■ 15

 兎にも角にも始まった、全国高等学校アメリカンフットボール選手権。
 初戦を華麗な勝利で飾った泥門デビルバッツの面々は、勝利に浮足立つことも無く、堅実に着実に今日もまた次戦に向けて練習の日々を送っているのです……と。

 本日の状況をそれらしく言うと、こんな感じだろうか。

 ……そう、ここまではいいのだ。
 展開として当然すぎる程に当然な流れで事実だし。日々の練習って大事だし。
 ただ、今問題なのは、そんな闘志と熱と汗がほとばしるグラウンドの隅に私が居てしまっている、ということなのだ。
 そんな彼らの練習風景ををじっと見ていることが、今日という休日の過ごし方である、ということなのだ。

 だって、明らかに私……場違いですよね。


  ***


 旧暦ならまだしも、現代の9月なんてまだまだ夏に含まれるわけで。
 例によって残暑の厳しいこの日中に、いくら木陰といえど野外にじっとしているのは、文化系を極め続けているこの身体には結構しんどいものがありまして。

「はい、なまえ姉もお茶どうぞ……って、あれ、さっきの扇子は使わないの?」

 懐っこい笑顔で鈴音ちゃんが差し出してくれた麦茶をありがたく頂きながら、用意して来たペットボトルを早々に飲み切った自分に溜息を吐く。
 ああ、油断していた。野外ってものがまさかこんなに辛いなんて。大事な水分を貰い続けるわけにもいかないし、後でちゃんと買わなくちゃ。

「あ、なまえちゃんひょっとして、自分だけ使うのは申し訳ないとか思ってるでしょ!」
 うわ、まもりちゃんったら。そうはっきり言われると、おねーさん気まずいじゃないか。
「ははは、まあ、それなりに風もあるし平気だから」

 嘘だよ。暑いよ。
 我が故郷のねっとり感に比べたらいくらかましとはいえ、夏は夏。しんどいよ。
 だってほら、言ってはみたものの、風なんて微かにしかないじゃないの。

 なんて内心を押し隠して笑ってみたところで、あまりにも乾いた笑いが飛び出るから虚しさが増した。


  ***


 マネージャーの女の子たちがお仕事に戻ってしまうと、木陰の椅子には必然的に私と溝六先生が残されることになる。あ、念の為に言っておくと、私だって一応、なにかお手伝いをと申し出たのですよ。
 でも、その直後グラウンドから先生の足元目がけて飛んで来た弾丸と「お前はそこに居ろ」という声により、無理やりにお留守番が決定したのですよ。

 ……まあ、不慣れな私に指示をする彼女たちの手間を思えば、この方が効率的なのかもしれないけど。でも……あーもう!
 この二人きりってのは少々辛いものがあるんだけどなぁ! それに初対面だし! 絶対印象悪いじゃないか!

「苗字さんって言ったな」

 ……ほら来た!
 姿勢を正して、はい苗字なまえです! この度は勝手にのこのことお邪魔してしまい申し訳ございません!── さすがに土下座こそしなかったけれど、それくらいの思いで用意していた言葉をひと息で放てば、溝六先生はびっくりしたという顔で徳利から口を放した。

「……なんつーか……。お前さん、ヒル魔の『これ』にしてはまともそうだよなぁ」

 小指を立てるおなじみの仕草に、ああ、おっちゃんだなあと思う。
 勿論、面と向かっては言わないけど。

「せっかくの日曜だってのに。朝からこんなとこに連れて来られて、大変だなぁ」
「あ。やっぱり、蛭魔くんに引っ張って来られたってわかります?」
「そりゃあな。お前さんはどう見たって……言い方は悪りぃが……わきまえているタマって感じがするからなぁ」

 そう。そうなのだ。そうなのですよ!
 私とて、愛しの蛭魔くんの、私以外へ見せる顔というのが気にならないわけではない。

 けれど、だからといってずけずけと蛭魔くんのチームへお邪魔したり、あれこれ交流して混ぜてもらったりしたいわけでは、決して無いのだ。
 そりゃあ、試合の応援や、呼び出されてわざわざ家での忘れ物(どうせ蛭魔くんの故意なんだろうけど)を届けたり、蛭魔くんとの買い物帰りに偶然道でばったり、ということもあったりで、ちょっと談笑できる程度には顔見知りだけど、それくらいだ。

 なのに今日、誘われるままにここに来たのは、別に、あれこれ口の減らない策士様に用意周到に退路を断たれたから……だけでは勿論ない。

「……先日の網野との試合、私は応援に行けなかったんですよ」

 資格試験がその日であることはもうずっと前からわかっていて、蛭魔くんも知っていることだった。ごめんね行けないと謝る私の背を、蛭魔くんは笑って押してくれた。
「だから今日、お邪魔になるってわかっていて、断りませんでした」
 すみません、と再度頭を下げると、溝六先生からは苦笑が返ってきた。

「気にすんなって。あいつの言う事に逆らえる奴はそうそう居ねぇ。……俺も、あいつらも、お前さんが今日来たのが誰の希望かってことくらいわかってるさ」
 
 そう言ってグラウンドの端で立っている蛭魔くんに目をやる溝六先生に、私の目は釘付けになる。
 だって、ああ。なんて優しい目をするんだろう。なんというか、蛭魔くんと共に居て、こういう目を彼に向ける大人には初めて会った気がする。
 ……というか、実際気のせいではなく初めてだ。恐がる大人は、ここ数ヶ月でもう見飽きる程に見ているけれど。


「……なんだぁ、そんなに見つめられると照れるじゃねぇか」
「いやぁ、蛭魔くんの希望通り、素敵な先生をよく見ておこうと思いまして」

 にっこり笑って言えば、溝六先生はどういうことだと首を傾げる。

「再会した恩師に、新しい仲間、そして特訓を越えてさらに強くなったチームを、見せびらかしたくて仕方がないみたいですから。なんせ、次の試合には応援に行くって言ったのに、その日を待てないくらいですよ」

 溝六先生に、瀧くんに、鈴音ちゃん。新しい顔と、明らかに顔つきが変わっている瀬奈くんとか十文字君が解り易いけど……他も皆、確かに以前とは随分違っている。
 劇的に進化したチームを自慢したくて仕方が無いという気持ちは、想像に難くない。可愛い可愛い男の子の一面を思えば、自然にくすくすと笑みがこぼれた。

「……ふむ、なるほどなぁ。いやはや確かに……なら、あいつが『見せびらかしたい』と思うのも、無理はねぇや」

 数秒目を見開いた溝六先生が、なにやら考える素振りの後、にやにやと笑い出した。

「お前さん相手には、あの『虎』も随分と可愛げを見せるようだなぁ」
「ええ、ありがたいことに。……私を気遣って、『猫』の振舞いをしてくれますよ」

 猫にもなれば虎にもなる。
 ことわざに合わせた私の返事は、多少本来の意味からは違うものの溝六先生のお気には召したようで、今度はにかりとやや打ち解けた笑顔が向けられた。

 よし!
 いい加減、ここまでくれば掴みはオッケーというものだろう。
 さてさて、顔を合わせた時から気になっていた方面へ、そろそろ切り込みましょうかね。

「ねえ先生、ところで……その徳利のお酒って、何ですか?」


 かくして、歳の離れた飲み友達が一人増えました。


  ***


「なぁヒル魔よ。ありゃ、なかなかいい女になるぞ」
「ふざけんなよ糞アル中。あいつは今でも充分いい女だ……おい、なに笑ってやがる」



(2014.04.22)(見せびらかしたかったのは両方)
[ / 一覧 / ] 

top / 分岐 / 拍手