■ ごちそうさま

 白状します。
 蛭魔くんというこの若さと色気とスタミナ溢れる年下と付き合うにあたり、密かに期待していたことがあるのです。

 しかしまあ、現実が理想のようにいかない事なども重々承知しておりまして。おまけに、最近は性の低年齢化云々ともあちこちで聞きますし。
 加えて、この子ときたら、ご覧の通り格好良くて実力もあって、おまけに人を手の平で踊らすことにも慣れていて、そして前述のように色気たっぷりで。むしろ今まで何があったのか聞くのが怖いくらいで。
 つまり……あくまで「こうだったらいいのにな」という、ただの男のロマン的な、ゲスで勝手な期待だったのですけれど……でも、でも、まさか。

 その期待に光が見えてしまったら、もう堪らない。

 ああどうしよう。判断要素をどれだけ掻き集めて、何度考え直しても、ひとたび辿り着いた結論から変わらない。
 これはもう、予想とか想像とかじゃなくて確信と言い切ってもいいんじゃないかと、強まった期待は暴走を始める。
 ああ、ああ! どうしよう蛭魔くん! なんでそんなに良い子なの蛭魔くん! おねーさんもう我慢出来ないよ!


 期待を昂らせたのは、例えば、日々のキス。
 そして触れるだけのキスに物足りなくなって、ちょっと舐めたり舌をつついたりと欲を出した時の蛭魔くんの反応。
 例えば、甘えて、引っ付いて体重を預けた時の強張り。
 そしてそのまま抱きついてみたり、蛭魔くんの硬い太ももに無理矢理頭を載せて膝枕をねだった時の蛭魔くんの反応。
 何度か繰り返しを楽しむまでの時間もなく、あっさりとそれらの違和感は消えてしまったのだけれど、あれは知って"学習"したのだと思う。だって、器用で頭の回転が速い蛭魔くんのことだから。


 なんて、今でこそこうして危ない思考で年下の恋人を狙ってはいるが「おねーさんが教えて あ・げ・る 」なんて展開に興味を持ったことは、本当にこれっぽっちも、一度たりともなかった。
 けれど、現恋人を相手にすると話は別なのだ。期待に満ち満ちて、気を抜くと暴走したくなる。

 だって、ねえ。まさかこの歳で「男の子の初めて」をもらうことができるなんて!
 ……という変態じみた感動に震えつつも、実際には彼を前に暴走することはしなかった。
 脳内では一体何度犯したかわからない程おかずにさせていただいたけれど、現実ではさすがに一応自制出来たし、何より彼のペースでゆっくり進む気でいたから。


 そう。「一応」は。

 その時までは。


  ***


 試合終了後、うちに来るなり疲労も隠さず倒れ込む蛭魔くん。これは実はいつものことだった。
 何度か試合の応援に行くうちに、度々感じていた違和感の正体に思い至るのは当然の流れだった。私の知る彼と、外での彼の、同じところと違うところ。
 つまり……ごくごく普通に私に見せてくれている姿の殆どが、彼を知る人たちにとっては、とんでもなくレアな姿なのだということに気が付いてしまった。
 不器用に甘えてくる姿も、甘やかそうとしてくれる姿も、優しく笑って手を伸ばしてくる姿も、今日みたいな疲れを隠さない姿も、そう。

 で、それらを踏まえた上で、改めて考えてみる。
 そういった特別扱いを知り、嬉しく思うと共に、ひどくある欲求が掻き立てられるのは……何故だろう。私が悪いのか? いや、しかたのないことだろう? だってこの子こんなに可愛いんだぜ? 無理だろ?


  ***


 まったく、"らしくない"。
 つまりその日は私もどうかしていたのだ。
 いつになく弱った彼の姿に劣情を催し、その色香に狂うことを望んでしまったのだから。

 力なく投げ出された四肢が。無防備な首が、肩が、腰が。
 疲れ果てた、その姿が。
 私をとても刺激したのだ。

 ……とかそれっぽい言葉を駆使してどうにかできていたなら、この夜はもっと綺麗で透明なものになったのかもしれない。


  ***


 シャワーを浴びてポタポタと雫を落とす髪を、乾かしてあげようと言って後ろに回った時には既に下心に火が灯っていた。
 ドライヤーの音と風が私の熱くなった息を隠すのをいい事に、まずは至近距離で背中のラインと首をじっくりと目で堪能する。どの角度から見ても、どの部分を見ても、やっぱり蛭魔くんは色っぽい。
 なんて思っていたら、風によって動くキラキラの金髪が、首や耳をちらちらと見せつけるから堪ったものではない。
 髪の間から覗く、わずかに血色の増した風呂上がりの肌はそれはもう暴力的な程の色気を放っていた。
 勿論、すでに充分その気だった私のタガが、その色気で完璧に外れてしまったのは言うまでもない事だろう。

 我慢や遠慮という言葉が一瞬で吹き飛んだ。ドライヤーという言いわけすらも手放して、欲望に忠実に白い首筋へキスを繰り返す。

 何度も、何度も。唇で、舌で、歯で、蛭魔くんを味わう。
 味わって味わい尽くすように、首や耳や背中も愛撫する。

 蛭魔くんは、当然ながら咄嗟のことに驚いたり戸惑ったりはしているようだけれど、撥ね除けたりはしなかった。スポーツマンの力でなら、女の身体なんて簡単にどうにでもできるし、それ以前にたった一言「やめろ」と言われたら……いや、今の私は言葉では止まらないか。

 齧り付きながら意識を向ければ、取るべき行動を模索するような蛭魔くんの緊張が伝わってきて、さらに愛おしさが増す。
 やがて漏れた吐息はなんだか甘くて、もしやこれはと期待に心躍らせてこっそりと前を伺うと……厚い布越しに反応しているそこが目に入った。
 この瞬間の感激を、何と口にすればいいのだろうか。この可愛い可愛い蛭魔くんが、まさに今、その気になっている。言いようの無い喜びが胸に広がる。ついでに、下腹部と胸がきゅんと震えた。もう、今度こそ、力でも私は止められない。

 背中から離れて、今度は堂々と前へ回り込み、目を合わす隙も作らず正面から首筋に食らいつく。
 そしてそのまま上へと移動して、今度こそ唇を重ねる。触れるだけのいつものキスから、したことのない角度まで。
 吸って舐めて噛んで絡めて擦って……されるがままだった蛭魔くんから、次第に反応が返されるようになり、やがて舌と舌が熱く溶け合い始めた。
 唇を離す時には目を開けて、しっかりと蛭魔くんの目を覗き込んで……。

 ……あ。

 そこでふと、我に返った。

 いや、長く深い口付けで、意外と満足してしまったと言いますか。確かに相変わらず欲情してはいるのだけれど、このまま突っ走るのも……というまっとうな思考が返ってきたのだ。
 で、いつの間にか蛭魔くんにのしかかる態勢、つまり思いっきり押し倒した状態になっていた身体を起こす。
 ああ、どうしよう。気まずい。いや、一番気まずいのは蛭魔くんだよね。うわぁ、ごめん。取りあえず必死で謝るも、反応がない。

 どうしよう、怒らせたかな。いきなりあんなことして、嫌われたかな。経験豊富で不潔とか思われたらどうしよう。
 って、まあ、やっちゃったものはどうしようもないんだけど……でもせめて……。そんな、へこんでいるのか焦っているのか開き直っているのかよく分からない思考で、もう一度顔を見ようとベッドに両手を付く。

 その瞬間、いつもより随分と顔を赤くした蛭魔くんと、目が合った。

 そして、これまたいつもより随分と凶悪な笑顔で私の腕を掴んだ蛭魔くんが、ぐいと引っ張った。当然ながら、為す術もなく私の身体は姿勢を崩す。
 倒れ込んだのだと気付く前に、先ほどまでの疲れ果てた様子からは想像も出来ない素早い身のこなしにより、くるりと位置を入れ換えられていた。
 あっという間に、今度は私が組み敷かれている。

