夜の瞼を閉じても君がいる


駅からシームレスに続いていたショッピングモールの中は、駅よりも盛大にクリスマスに浮かれ切っていた。クリスマスを祝うこの施設の中に一体どれくらいのクリスチャンがいるんだか。ベンチに座り、この時期にだけ登場する大きなツリーを見上げた。
「はい、恵ちゃんの分」
「……どーも」
よるさんから差し出されたコーヒーのカップを受け取る。津美紀の病院の近隣にもあるコーヒーショップのロゴだった。よるさんが俺から荷物を挟んで腰を下ろす。
「これで全部ですか?だいぶ回ったと思いますけど」
「うん、ありがと。みんなが言ってたやつ買えたし、わたしも目をつけてやつを買えた。恵ちゃんはなんもいらないの?」
「突然声かけられなきゃあったかもしれないですね。生憎ですが今は金も無いし気持ちも追いつかないんで」
「それもそうね。じゃあ先輩がひとつそんな恵ちゃんにお裾分けしてあげるよ」
さっき購入したばかりの袋をまさぐるよるさんのつむじを横目にコーヒーを一口飲んだ。
「はい、入浴剤。今日の夜にも使ってよ」
「……別にいらないですけど」
「わかってないなあ、願掛けだよ。これから呪術師やっていくなら運でもなんでも引き寄せなきゃ」
「必要ですか、そういうの」
よるさんが俺の手に入浴剤の袋を押しつけた。
「少なくとも、わたしは、その辺の呪いに恵ちゃんをあげるのはちょっと惜しいからさ」
「……また正式には先輩じゃないですよ」
「あのねえ恵ちゃん、そういうところだよ。可愛げも愛想もないね」
「なくていいでしょそんなもん」
それでも入浴剤を押し付けてくるから、俺はひとつため息をついて、通学カバンに仕舞った。にやにやするよるさんの視線がうるさくても、黙っているしかなくて少しだけムカついた。
「せっかくだし津美紀さんにお花とか見ていこうよ」
「今日これから病室行く予定はないんですけど」
「まあいくのは物理的に難しいか……そうだ、ならあれでいいんじゃない?プリザーブドフラワーとか」
「……プリザーブドフラワー?」
よるさんの言葉を繰り返す。あまり植物には詳しくないが、色と水分が抜けきったやつか?どっちにしても何もわからない。仕方ないか、とスマートフォンの検索バーにプリザーブドフラワー、と文字を打ち込む。画像に切り替えると、荷物の向こうからよるさんが覗き込んできた。見られて不味くはないが、なんとなく気になってよるさんを押し返す。
「……近いですよ」
手で抑えつけられたままよるさんがあっけらかんと答える。
「あ、マナーの方はいいんだ?」
「いやそれもどうかと思うんですけど、別に見られて困るもんじゃないんで」
「見られて困らないなら見ても良くない?」
「良くないですよ」
よるさんを片手で抑えたまま、画像に切り替える。ピンク、オレンジ、黄色、緑。想像よりも鮮やかな色彩が視界に入ってくる。小さな箱に詰められた物もあれば、いわゆる一般的な花束の形に整えられたものもある。大きすぎないから病室に置くとすると案外悪くないかもしれない。
「どう、結構良くない?」
「……まあ。俺はてっきりもっとこう、茶色っぽいやつかと思ってたんですけど、色鮮やかですね」
「恵ちゃんが考えてたのってドライフラワーじゃないかな」
「別物なんですか?」
よるさんの頭から手を離す。それから自分のスマートフォンを操作してから、ほら、と画面を見せてくれた。確かに最初にイメージ通り、色と水分が抜けた植物が写っている。
「そのプリザーブドフラワーってのとドライフラワー、何が違うんですか?」
「生花を長期保存するための加工っていう意味ではどっちも同じなんだけど、ドライフラワーだと水分を抜いちゃうから植物特有の色は見れないじゃない?」
