不死身のうた
一度だけアイツの部屋に入ったことがある。寮の間取りなんて変わるわけもない。どっかの金のかかった私立学校ならともかく、常に定員割れ、片手で足りる程しかいない呪術高専で、立派な設備があるわけもない。というか、あってたまるか。それでも、よるの部屋は私の部屋より広かった。もちろんそんなものは錯覚で、純粋に物が少なかったからだけど。
必要最低限。生活感は床に転がるミネラルウォーターのストックと机に散らばった書類、起き抜けの乱れた状態のまま放置されたベットくらいだった。
「真希、これあげる」
よるはいつも突然だ。もうすっかり慣れたから特に責める気はない。けれど、あの部屋の殺風景が頭に過ぎた。でも、よるの手から差し出されたものを受け取った。前に、そう決めていたから。でも金色の細長い筒を手渡されたあの一瞬は少し困惑した。
「あ、言っとくけど使ってないからね、そのリップ」
よるのきれいにまるく整えられた爪先が私から遠ざかった。アイツの爪の色は少し青黒い色をしていた。血の巡りの悪い色。
「そりゃどーも」
私が適当に返した言葉によるは声も出さず笑みの形だけを作った。用事を終えてよるはすぐに自分の部屋に戻った。私はアテのない筒を弄んで、一回だけキャップを取った。鮮やかな赤。春の空気を吸いこんだ風はなんとも言えないくらいに生温く、私はひとり夜を眺めた。これを渡しにきた馬鹿な友人のことを思いながら。
白痴のように、何度も繰り返す愚かな友人。なかったことにするなら初めから手に入れなければいいと思う。でもそういうわけにいかないから、私はこうしてアイツにずっと付き合ってやる。
冬の深まる真夜中だった。後始末くらいには付き合ってやるからさ、いつか、行きたかったところくらい教えろよ。
23.01.30