■ 煩悩がいっぱい 例えばまあ、周囲を見てみても、多少の個人差はあれど、そんな時期ってあると思う。 例えばそう。1歳でも2歳でも、とにかく年上なら魅力的に見えるとか、そんなのってあるだろう。 そして、思春期どころではなく物心ついた瞬間から、幼稚園の先生だの近所のお兄さんだのに夢中になっていた娘はといえば……青春が煌めきだした中学、そして高校と順調に成長していく中で、本当に年下なんて、考えてみたことすらないくらいに全く興味が無かった。 ……無かった……筈……なんだけどなぁ。 「しかし、あんたも趣味変わったわね」 この台詞、一体何人の友人に言われただろう。まあ、私の今までの恋愛遍歴と現状を知れば、言いたくなるのも無理はないだろう。 なんたって今や、この私の最愛の彼は高校生! ピチピチの高校生! それも青春真っ盛りの頭脳派スポーツマン! まあ、明らかに銃刀法違反だったり脅迫し放題だったり、素行はただの高校生とはとても言えないのだけど、この際それは置いておく。 *** で、だ。 そんなピチピチの高校生男子との逢瀬が重なれば重なる程、生じる悩みがあるのですよ。 つまり、それなりに"いいおねーさん"の振舞いをしながら、ふとした時に切り替わってしまうスイッチをどうしようかというのが、目下ささやかな悩みなのです。 特に、今日みたいに熱中する蛭魔くんをぼーっと見つめている時間が、それはそれはとても辛いのです。 口を固く結びながら、真剣にモニターを見つめる蛭魔くん。ああ、堪らない。 その表情といい、カタカタとキーを叩く指といい、なんと色気溢れるものだろうと見惚れていると……つい、余計なことまで思わずにはいられないのです。 その綺麗な手で、どんな風に触るんだろうかと。 その歯で噛まれたら、どんな感じがするんだろうかと。 ああ、つまりこの子は、ベッドではどんな風に女を抱くのかしらと。 そんなことに思いを巡らし値踏みする自分はそれなりに気に入っているけれど、初心(うぶ)なあのころには戻れないのね……なんて寂しく思う部分もある。 というか、そんな自分に「この駄目人間め!」と突っ込む自分も存在していて、色々終わり過ぎな自分にちょっとへこむ。そう。本当にちょっとだけだけど。 この情緒不安定は、きっとあれだ。いい子のなまえちゃんと悪い子のなまえちゃんと煩悩にまみれたなまえさんが、ずっと脳内会議をしているに違いない。そして答えが出せずに殴り合いを始めたんだ。きっと。 そんな調子でじーっと見つめていると、ここでようやく蛭魔くんの関心がこちらに向いた。 いや、まあ、蛭魔くんのことだし、こちらを向かなかっただけできっとずっと私の事を気してくれていたのだろうけど。 そんな優しくて頑張りやな蛭魔くんの横顔を餌に、やましい思考を育てていた自覚くらいはあるのでごめんねーと声をかける。当然ながら、蛭魔くんにはきょとんとされた。ま、そうだろうね。私のあんな煩悩まみれの脳内にまで気付かれていたら、もう生きていけないもの。 「何だよいきなり……」 「いやぁ、ほら、こんな付き合い方しかできなくて、なんか悪いなーって思った」 ケラケラと冗談めかして言うと、むっとした顔で立ち上がり、こっち側へと回って来る蛭魔くん。 ご丁寧に腰をかがめて、座っている私の目の高さに合わせて顔を覗き込んでくる。 「意味わかんねぇ」 おいおい、至近距離でそんな風に真剣に見つめられると、おねーさんがドキドキしちゃうじゃないか。 「どういう意味だよ」 まさか馬鹿正直に「少年を見て欲情しちゃって」なんて言えないので、適当に話を合わせる。 甘酸っぱいデートとか、おはようからおやすみまでの一日何通も行き交う愛のメールとか、そういう恋愛初期っぽいことが苦手でごめんよとか。 あれれ、言ってみれば実はあながち適当でもなかった。そして、それを聞いて蛭魔くんは「なんだそんなことか」とあからさまにほっとする。まあ、君もそういうのは苦手そうだもんね。 ああ、その表情いいなぁ。 今すぐキスしたい。 噛みつくように、吸い尽くすように、欲望のままにキスがしたい。 押し倒して、その服を剥ぎ取って、余裕な顔なんてできないくらいに攻め立てて、私という女を覚え込ませたい。 けれど、さすがにそれはまだ早いだろう。 脳内で膨れ上がる煩悩を掻き消すように、チュッと触れるだけのキスを仕掛けた。 だめだめ。焦っちゃだめ。 (2013) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |