■ ・寝て起きたら一攫千金

――買わなきゃ、当たらない! 迷ってるなら……今!――

「おい、何見てんだよ」
「え……ああ、ほら、今なら高額当選も夢じゃないらしいよ」

 道の先。宝くじ売り場で翻るのぼりを指させば、蛭魔くんがもの凄くげんなりとした、精気の抜けた顔を向けてきた。
 そんなにあからさまに馬鹿にしなくてもいいじゃないか。

「おまえ、まさか本気で一攫千金なんて夢見てないだろうな」
「いやまあ……でもさ、確かに確率は低くても、ゼロじゃないでしょ?」

 その僅かにある確率に食らいつくの、蛭魔くんだって好きじゃないの。

「割り振られた紙買って、どっかの誰かが勝手に決める数と合致しますようにって願う行為に、どう手立てを講じようってんだよ。そもそも、勝つ勝たねぇ以前の問題だろうが。ああいうのは、勝負とは言わねぇんだよ」

 馬鹿じゃねぇのかと心底呆れた声をかける蛭魔くんには悪いけれど、私はもうそのはなしを聞いていなかった。
 今の会話にふと覚えた引っ掛かりの正体を手繰り寄せるため、記憶を反芻するという作業に入っていたから。

「あ? どうした。……おい。……その、まあ……ああは言ったが、おまえが買いたいなら別に50枚程度なら買ってきても……」

 不意に立ち止まった私の前で、視線を逸らせながらごにょごにょと宥める様子を見せる蛭魔くんが可愛い。
 なんて現状を認識したと同時に我に返り、急いで目の前に集中する。ああ、こんな蛭魔くんの姿を見逃していた数秒が惜しい。でも、今からでも遅くない。記憶のムービーカメラで、この可愛い姿をしっかり撮りきらなければ。

「そりゃな……一攫千金と言うにゃあまりに無謀だし、馬鹿馬鹿しいが、まあ……実際1万やそこらなら当たるしなぁ。……おまえの思うように……っておい、なんて顔してやがる!」

 おっと、視線が合わないことで油断していた。
 湧き上がる感動が、素直に顔に表れてしまっていたようだ。 

「チッ、少しでもおまえを気にかけた俺が馬鹿だったぜ」
「あら、私は珍しいものが見れてとても満足よ」
「……そうかよ。くそっ、じゃあアレだな、もう宝くじの話はいいんだな」

 ああそうそう。そもそも、それを思い出していたんだった。
 意味も無くパチンと指を鳴らして、蛭魔くんに向き合い、口を開く。

「宝くじ、うちにも有ったわ」

 すっかり忘れてたけど、連番で数枚あるのよ。
 そう言った私に、今度こそ本当に心底呆れ果てた顔が向けられた。
 何で忘れてんだよ。そうね、尤もだと思うわ。


  ***


「これこれ! じゃじゃーんドリームジャンボが20枚!」

 ひらひらと紙をチラつかせるものの、今日のにゃんこくんはじゃれてもくれないらしい。

「ねえ、ちょっと。もう少しいい反応してよねー。ほらほら、一攫千金への切符よー」
「……買ったことすら忘れているような糞アル中が、よく言うもんだな」

 言いながらも束を受け取ってくれた蛭魔くんは、けれどもぱらぱらとめくってすぐに興味を失くしたように放り投げてしまった。こら、そう雑に扱ったら当たるものも当たらなくなるぞ。言ってから気が付くが、これは盛大なブーメランだ。

「ちなみにこれね、買ったんじゃなくて特典なのですよ」
「あー?」

 相変わらず興味無さそうだけれど、ちゃんと耳は向けてくれている。

「地元の銀行がね、宝くじを特典にした定期預金ってのをしていてさ。それのなの」
「……買ってすらいねぇのかよ。つーか、宝くじ欲しさに貯金ってばっかじゃねぇのか」
「えー、夢があっていいじゃない! 1年で60枚だよ、当たったら儲けもんだよ!」
 3年契約なので、トータル180枚。夢は膨らむね!
「一応聞いてやる。それで? お前の賞金の最高額は、いったい幾らだったんだ?」

 おーっと、それを言うのはなかなか辛いものがあるよ。
 さりげなく視線を外して、なるべくあっさりと聞こえる様にと気を付けて口に出す。

「まあ、ざっとツーコインってとこかしら……」

 連番が20枚。500円玉と100円玉のツーコイン。要は、末等のみってことである。
 蛭魔くんが呆れを通り越してもはや憐みの目を向けてくるのが、地味に悲しい。……そこはさぁ、いっそ笑って頂戴よ。

 淹れたての緑茶をテーブルに置き、そのまま座って、蛭魔くんの固い肩に身体を預ける。

「……やっぱりさぁ、当たらないのかなぁ」
「まあ……そんなに夢が欲しいなら、割り切って買えばいいだろ。酒1本を我慢すりゃ、ワンセットだ」
「あー……そう言われると、お酒の方を買っちゃうなぁ」

 至極当然のように出た結論には、蛭魔くんが苦笑いで応えてくれた。
 ついでに、くしゃりと頭を撫でてくれるのが気持ちいい。
 あーこれいいな、このまま上手く身体を倒していって膝枕に持ち込めないかな。

「なら、せいぜい喜べ。今回は最高金額だぜ」

 囁かれた声の意図が解らないまま、んー? と声を漏らす。

「その束。末が1枚と、3000が1枚だ」

 ぽわーんと緩んでいた意識を揺らす声に、慌てて身を起こす。

「え!? 3千万!?」
「馬鹿かおまえは! 3千円だ! さ・ん・ぜ・ん・え・ん!」

 ああ、だよね。
 まあ、でも、うわぁ……凄く、嬉しい。

「っていうか、え、ひょっとして当選番号、全部覚えてるの!?」

 しかも買っても無いくせに!

「知ってるか? 馬鹿みたいに買う奴らがいるってのにな、換金されてねぇ当たりが多いんだよ。つまり、おまえみたいに買ったことに満足してる奴が多いってことだ」

 狙うは、当たるかもしれない1枚ではなく、当たっている1枚ということか。
 でもさあ、たまたま当たりくじに遭遇する機会なんて、一体どれほどの確率でしょうか。

 うーん。なんか、私を馬鹿にしたくせに……実はとんでもなく、この子ってば夢見がちじゃないか?



(2014.04.26)
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