「随分と舐めた真似してくれるじゃねぇか。覚悟は当然、出来てるんだろうなぁ」

 あ、やっばーい。これまずいやつだわ。
 プッツンしちゃった蛭魔くんはギラギラしていて、先程までの疲弊っぷりが嘘のようだ。というのはさすがに言い過ぎか。やっぱり、ちょっと身体が重そうだった。


 そんなわけで、すっかりその気になってしまったらしい蛭魔くんが、そのままさっきのお返しだとばかりに私の身体を蹂躙にかかった。

「なまえ……」

 普段、恥ずかしがってあまり呼んでくれない名前を吐息とともに肌に受けて、それだけでこの身体は喜びに震える。
 そんな素直な私に気が付かないわけがなく、蛭魔くんは今度は意識的に名を呼び、繰り返した。
 そしてなんとも従順でわかりやすい私の身体は、その都度喜び咽び泣くのだ。どうだね少年、これは堪らないだろう。

「なまえ……なまえ……」

 更なる快感を求める私は彼に暴かれることを望み、彼はその期待以上の手際のよさで私を暴いていく。
 って、いやもう、本当に初めてだとは思えない程の手際のよさなわけですが。これはいったいどういうことだ。器用だ器用だとは思っていたけれど、本当に油断ならない。
 けれど、想像していたよりも迷いなく振る舞う蛭魔くんに不安を覚えるよりも、興奮する方がずっと多かった。
 だって。欲望を隠さない瞳は雄弁だったから。取り繕う余裕も持たない蛭魔くんに見つめられると、蜜も嬌声もとめどなく溢れてしまう。
 そして、彼にもっともっととねだる。触れられる快感だけでは足りない。

 極めつけの快楽を欲する、その一点がひどく疼いた。


 けれども。ふっと、突然手が離れていく。
 急なおあずけに不満を隠せない私は、蕩けきった身体を持て余して顔をあげた。
 するとそこには、なんだか戸惑った顔の蛭魔くんが──いた。

 
 え、なんですか。どうしましたか。
 おねーさん何か失敗しましたか。ていうか、正直なところ失敗しかしてませんけど。でも、乱れる姿はよかったでしょう?
 そんな事を考えながらぽわんと見つめていると、蛭魔くんはみるみる不機嫌そうな顔になっていくではないか。

 これはいよいよ私も何か言わなくては場が持たないと口を開きかけた直前で、ちょっと待っていろと言われた。その声も表情も、やっぱり凄く不機嫌そうだ。
 そして、私の返事も待たずに上から退いて、立ち上がり、ベッドから離れる蛭魔くん……って、何。どうしたの。
 突然の放置プレイ? でも、正直こんな状態で放置されてもなぁ、せめて何かそれっぽい事を言ってもらわないと……と興奮が萎えかかった。我ながら最低だと思う。
 けれども、少しだけ覚めたおかげで蛭魔くんが出て行こうとする理由にも思い至ることができた。思い至れたこと自体が嬉しすぎて、つい思い至ったままのテンションで声をかけてしまったのはまた失敗だったけど。

「そこの引き出しの、三段目に入ってるよ」

 ……もうちょっと上手い言い方って、あったと思う。
 何も考えずに口にしてすぐに後悔したけれど、もう遅い。蛭魔くんは何も言わずに戻ってきてくれたけど、その後の居た堪れなさは結構なものだった。
 ああ、もしもあの瞬間をやり直せるのなら……あのまま買いに出てもらって仕切り直しにするのに。いやいっそ、引き出しを自分で開けて取り出してもいい。引き出しを開けてなんとも言えない渋い顔を向けられる、なんて選択は絶対に選ばないのに。
 ごめんね蛭魔くん。いつかのために用意していたスキンのコレクションなんて、見たく無かったよね。私もしょっぱなからそんなハードなものは見せたくなかったよ。


 まあ、そんなわけで。
 再びベッドまで戻ってきてくれた蛭魔くんを、私は振り絞った笑顔と共に両腕を広げて迎えた。
 気まずいからといって気まずい顔をしていたら、蛭魔くんだってどうしていいかわからないだろう。ここは私ががんばらないと。

