■ 興味ない

「凄かったねぇ、さっきの女の子たち」

 にへらっと笑うなまえがとても可愛い。文句なしに可愛い。道行く女子高生に過度に反応しているのだとしても、なまえは可愛い。

「ああ。モノ好きだな」
「ねえねえ、制服違う子も多かったじゃない?」

 なまえが言っているのは、先ほどの試合に居たジャリプロのファン連中のことだ。

「運動部の花形だって言っても、あんなに騒ぐほどなのかしらねぇ。まるで芸能人みたい」

 クスクスと笑う仕草も、いちいち様になっていて、見惚れる。
 だが、その言葉には無視できない違和感があった。

「おい。『みたい』じゃねぇだろ。ジャリプロはあれでも芸能人だぞ」

 俺の言葉に、けれどもなまえはきょとんと視線を向ける。
 あーほら、タッチダウンってCMでやってるだろうがと続けてみても、なまえにはピンとこないようだ。おいおい、テレビに雑誌にと、結構露出がある奴だぜ?

「桜庭って聞いたことないか?」
「さくらば……桜庭……知らないわ」

 ハッ! 聞いたかジャリプロ、お前の知名度もこの程度らしいぜ!
 キャアキャア騒がれるあいつが羨ましいなど、勿論1ミリだって思ったことはないけれど、それでも。なまえにこうして全く認識されていないというのは、なんだか妙に優越感をくすぐられて気分がいい。
 俺様のなまえはお前には興味がないんだとよ! というご機嫌な思考は、けれど直後のなまえの発言によって地に落とされた。

「うーん、年下って全く興味が湧かないのよねぇ。アイドルとかも、誰が誰かさっぱりだし、そもそも見分けようとも思えないし。やっぱり年上の方が断然、見てて楽しいしねぇ」

 さらに。

「蛭魔くんはアイドルとか女優さんとか詳しいの? やっぱり贔屓の女優さんとかいるの?」

 おい、アイドル好きな俺でいいのかよ。ていうかそれってどうだよ。だめだろ。むしろ俺が嫌だ。
 しかも実は意外と下ネタを好むこいつのことだから。どうせ最後の「女優さん」はAVって頭につく方のことだろうな、と思い当たるものの、あいにく今はそちらに突っ込むことはできない。

 それどころではない。

 年下は対象外。はっきりとした回答だ。

 思えば、年上好きを匂わせる言動は確かに多かった。
 過去の恋人連中だってそうだ。別に知りたくないし聞いてもいないが……それでもこいつの振る舞いを見ていれば、わざわざ調べるまでもなく簡単に予想がついてしまう。


 ……たかが数歳、とも思う。たった数年早かっただけで、たった数年遅かっただけだ。
 だが、その数歳は決して縮まらない数歳だ。どんなに偉そうにしてみても、俺はまだ高校生で、なまえは大学生で、それももうじき卒業という歳だ。

 昔から大人を手玉に取ることも容易いと思っていたし、今もそれは変わらない。
 けれども、恋愛ごととなると、こいつのこととなると、意外とこれが上手くはいかない。
 愚かな俺は、こいつの前ではただのガキに成り下がる。

「でもさ、芸能人なら……あの騒ぎもまぁ、納得だよね。ちょっと安心しちゃった」

 俺の感じるわずかな焦りなど、まるで気が付かないままなまえは笑う。

「ほら、運動部の強いイケメンくんが人気だったら、学校での蛭魔くんなんて当然ながらモテモテじゃない?」

 休み時間とかたくさんの女の子にお弁当もらったり、靴箱にラブレターが何通も入ってたり。……いやーん、おねーさん妬いちゃう!
 こちらの気も知らずに、なまえはわけのわからないことをひとりつらつらと話して、耐えられないと身を捻っていた。

「それでつい、可愛い女の子と浮気なんてしちゃったり? うわぁ、やだなぁそれ。ねーねー蛭魔くん、いくらもてても浮気しちゃやだよー」

 言葉の割には不安そうでもなく、相変わらずにやにやと話すなまえに、明確な返事は返さずただケケケと笑い飛ばす。
 そんな俺の反応にむくれたふりをするなまえとじゃれあう姿は、きっといつも通り、余裕の俺様に見えるだろう。でなければ、困る。ここは外だ。弱みなんて見せられない。誰にも、この内心を悟られてはならない。


 浮気なんて、できるはずもない。
 いくらこの俺が誤魔化そうとしたところで意外と聡いお前ならば気付くだろうし、気が付いてしまえばきっと案外あっさりと、俺への興味を無くすのだろう。

 ただでさえ、イレギュラーな俺の存在だ。
 裏切られてもなお好きだと、求めてもらえるほどの自信はないのだから。



(2013)
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