よるさんが表示した画像を見ても、確かに色は抜けてしまっている。それはそれで悪くはないが、まあ、侘しいと言われればそうだ。
「恵ちゃんが好きなの選べばいいとは思うけど、津美紀さんが目を覚ました時、色褪せた花より鮮やかな花の方が嬉しいと思うよ」
「……なんでプリザーブドフラワーの方は色そのままなんですか?」
「ああ、なんかね、色が抜けないように薬品か何かで加工してるから色が綺麗って感じかな、ざっくり言うと」
「そうですか」
「お手入れは……あ、ほこり払ったりするだけだってさ」
ね、とよるさんが顔を出す。別に悪くはない、悪くはないが。
「別によるさんには津美紀のこと関係ないでしょ。俺の好きにやりますよ」
「それこそ別に強制してるわけじゃないんだからそんな邪険にしないでって」
「してないですよ」
俺の顔を見てもなにも面白いことがあるとが思えないのに「どうかなあ」と呟くよるさんはなぜか綺麗に微笑んでいた。色鮮やかな花。プリザーブドフラワー。保存する花。
「まあ今度考えておきますよ」
花なんて渡す柄ではない。ましてカタチに残る花などなおさら。


日が落ちて、あたりが暗くなってきた。また駅に立ち戻って、ずらりと並んだコインロッカーの前でよるさんが俺に鍵を手渡してきた。
「こういうのは自分で開けてくださいよ」
「いいからいいから」
こういう何か企んでいる時の口振りは五条さんとそっくりで胃もたれする。人気のないロッカーの前は静まり返っている。コインロッカーの鍵についている札の番号を確認する。経年劣化して薄い黄色になったセロハンテープの向こうに34の数字が見えた。
「宝探しみたいで面白くない?」
「俺が3歳なら喜んだかもしれないですね」
34、と心の中で唱えながらロッカーを探す。どういう並びなのかは一瞬ではわからなかったが、なんとなくのあたりをつけながら探した。
「冬至の日って、太陽が生まれ変わる日なの。ちなみにクリスマスも、元々は太陽神にまつわるお祭りらしいし、冬になると太陽が恋しくてたまらないみたい」
どこから仕入れてきたのかよくわからないよるさんの話に、はあ、と生返事を返した。34番のコインロッカー。よるさんから手渡された鍵を入れて回す。紙袋。そこそこ高い店の印字が見えて、すこし躊躇する。背後に立っているよるさんが「それで合ってるよ」と分かりきったことをいう。とりあえず紙袋をよるさんに渡す。ありがとう、と一言返して、また俺に差し出した。よるさんと紙袋。
「あげるよ」
あげる。よるさんの言葉を繰り返す。あげる?……よるさんが、俺に?
「…………どういう心境で?」
「なんていうの?渡すタイミングミスってさ」
「……はあ。まあ貰えるもんはありがたくもらいますけど」
中身を確認する。マナーが悪いとかなんとか津美紀に怒られそうだが、よるさんはそういうことを指摘するほど立派な人じゃない。
「どう?」
「いや……どうってなんですか。どうもこうもこれ、マフラーでしょ」
「あーあ、恵ちゃん、そんなんじゃロクなモテ方しないなあ」
「真っ当なモテ方ってなんですか?っていうか、まず、俺は別にモテたいとは一言も……」
よるさんは俺の持っていた袋からマフラーを取り出して、問答無用でビニールの包装を破る。それから、俺の首にマフラーを巻きつけた。ちょっと、なんていう俺の静止する声なんて聞いちゃいない。
「うん、似合うよ」
「はあ、どうも…………?」
「邪魔なら捨てててね」
首に巻き付いたマフラーを見下ろす。指でなぞる。柔らかくて温かかった。
「別に捨てませんよ。……言ったでしょ、貰えるもんは有り難く貰うし、使えるもんは使います」
光の加減で、黒く、また真夜中のように青く、それから白熱球じみた柔らかな暖色を映して深い緑のようにも見えた。よるさんの手をとる。もう一度ちゃんと手を繋ぎ直した。俺の手の中でピクリとよるさんの指が跳ねたが、それきりで、放されることもなく、引っ掻かれることもなかった。紙袋の底に小さな紙が挟まっているのが見えた。メッセージカード。
「感謝はしてますよ」
よるさんの字だった。差出人はよる、狗巻、乙骨、真希、パンダ。バランスを崩したかのようにねじ込まれた文字。それは全てよるさんの字だったから。
「って、乙骨先輩たちに言っておいてください」
「はいはい、伝えておくね」
それですよ、指摘したってよかったけど、やめた。その笑い方が下手くそだって言ってんですよとは言ってやれなかった。本当はそんなことが言いたいわけじゃない。何も言えないかわりに、よるさんの手を引いた。
「恵ちゃん、マフラー似合ってるよ」
「褒めてるんですよね」
マフラーを軽く緩める。限りなく屋外に近いとはいえ屋内でマフラーをしていると暑苦しかった。よるさんが形を整えるようにマフラーに手を伸ばす。
「褒めてるよ、その色見た時すごく恵ちゃんっぽいと思ったんだから」
「どうもありがとうございます……?」
よるさんは満足そうに「どういたしまして」と答えた。

「ね、最後にちょっとだけいい?」
「……今更何も言わないですよ」
「そう?多分恵ちゃんは最後まで文句タラタラんだろうな〜って思ってたんだけど」
いつもより小さい歩幅。いつもより遅い一歩。あからさまな引き伸ばし。よるさんはわかっているのだろうか。マフラーを巻いて、浮かれた様な荷物をたくさん持って。多分今の俺の姿はショッピングモールで飽きるほどみた『浮かれた人』でしかないだろう。
「それは被害妄想じゃないですか」
「あはは、そうかも」
繁華街から住宅地、住宅地から川沿い。よるさんの指示通りに歩く。また最初の様に勿体ぶった言い方で行き先をはぐらかす。橋に差し掛かってすぐ、よるさんが何を見たかったのかわかった。
長い並木道にピンク色の電飾が巻き付けられている。鮮やかというべきか、派手というか、ピンク色の彩色が眩しかった。
「これは……なかなか派手ですね」
白熱色でもなく、LEDらしい純粋な白でも、青色の発光ダイオードでもなく、真っピンク。果たしてこれがクリスマスらしいかと聞かれたら正直違うんじゃないか。と言ってしまいたくなるくらいのピンク。
「恵ちゃん何言ってんの。イルミネーションなんてどれも派手なものなんじゃない?」
「ああ、駅の装飾とかすごいですもんね」
「電飾ついてるここの木は全部桜なの。春になるとすごく綺麗でさ」
ピンク色の派手なイルミネーションに照らされたよるさんの顔が綻ぶ。止められないというように綺麗に微笑んだ。
「春になったら恵ちゃんも見に行きなよ」
まるでノルマの様に突き放される。するりと俺の手の中からよるさんの手が抜ける。逸れる心配がないね、なんてつづけそうな横顔だった。
「……その時はよるさんも付き合ってくださいよ。今日こんなに付き合わせたんですから」
「仕方ないじゃん。恵ちゃん大人しくわたしにイルミネーション観に行かない?って言われてハイハイついてくると思う?」
「……行くかもしれないじゃないですか」
「えーそんなのじゃわたしのこと好きって言ってるようなもんじゃない?そんなのさあ」
「ひねくれた呼び出しでも応じますけど、今度は直球で呼んでください。どっちでもどうせ行くならわかりやすい方が助かります」
「恵ちゃん」
よるさんを直視できなくて、風で揺れる川面を見ながら「なんですか」と答えた。今年一番の寒さという天気予報はあたりだったらしい。よるさんの体温はあっという間に風に持って行かれた。
「恵ちゃん、君のそういうところは非常に好ましいよ」
「そうですか」
「うん、すごくかわいいね」
「馬鹿言ってないで帰りますよ、綺麗だけどあんま見てても代わり映えないし」