 それに、さすがにここまで来て「やっぱりやーめた」となるのも嫌だ。
 男女関係の中でも特にデリケートな部分なのだから、最初の失敗がこの後のお付き合いにまで響いても何らおかしくはない。そんなのは困る。

 だから引き出しの中身を見て少々気が滅入っているだろう蛭魔くんを、快楽で押し流すように身を寄せた。
 胸に顔を埋めさせる姿勢でぎゅーっと抱きしめると、シャワー後のサラサラの髪がくすぐったくて、恥ずかしくて、きもちがいい。抱きしめているだけで、いやらしい声が出てしまう。
 そして、そんな女を前にして、健全な男子高校生がどうして冷静でいられようか。やがて当然のように胸への愛撫が再開されると、またふたりで興奮に呑まれていく。ちなみに、内心は盛り返せたことに狂喜乱舞である。
 もともとぎりぎりだった身体は、指や舌で弄られる度に堪らなく疼いて仕方ない。伸ばした指でごつごつのあばらを撫でて、硬い背中にしがみつく。蛭魔くんの身体全部、どこに触れてもきもちいい。
 擦れる肌がきもちいい。あたる息がきもちいい。髪の毛の先から足の指の、爪の先まで。全部が愛おしくて、たまらない。でも、もう、これだけでは足りない。くせになるようなもどかしさと切なさが、どろどろに溶けている下腹部に広がる。

 ねえ、もう、もう。耐えきれなくて小さく繰り返すと、ようやく手が離れた。
 もちろん、今度は立ち去るためじゃない。



 蕩けて滲んだ焦点を定めると、避妊具で包まれた塊が目に入る。
 細身ながら筋肉のついた身体に、よく似合う……とても美味しそうな形をしている蛭魔くんの蛭魔くんが、私の視線を受けてぴくりと震えた。いよいよ、本当に、蛭魔くんを……感極まって、思わずごくりと喉がなる。
 とっても綺麗な身体を前に、自分がとてもわるいことをしているような気がして凄く興奮してしまう。

 けれど、蛭魔くんは何故かそこからいつまでも動かない。動こうとしない。そんなふうになっているのに。
 蛭魔くん、と甘えた声で呼ぶと、ほんの少しの戸惑いを宿した、なんだか物言いたげな目がこちらを見つめてきた。とたんにまた、胸がきゅんと音を立てる。もうっ。そんな不安そうな顔しなくても、今更拒否なんてしないのに。

 聞かれないかわりに返事もしないで、代わりにただ首を伸ばしてキスをねだる。
 けれど、与えられたのは本当にキスだけだった。入り口に押し当てられた熱は、やっぱりそれ以上は進もうとしない。

 ……ふふ、可愛いなぁ。

 そんな彼にすら興奮を覚える私は、それはもう、相当に蛭魔くんに酔っていた。
 熱い身体に腕を絡め、首元に口を寄せて、露骨な言葉で「お願い」してあげる。
 誤解なんて1ミリも生まれないように。失敗なんてありえないのだと教えるように。これ以上なくあからさまに、あなたが欲しいのだと伝えてあげる。

 直後、言葉を紡ぎ終えたばかりの口元に優しくて乱暴なキスが与えられた。
 つづけて、ゆっくりと様子を窺うように、それでいて大胆に、蛭魔くんが入ってくる。圧迫感と快感と興奮でおかしくなりそうだ。
 ──ああ、童貞くん、いただきます!


「……っ……なんだ、これっ……」


 息を詰める蛭魔くんに、私の自尊心は掻き立てられ、満たされる。
 挿入までの躊躇はなんだったのかと思う程に、蛭魔くんは快楽に素直だった。あるいは、こうなるとわかっていたからあんなにも躊躇していたのか。
 そんな体力がどこにあったのかという勢いで夢中で腰を使う蛭魔くんが、愛おしくて堪らない。

 私の身体のあちこちに触れる手も、胸を握り愛撫する掌も、いつの間にか痛いほどの強さになっていたけれど。
 それでも興奮に乱れるこの身体には、多少の痛みなんて快楽として響く。それどころか、彼とのすべてが、きもちいい。
 快楽に溺れる蛭魔くんの表情も、胸に落ちる汗も、私の中をがむしゃらに掻き回すあれも、余裕の無い息も、身体を撫でたり掴んだりする硬い指も。
 そして、そんな蛭魔くんの下で、蛭魔くんに抱かれて乱れる私自身の姿すらも。


 やがて、小さな合図ののちに果てた蛭魔くんはゆっくりと私の上に沈み込み……さすがにもう限界だったのだろう。そのまま、意識を手放してしまった。

 そもそもうちに来た時点で相当疲れているようだったのに、その後シャワーを浴びて僅かに残っていた気力も使い果たようなものだ。
 そんな状態にも関わらず、こんなことをしてしまったら……そりゃまあ、落ちてしまうのも無理はない。
 というか、最後まで意識が持ったことの方が驚きなレベルである。むしろあれだけ動けた事は奇跡だ。

 なんてことを考えながら、倒れてしまった蛭魔くんの下で、見た目よりしっかりと重い身体に圧し潰される時間を堪能する。
 そんな感じでしばらく余韻を楽しみ、さすがに苦しくなってきた頃、うんしょと力を込めて蛭魔くんをごろりと押しのけた。
 すでに充分小さく柔らかくなっていたあれは、少し前に私の中からずるりと出ていた。さあ、溜まった中身を見るのがちょっとだけ楽しみだ。嘘だ。かなり楽しみだ。

 そして数分後、若干変態的な方法で後始末だのなんだのを済ませた私は、眠っている蛭魔くんをじっくりと見つめていた。
 この疲れきって眠る姿が見れるのは、私だけの特権でしょう。そう思い込むくらいは、許してくれるかな。
 すやすやと眠るほっぺたを、ちょこんと指先で押してみる。可愛い。どうしようもなく、可愛い。


 ああ、ついに襲っちゃったなぁ。

 余韻を味わうようにそっと溜息をつけば、いよいよもって実感が湧いてくる。
 征服欲が満たされるのと、純粋な喜びと、なぜか少しばかりの後悔……というほど立派なものでは無いけれど、勿体ないことをしたかもという惜しさが胸に広がる。

 何度も何度も、この日のことを考えてきた。
 せっかくの初めてだし、最初は奥手な感じに徹して、蛭魔くんにリードされつつなし崩しに……って感じを狙っていたのだけれど。……うーん、どうしてこうなったのか。
 いや、わかっている。本当は、わかっている。童貞くんに興奮しすぎてしまったのだ……ああ、恥ずかしい。


 いやぁ、それにしても。
 若いって、スポーツマンって、凄いなぁ。
 疲労困憊であれなら、絶好調ならどれ程なのだろう。

 ゲスな想像ににやけながら、ベッドの下に落ちた服を着直し、蛭魔くんの横にごろんと転がった。
 もうちょっとだけ、私も休もうかな。起きたら、ご飯にしようね……。



  ***



「ひーるまくん、おーきて」

 聞き慣れた声に目を開けると、今夜はスパイスたっぷりインド風カレーだよーと能天気な声が続けられる。
 ああわかったと起き上がろうとして、毛布の下の自分が裸なことにぎょっとなり、途端に起き抜けの頭がフル回転を始めた。
 自慢の頭脳はこんな時まで優秀だ。時計の音がやけに大きく聞こえる中、眠りに落ちる前のことを全て思い出し──さすがに頭を抱える。

「……っ!」

 甘い声に、柔らかい肌、さらされた媚態に、凄まじい快楽。
 あまりに強烈な記憶と、色濃く残る情事の匂いに知らずに顔が火照る。

「蛭魔くん? ご飯だよー?」

 今度は部屋へと近づく足音も聞こえたので、慌てて返事をする。
 あんなことの後で、こんな姿で。さすがに今来られたら、どうしていいかわからない。

 じゃあ待ってるねーと響く声に、俺は堪らず顔を覆っていた。
 ったく、どんな顔で行けばいいのか。だいたい、なんでお前はそんないつも通りなんだよ!



(2013)(頑張ったけどえろくならなかった)
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