■ 14

 ひととおりのことを話し切った蛭魔くんは、今度は離れていた時間を埋めるかの様に私の話を聞きたがった。
 何をしていたとか、どこへ行ったとか、そんな、他愛のないことを。

「そんなこと言っても、私はふつーにいつもの夏休みよ? 大学行って研究室に入り浸って、ちょっとだけ実家帰って、また大学行って研究室……以下略っていう感じの、現在進行形で特にバカンスもロマンスも何もない、ふつーの真面目な大学生活。そしてきっと9月もこんな感じだね」
「……実家?」

 おや、そこに食いつくか。
 さすがに、いくら真面目で研究室詰めな学生だって、お盆くらいは帰りますって。

「まあ、学生らしく帰省ピークを外してちょっと長めにのんびりした感じね。うちは毎年お盆には、家族集まって送り火を見るのが習慣でさ。……まあ、年々高いビルも増えて様子も変わってるし微妙だけどね。今年なんてピンポイントな角度にマンションが建って、おかげであんまり見えなかったし。って、あ、ごめん。特にお土産ってのは無いんだけど……」

 研究室用のお土産もとっくに配ってしまったし、友人たちへのお土産も甘くて日持ちのするお菓子とか化粧品ばかりだ。
 後は自分用に地酒がいくつか……いや、待てよ。探せば他にもあるかもしれない。お酒じゃない何か……うーん……あ、ほら、北海道物産展で買った鮭とばとかホタテの乾物とか……まだあったかな。あったよな。あったに違いない。
 けれども立ち上がろうとした身体は、またしても蛭魔くんによって掬われる。

「いい。別に何もいらねぇし」

 まるでお前が居たらいい、とでも言うように肩に顎を乗せて、より密着してくる蛭魔くんに苦笑するしかない。そしてこれは、きっと自惚れで終わらない類だ。
「もう、どうしたの? 今日はやけに甘えてくれるじゃない」
 噛み殺し切れない笑みで尋ねると、しばらくの沈黙の後、ぼそりと耳に息がかけられる。

「……放っておいて、悪かった」

 いや、だから、それはさっきも聞いたから。
 でもって、素敵なメールがあったから許すって言ったでしょうが。

「……正直、愛想尽かされても、しかたねぇと思う」

 後ろを向けば蛭魔くんの情けない顔が見られるのだろうけど、さすがに可哀想なので声だけで我慢する。
「うん、まあ、なかなか結構なことだとは思うけど。でも、蛭魔くんはフォローが完璧だからね」
 わざと明るい声で応えれば、抱きしめる肩に更に力が込められる。ちょっと、さすがにこれは地味に痛いぞ。

「……悪りぃとは思う。けど、クリスマスボウルまで、俺は止まれねぇ」

 ああ、もしこれが演技だとしたら、見え見えの答えにあえて誘導するための、随分と狡い演技だ。
 けれどこれが演技でないとしたら……まったく、泥門の悪魔と名高い策士殿とは到底思えない、下手な甘え方である。加えて、随分な捨て身ときたものだ。

 尤も、結局のところ私にはどちらでもいいことである。
 狡かろうが甘えただろうが、このにゃんこに望まれる答えを返してやろうじゃないか。

「阿呆。そんなの、出逢った時からわかっていたことでしょうが」

 あの夜の公園で、ろくにルールも知らない私相手に、君が楽しそうにしていた話じゃないか。
 ちゃんと名前を知るよりも早く、君がアメフトに夢中なことを知ったんだから。


「勝って勝って勝って、てっぺん取るんでしょ? ていうか、普段は勝ちしか見えてないくせに、今更そういうこと言わないの」

 不自由に回した腕を駆使して頭を撫でると、小さく笑う声が聞こえた。



(2014.04.21)
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