■ ・すべての基本はきっと米

「……つくづく思っていたが……おまえって、やっぱりかなりの馬鹿だろう」

 どうよこれ素敵でしょうと胸を張って紹介したら、この反応だ。まったく、甲斐が無いにも程がある。
 めげることなく、はぁと息を吐き出して台所に鎮座する白い機械をポンポン叩く。

「ふふふ、蛭魔くんってばまだまだ甘いわね。主菜副菜は確かに大切よ。けれど、やっぱり食事の基本はお米なんだから。どんなに美味しいおかずでも、お米が今一つなら感動は半減! だから、そう! 美味しいごはんの為に、この子をうちに呼んだのですよ!」

 そしてなんとなんと、この子を使えば分づき米だってワンタッチでできちゃうんだから!
 なんて声高らかに紹介を続けてみるも、蛭魔くんの表情は相変わらずだ。もはや馬鹿にする気力も失せたと言うような、力の無い瞳でこちらを見つめた後でぼそりと呟く。

「つーか……ひとり暮らしの女が、精米機を買って喜ぶってどんなだよ」
「だから、それが偏見なんだって。凄いんだって精米機って」

 実は結構前からこの家電が欲しくて、どの機種がいいのかあれこれ情報収集していたのだ。
 毎日がそうでないとしても、そこそこ頻繁に一緒にご飯を食べるのだし。
 そして同じ食べるのなら、少しでも美味しくて、栄養価の高いものを食べさせてあげたくなる……というのは、惚れた弱みと言うかなんというか。まあ、そんなことはいいとして。

「今日のごはんはさっそくこの子で用意したからさ、まあとりあえず食べてみてよ」

 納得いかないという様子の蛭魔くんの背を押して、食卓へと場所を移す。


 座った蛭魔くんの前に、いつも通りに大皿と複数の小鉢を並べて、最後にごはん茶わんをどんと置く。
 盛られたごはんを怪訝そうにまじまじと眺める姿が、猫っぽくて可愛い。なんて言ったらまた臍を曲げてしまうだろうか。

「……なんか、黄色いぞ」
「七分づきだからね。選べる中では一番白米に近い精米具合だから、結構食べやすいと思うけど。で、これがいけるようなら、次の段階はもっと残した五分づきってやつ。まあ玄米食まで目指すつもりは今の所無いし、今後は五分と白米を混ぜてとか、様子を見ながらあれこれ好きな具合を探して、っていう感じで思っているんだけど。ねえ、どう?」

 わくわくと見つめる先で、ゆっくりと箸がごはんをつまむ。
 そして形のよい唇が開き、箸が吸い込まれ……数回の咀嚼の後、ごくりと嚥下して蛭魔くんが口を開いた。

「……まあ、食えなくも無いな。別にうまいとも思わねぇけど」

 少々拍子が抜けたような顔で言って並ぶお皿へと箸を伸ばしていく姿は、もうすっかりいつもの食事風景だった。


  ***


「じゃあ、しばらくはこの七分でやってみるね。ああ、やっぱり白米よりはちょっと固めになるから、いつもよりよく噛んだ方がいいみたいよ」

 先に試した私としては、五分づきでも美味しく頂けたのだけれど、まあそこまでしなくていいだろう。数回食べて、やっぱり白米の方がいいと蛭魔くんが言うのなら白米モードのままでもいいし。
 だって元々は、美味しいお米が食べたくてという希望があっての、その上での精米機購入という選択なわけだし。
 でもって次は、肝心のお米選びが待っている。好みに合う銘柄をあれこれ試してみなくては。

「おいなまえ、なに笑ってんだよ」
「ああ。いやあ、次のお米はどこの何を買おうかなぁとね」
「……あの米じゃだめなのか」

 というのは勿論、以前に蛭魔くんが買ってくれた魚沼産コシヒカリのことだ。
 そりゃあ、あれは本当に大変に美味しかったけれど、なんか、やっぱり勿体ないというか……落ち着かないというか……。あと、自分で選ぶとなると、やっぱりもっと楽しみが欲しいわけですよ。おねーさんはさ、買い物を楽しみたいのですよ。
 というようなことを軽く口にすれば、蛭魔くんは気分を害した様子も無くケッと小さく笑った。実はこれは、結構機嫌がいい時のくせだ。

「まあ、とにかくそんなことでさ。せっかくこの日本全国あっちこっちでお米が作られているわけだし、あれこれ試したいじゃないの」

 お米という商品柄、そして流通の仕組みにより、単純な産地と銘柄だけでなく販売店自体も重要な要素になるのが米購入の醍醐味だ。さらには生産者表示ありの、こだわり米まで視野に入れれば……もう、選択肢は無限大。
 おまけに、毎年の出来が確約されているわけでは無いし、その上農作物らしく「新米」という旬もある。
 ああ、なんて奥の深い世界だろう。いつどこで何を選んで買うかという選択の楽しみを想うだけで、胸がときめく。
 そりゃ基本的には地元米を応援したいけれど、このときめきの前には地産池消のこだわりも霞んでしまうと言うもので……。

「おいこら、米で興奮しすぎだ」

 おおっと。蛭魔くんのつっこみで現実に引き戻される。

「つーかおまえ、食い物に関しては変なとこでこだわるよなぁ」
「おや、嫌だった?」
「別に、偏執的じゃねぇし健康オタクって程でもねぇからいいけどな。ただまあ、学生のひとり暮らしでこの食生活ってのは、なかなか珍しいんじゃねぇかと思うんだが」

 ……そうかなぁ……あーでも、そうかもしれない。
 まあ、蛭魔くんがご覧の通りのスポーツマンなので、ちょっと責任感も持っちゃったりして、その筋で有名な先生とか友達にあれこれ訪ねたり、多少それ系の本を読んだりして取り入れていることはあるけれど……けれど、勿論それだけではない。
 多少メニューや調理法に気を使っているところはあるけれど、付き合う前の食卓から大きく変わったところと言えば、実はそれほどないし。

「あー……まあ、家に居た頃から、結構和食というか出汁文化の食卓だったからねぇ。それに、なんていうか……慣れてるってのもあるんだろうけど、こういう食生活をしていると身体の調子がいいのよねぇ」

 うん。やっぱりこれが大きい。寒かったら熱いもの、暑かったら冷たいものを作って食べると、夜もゆっくり眠れるし。
 だって以前の恋人の影響で外食……というか居酒屋とかファストフードが続いた時なんて……と、あの頃の不調を思い出す。うん、あの頃は酷かった。反射で選ぶからどうしたってメニューが偏るんだよなあ。
 それに比べて今は自分で言うのもなんだがお肌もすべすべだし、髪も爪もぴかぴかだし、なにより疲れにくい気がするし、そういえば風邪らしい風邪もここのところ引いていないし。

「ああ、つまりそこでバランスを取ろうとしているわけか」

 なるほどなと頷いて勝手に納得してくれるけれど、私には蛭魔くんの声が示すものは全く解らない。
 いったいなにが「ああ」で「なるほど」で「バランス」なのかと、首を傾げながら蛭魔くんの顔を見る。

「おまえが体調不良なんて言ってみろ。真っ先に改善対象として挙げられるのは、お前の大好きなソレだもんなぁ」

 ニヤリと差された視線の先は、今度は確かめるまでもなかった。
 私の手元の、甘い芋の香りを漂わせるグラスだ。

「……うっ。まあ、そういう考え方も出来るわね」



「……つーかおい、また新しい酒を買っただろ。そんな瓶、無かっただろうが」
「え、や、ほら、これはたまたま物産展で運命の出会いをして……」



(2014.06.02)
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