち回る姿も好きだけれど、それでいてアメフトにだけは、どこまでもまっすぐに熱いところが一番好きだから。そういう不器用なほどにまっすぐなところが、堪らなく好きだから。 だから、あの一戦の後にわざわざアメリカまで行く「本気の合宿」を組んでおきながら、そこでもなお私を相手にする余力を残すような彼は、違う気がするのだ。 だから……このメールは、試み自体は凄く意外だったけれど、仕組みとしてはむしろとても彼らしいと感じたし、嬉しくなった。 リアルタイムではない、予め用意されたメッセージたち。 この数十日分の言葉を、蛭魔くんは一体どんな顔で用意していたのだろう。 こんな爆弾を仕掛けていたのなら、そりゃあ、当日は「行ってくる」の一言になっても仕方がないと思う。 なんて納得してしまう私は、ものわかりが良すぎだろうか。 離れていても、私が寂しがらないようにか。 離れていても、私に忘れられないようにか。 にしても、今時こんな手段を取るなんて、誰が予想できただろう。しかも、あの彼が。捻くれ者で甘えたがりで、格好つけで、そして、妙にロマンチストな蛭魔くんに、不覚にも私はどんどん夢中になる。 「まったく……帰ってきたら、覚えてなさいよ」 (2014.04.19) (アメリカ合宿中は一切の連絡をせず。かわりに、毎日決まった時間にメールが届くように仕組んでいましたという、妙に器用で不器用な蛭魔くんでした) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |