■ ・エピローグ

「ていうかなまえさぁ、食費が厳しいんでしょうが。しかも原因がはっきりしていると。なら、いくら他の支出を見直したところで、結局はその食費のところを削るしか無いでしょうが。あんたいつの間にそんなに頭悪くなったの」

 いつもどおりのお昼時。学食のテーブルで持参のお弁当を広げる私に、限定ランチの友人が辛辣な一言を放った。ちなみに本日の献立も夕飯を詰め直したものだったりする。

「うー、まあ、そうなんだけどさー。でも正直なところ削れるとこが無くてさー」
「……だいたい、前からこだわり過ぎじゃないかと思ってたけど、最近特に酷くなってない? なによ有機とか無農薬とか国産とかお取り寄せとか」
「いや、あの、あくまで基本は地産池消なのよ! でもたまーにお取り寄せしたくなるだけで……」

 そこは全力で訂正しておく。昨日も段ボールが届いたけど、あれはたまたまだし。

「……いや、お取り寄せだろうが地産地消だろうが、それはいいの。でもあんたのことだから、どうせお酒も控えてないんでしょうが。全方向に悪化しといて、エンゲル係数に表れないわけが無いじゃない」
「なんかさー、いいものを食べさせてあげたいじゃないかー」

 無論、高いものが「いいもの」と言いたいわけじゃ無い。
 けどやっぱり、みりん風調味料と、糀(こうじ)と焼酎で作られたというみりんは味が違うし。
 そしてどうせなら、混ぜものの無い古くからの製法の醤油の方が、使っていて気分が盛り上がる。
 そりゃ、駅前のスーパーは鶏肉と豚肉がいつも安くて、輸入牛肉だって結構安売りしている。
 けれど、近所のスーパーはお肉が圧倒的に美味しいし、野菜もなんだか新鮮な気がする。
 魚だって、結局は商店街の奥のあの魚屋さんが色々揃っていて、かつ捌いてくれる上に料理法も教えてくれたりして、お客さんが多いのも納得だ。たまーにおまけもしてくれるし。
 なんてことをうじうじと言いながらふと見やれば、心底呆れたという冷たい目が向けられていた。

「じゃあさ、お酒やめたら?」
「え、無理無理。お酒の無い人生なんてやってられないって!」
「……まあ、あんたみたいなのが居るから、うちの店も繁盛するんだけどねー」

 そういう彼女のバイト先は「全国各地のこだわりの逸品を集めた」が売りの、食に特化したセレクトショップだったりする。さすがにあそこは敷居が高すぎて、私の行動範囲には入っていないのだけれど。だって安めの調味料で800円越とかするし。まともにあれこれ買おうとしたら、あっという間に諭吉さんが飛んでしまう。
 なんてことを話している内に、昼から出て来たもうひとり加わった。女が3人寄ればなんとやら。ゼミの課題に先輩へのお祝いの品にと話題が尽きることなく、あっという間に昼休みが過ぎていく。これもまた、いつものことだった。


 なんてやりとりから、数時間。


 今日も今日とて、夕飯の用意をしながら料理酒にしている日本酒を舐めていると、ピンポーンとチャイムが来客を知らせる。
 なんだろう。この時間は蛭魔くんはまだ学校の筈だし、回覧板も先日あったばかりだし、通販は何も頼んでいないし。
 新聞の勧誘や怪しい職種の人たちは、数回蛭魔くんが出てからぱったりと姿を見なくなったしなあ。

 首を傾げながら玄関へと向かえば、慣れた声が聞こえてきた。
「すみませーん、シロネコでーす」
 門の所に、いつもおにーちゃんがニコニコと荷物を持って立っている。
「はい、苗字さんへお届けものでーす」

 そう言って掲げられた大きな袋は、やっぱりこれっぽっちも覚えがない。
 が、そんなことを言ってもうちに来たものなのだから、受け取るしか術はない。なんてことを言うと、また詐欺の可能性がとか怒られるんだろうけど。
 とりあえずサインをして、愛嬌たっぷりに去って行くおにーちゃんを見送って、それから置かれた大きな茶色い袋を覗き込む。

