■ ・リスクを承知で余裕の範囲で いつものように日暮れと共にやって来た蛭魔くんを、部屋で待たせる事暫し。 ご飯が出来たよと呼ぶと、隣の部屋から出た彼はぽいと一冊の本を投げて寄越した。 「おい、これはなんだよ」 「ああ、見ての通りの四季報よ。ほら、今日発売だったし、久しぶりに買っちゃった」 帰って少し開いて……どうやら置きっぱなしにしていたらしい。 「『買っちゃった』じゃねぇよ。今時こんなの無くたって、いくらでも情報ってのは得られるだろうが」 理解できないと言う蛭魔くんの、言いたい事がわかりすぎて思わず苦笑する。 絶対しているだろうなぁとは思っていたけど、やっぱり株にも手を付けていたようだ。 「それでも、本っていう形状自体が好きだからいいのよ。こうしてぱらぱらめくって発見を楽しむっていうのは、書籍という形ならではの魅力よねぇ。それにほら、このご時世、これも就職希望の学生には必須の1冊らしいしー」 「……そんなもんかねぇ」 「そんなものよ」 普段ならそれで終わる話題なのだけれど、今日はこれでは終わらなかった。 「で、どこを買うつもりだ」 おひたしをつまみながら言われた言葉に、一瞬何の事だろうと考える。そして少し遅れて、ああそうかさっきの株の話の続きかと合点がいく。 「んー、まあ特に今すぐこれをってのは無いんだけど。もともと中期・長期保有ののんびり型でやってるからねぇ。のーてんきに優待と配当重視でなにか新しい所を探そうかなーってくらいよ。蛭魔くんの攻め攻め型とは真逆かな?」 後は、ほとんど放置している今の数社を見直して、必要に応じて整理するくらいか。 そんな私の返事を黙って聞いていた蛭魔くんは、やがてなにやら思うところがあったようでニヤリと笑って口を開いた。 「お前らしい甘っちょろい考え方だなぁ。だがまあ、手堅く行くのも悪くはねぇだろう。ただなぁ、今だったら『73XX』と『85XX』、そうだな……余裕があるのならそれに加えて『93XX』も買っとけ。気の長ぇ話だが、年が明けるまでには化けるぞ」 おいおい。年内のことを「気の長い話」と言ってしまうのか。こりゃ、本格的にデイトレとかFXとかがお得意なのかねぇ。 というか、そう言いつつもそんな「気の長い」先の事までチェックしている辺りが抜け目無い……。 いろいろと言いたいことは浮かぶのだけれど、最早どこへ突っ込んだらいいのかわからずで結局口を開く事は諦めた。 まあ、せっかくの蛭魔くんの助言だし、実際に購入するかは別として四季報に付箋くらいはしておこう。そう思って、先ほどの分厚い本に手を伸ばす。 「どれどれ……っと。へぇ、こういう業種は気にしたことがなかったな。面白い情報をありがとう、暫く追ってみるわ」 ……にしても。まさかとは思ったけど、案の定どのコードもしっかり合っているしさぁ。相変わらず、恐ろしい記憶力をお持ちですこと。 「ケケケ。まあ、自己責任の世界だが、万一こけたら埋め合わせくらいはしてやってもいいぜ」 「ふーん、そこまで言えちゃうくらいに推しなわけね。要チェック、っと。まあ、実際に買うとなったら私だって覚悟を決めるから大丈夫よ」 仮にそれがどんな口車であれ助言であれ、どうするのかと最後に決めるのは私だもの。 投資とギャンブルに関しては、たとえ結果がどうであれみっともない責任転嫁などするなということは、私が最初に覚えた矜恃なのだから。素人さんは素人さんなりに、思うところがあるのですよ。 「ケッ、可愛げのない女だねぇ」 「おやおや。こんな女はお嫌いかな?」 「……まさか。それがお前なら、大いに結構だぜ」 (2014.04.25) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |