「信介は、進路どうするん?」
「……急になんや。」
「そう? なんかちゃんと話したことなかったなぁと思って。」
そう話す彼女の手にはジャガイモの袋。
数袋吟味した末に選ばれたモンがカゴに入り、満足げな彼女をみて、自然と頬がゆるんだ。
あれから再度寝こけてしまった俺たちは急いでシャワーと昼食を済ませ、夕飯の材料を買いに近所のスーパーへ来ていた。
夕方のスーパーは想像以上に混んでいて、天音は人混みを縫うようにキビキビと目的の売り場を巡っていく。
俺はカートを押しながら、彼女に置いていかれんように付いていくのがやっとやった。
「進路は、正直まだ迷ってる。」
「え、この時期に?」
「うん、まあ……まだな。」
「……私も実は、決めきれてないんだけどね。」
彼女が一瞬視線を落とし、真剣な表情になったのを見て、俺も自然と気が引き締まった。
あと半年で卒業。
大学に行くならセンター試験までは数ヶ月や。
進路について話すには、もうギリギリのタイミングかもしれへん。
「……進路な。」
ぽつりと呟いたその言葉は、スーパーのざわつきに紛れて、天音の耳には届いていなかった。
「あ、信介!お肉タイムセール始まってる!急ごう!」
楽しそうに指差す先には、タイムセールの看板と人だかり。
こんなに肉のタイムセールで喜ぶ女子高生、他におらんのちゃうか。
俺はちょっと笑いながら、彼女の後を追った。
*
「ほな、帰ろか。」
タイムセールで手に入れた牛100%の挽き肉をバッグに詰め、店を出る頃には、天音はご機嫌そのものやった。
少し重たいエコバッグを肩にかけ直すと、反対の手を天音が引いてきた。
その手を軽く握り返すと、彼女は嬉しそうに笑った。
「重くない?大丈夫?」
「大丈夫や。これくらいなんともない。」
「ふふ、ありがと。信介、頼もしいなぁ。」
外に出れば、夕陽が傾き始めていて、天音の黒髪がオレンジ色に照らされていた。
それがほんまに綺麗で、一瞬だけ時が止まったような気がした。
繋いでいた手を緩め、細く綺麗な指に自分の指を絡める。
ピクッと反応した後、すぐに彼女はふわりと微笑んでくれた。
「……俺な、婆ちゃんの畑、継ごうと思てる。」
静かに、言葉を紡いだ。
「おばあちゃん、農家さんだったんだっけ?」
「せや。ここ数年はもう体力的に何も作ってへんけど、畑も機械も、残ってるんや。誰も継いでへんしな。」
「そっか……。」
天音は顎に手を当てて、何か考えるように黙り込んだ。
少しだけ、不安が胸をよぎった。
正直天音がなんて思うか少し怖かった。
婆ちゃんがいるとはいえ、農家の知識なんて0やし、上手く職としてやっていけるのかもわからん。
失敗して、大学行っときゃ良かったな…って後悔すんのもイヤやし、誰かにそう思われんのももっとイヤやねん。
けど、そんな俺の不安なんて一瞬で掻き消すのが女神様だった。
「……良いと思う。うん。すごく、良いと思う!」
予想外の言葉に、俺は目を見開いた。
「……反対、せえへんのか?」
「なんで?めっちゃ素敵やん。信介に合ってると思うし、私も手伝える事あればやるし!迷ってるくらいやったら、やってみた方が絶対えぇって!」
まっすぐで温かいその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……天音、ありがとう。」
気がつけば、繋いでいた手を引き寄せて、彼女の身体を抱きしめていた。
「えっ、ちょ、信介!?ここ外やで…」
耳元で焦った声が聞こえる。
それでも俺は、あたたかくて優しい彼女を、しっかりと抱きしめていたかった。
「信介、私が反対すると思たん?なんや、信介らしくないなぁ。」
くすくすと心地のいい笑い声が耳元で聞こえて、ひどく安心した。
それに、彼女が将来を当たり前の様に隣にいてくれる前提で話をしてくれたのが、俺には何より嬉しかった。
「天音がそばにおってくれるなら、何でも乗り越えられる気がするなぁ。」
その言葉に、彼女は黙って笑ってくれた。
……けれど。
この時、天音の顔に一瞬影がさしたんには気づかへんかった。
それに、俺が口にした言葉が、彼女にとって大きな悩みの種になるなんて──
そんなこと、これっぽっちも思てへんかった。
第2章は進路決まって卒業で終わりかなぁ。