「なになに……えっと、お米屋さん? 品名は……え……ええ!!」

 慌ててよくよく見直すも、書かれた文字はやっぱり変わらない。送り主は、知らないお米屋さん。けれど、品名は覚えがあり過ぎた。

「『蛭魔妖一様より、魚沼産コシヒカリ10キロ』って……さすがにちょっと、聞いてないんだけどなぁ」

 何かの間違いと疑うよりも、蛭魔くんの性格を考えればこの備考欄のとおりなのだろうと納得する方が簡単だ。
 にしても、彼氏からお米が送られてくるこの状況ってどうなのさ。できれば今すぐにでも電話して確かめたいところだけれど、練習中に邪魔するのは気が引ける。
 いやいや、あと数時間でうちに来るんだから。ならばその時に確かめればいいだろう。
 ……どうしよう、それにしても、魚沼産か……美味しそうだなぁ。どうしようかなぁ、確認するより先に、今日はこれを炊いちゃおうかな。どうせ、一緒に食べようってことだろうし……。


  ***


「よう」
「あ、いらっしゃい蛭魔くん。でもって、お米ありがとう!」

 抱き付いて、お米がさっき届いたと伝えれば案の定、機嫌のよい返事が返ってきた。

「ケケケ、もう届いたか。そろそろ無くなりそうだったからちょうどいいだろ」
「言ってくれたらよかったのに。本当にびっくりしたんだからねぇ。しかも、銘柄が銘柄だし! かの魚沼産、噂には聞いていたけど、まさかお目に掛かれるなんて……」
「ハッ、おまえが買わなそうなのを選んだだけだ……毎日、飯だなんだと世話になりっぱなしだからなぁ」
「ありがとう。でね、それはそうと……本当に、嬉しいんだけど……」

 喜びを表しながらも、けれどもやっぱりこういうのは困ると言おうとする私に気付いたのか、蛭魔くんの瞳がわずかに揺れる。そして、それに構うことなく勢いで口を開こうとした私を制した。

「つーか、なぁ。さすがに、前より頻度も増えたわけだし。全部世話になるわけにはいかねぇっつーかな、食費くらいは受け取ってもらえねぇと俺の方が気不味いわけだが……」

 ぽりぽりと頬を掻いて言いにくそうに口にされた言葉は、私の先手を打つものだった。

「へ?」
「だからなぁ、おまえもよ、こんだけしょっちゅう飯用意して風呂用意してってやっといて、それで『高校生からお金なんてもらえない』とか言いやがるの、いい加減やめろってんだよ」

 蛭魔くんにしては珍しく、視線も合わせずいっきにまくしたてている。

「大体、そこらのガキみたく小遣いなんかじゃねぇ、俺が俺の力で稼いだ金だしな。それにおまえだって、定職があるわけでもねぇ『ただの学生』だろうが。加えて、量も圧倒的に俺の方が食うんだぜ? 遠慮するとこじゃねぇよ」

 ……最近言わなくなったのは、諦めたんじゃなかったのか。
 そこまで気にされていたとは思っていなかったのと、いつも以上に饒舌な蛭魔くんと、二重の意味で驚いている私はただぽかんと見つめるしかできない。

「言っとくが、『囲う』とかそういうことじゃねぇからな。言うなれば……そうだな、割り勘ってやつだ。ほら、お前だってそれなら文句ないだろう?」

 私の主張を先回りして潰していく口から、ついにとどめの一言が投下される。

「お前、家で会って飯食うのも"デート"だって言ったよな。なら、好きな女とデートして、毎回毎回奢られっぱなしってのはなぁ、男として気分いいもんじゃねぇんだぞ」


 ……ああもう、ここまで言われちゃ仕方がないかなぁ。ていうか、そうだよなぁ蛭魔くんだもんなぁ。
 なんともあっけないことだけど、こうして……とりあえず食費の心配はなくなりました。



(2014.04.27)
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