「うっわ……恵ちゃん、リアリストすぎてつまんない。知ってったけどつまんないね……」
誰かに勝手に自分の領域を踏み荒されて笑っている奴がいたら、そいつは正真正銘の馬鹿か、お人好しだ。そのどちらにもなりきれない俺は、自分を侵食してくる人が好きになれない。センスの悪い、居酒屋のネオンみたいなショッキングピンクの光に照らされたよるさんの邪気のない微笑みだけが嫌いになれなくて。
「そういうよるさんは自分のことロマンチストだとか思ってんですか」
「恵ちゃんよりは適性があると思ってんだけど」
「どっちもどっちって言われるでしょ」
「あ、そこのカフェ行きたい」
よるさんが俺の冷えた指先に触れて、冷たいね、と笑う。あまりにも当然すぎて、本気で馬鹿なのかと思ったが、この人にそういうものを求めるべきではなかったことを思い出して、目を伏せた。
中は言ったんですから手を離してくださいよ。落ち着いたクラシックを流すカフェの雰囲気に押されて、指を振り払えない。黙ったまま案内されて、テーブルに腰を下ろす。ちょうど隣の窓から川のイルミネーションが見えた。
「遠くから見ると悪くないもんですね」
「ああ、それはちょっと思った。月とか星と同じ原理なのかな……でも、そんな数百キロも遠くないのにね、不思議なこともあるよねえ」
よるさんが手をあげて店員を呼び止める。
「フルーツティーとフレンチトーストをひとつ、恵ちゃんはどうする?」
メニューを開いて、よるさんが思い出したかの様にあ、と呟く。
「ちなみに最後はケーキ屋寄って帰るから。ここで食べるなら軽食にしなよ」
今いうか、という言葉を飲み込む。店員の前でご競り合いは見苦しいというのはわかっている。
「……ブレンドコーヒーお願います」
はい、かしこまりました。そのまま注文を復唱する店員に頷き、背中を見送る。
「よるさん、さっきのイルミネーションが最後って言ってませんでした?」
「ええ、何。恵ちゃん、さっきの熱烈な告白はジョーダンだったの?」
めんどくさ。顔に出たのか、よるさんが楽しそうに俺の眉間に触れた。シワを伸ばすようにぐりぐりといじってくるから、その手を振り払う。
「本当に今日はとんだ1日なんですけど……」
「あはは、そんなこと言っちゃって。今日は恵ちゃんの誕生日なんでしょう?」
あっけらかんと答えるよるさんに面食らった。
「……よく、知ってましたね」
「一昨日くらいかな〜悟からチラッと。そういうわけでほぼ事前準備ゼロだから、まあかなり適当だけどひとりよりはマシかな〜と」
「まあ……ひとりよりはマシだったかもしれないですね」
どんな表情をしていても多分よるさんにやかましく口出しされるのは明らかだったから、俺は、外を見ているふりをした。ピンクの鮮やかな桜並木。春と冬に違うサイドでピンクを纏うらしい場所。確かに、少しだけ春を想像するのは悪くない。たまにはよるさんも意味のあることを言うらしい。
「誕生日からクリスマスを孤独に過ごすなんて15歳の恵ちゃんにはキビシーだろうからね」
「馬鹿にしてます?」
計ったかの様に注文したコーヒーと紅茶とフレンチトーストが到着する。一時休戦。よるさんの頼んだフルーツティーの香りがふわりと広がる。余裕そうに紅茶を一口飲む。
「恵ちゃん、そんな怖い顔しないで笑っててよ」
「誰がそういう顔させてると思ってんですか」
「ひどいなあ。フレンチトーストあげるから許して、ほら」
フォークで一切れを指して、俺の口元に寄せてくる。それでチャラになるほど簡単ではないが、もらえるものは貰うと言っただけに後に引けなかった。よるさんの差し出すフォークの先を食べる。うれしそうな、いや、愉快そうに笑うよるさんのほうを無感情に眺めつつ咀嚼する。
「お誕生日おめでと、恵ちゃん」
「…………どーも」

22.12.22