「あっ、花ちゃん、おはよう。」
「ん、出久……おっはよ〜……」
今日は休日。
朝から信じられないくらいの快晴で、陽射しはすでにじりじりと肌を焼くほどだった。
そんな中、ランニングから戻ってきた僕が寮に入ると、エレベーターの方からのそのそと歩いてくる人影が見えた。
背伸びしながらあくびをするその姿は、どこか無防備で――
なんとなく誰かわかっていたけど、やっぱり花ちゃんだった。
大きめのTシャツにゆるい短パン。
顔の半分が隠れるような黒縁の伊達メガネ。
これは偶に見かける、花ちゃんの休日モードだ。
「ふわぁぁ……」
眠たそうに目をこすりながら、フラフラと僕の方へ寄ってくる。
その仕草がなんだか、小動物の寝起きみたいで……つい、口元がゆるんでしまった。
でも、次の瞬間。
「……っ!」
花ちゃんは、そのまま僕の肩に額を預けて、ぴたりと動かなくなった。
「わっ、ちょ、ちょっと……だ、大丈夫?」
花ちゃんは、昔から朝にめっぽう弱い。
小学校も中学も、いつもギリギリまで寝てて、遅刻ギリギリの常連だった。
途中から、かっちゃんが毎朝のように起こしに行ってたって聞いたけど……。
「んんっ……い〜ず〜く〜……」
僕の肩にぐりぐりと額を押しつけてくる花ちゃん。
いや、それ痛くないの?
むしろ僕が心配になるくらいの勢いだった。
「花ちゃん、ちょっと……って、ぶふっ……!」
そっと彼女を引き剥がしてみると、やっぱりというか……前髪はぐちゃぐちゃ、そして額は真っ赤だった。
「もう……女の子なんだから……」
ふわふわした髪をやさしく撫でながら、前髪を整えてあげる。
すると花ちゃんは、へへっと気の抜けた笑顔を浮かべて、ちょっと照れたように目を細めた。
その笑顔に釣られて、僕の顔も少し熱くなる。
――そういえば、幼稚園の頃。
僕、初めて人を好きになったんだ。相手はもちろん、花ちゃん。
でも、今も彼女へ向ける気持ちが“恋”かって聞かれたら……正直、わからない。
かっちゃんが花ちゃんのことを本気で想ってるのを知った時から、僕は2人のことをなんとなく応援してきた。
花ちゃん本人は、全く気づいてなさそうだけど……。
それにしても……。
最近のふたりは、幼馴染以上の何かに見えるような、見えないような。
分からないけど、2人が一緒にいるとしっくりくる。
「……出久、汗くさ……」
「えっ!?ご、ごめんっ!走ってきたばかりだからっ!あの、すぐシャワー浴びて――」
慌てて距離を取ろうとした僕の腕を、花ちゃんが急に掴む。
「ぷぷっ。うっそ〜。出久はいつも良い匂いだよ。」
にっと笑う顔。わざとらしく意地悪そうな声。
その無邪気な悪戯に、思わず僕も「なんだぁ……」って胸をなでおろした。
そしてふと、花ちゃんの頭の向こうに見えるエレベーターが開いた。
だれかと思えば、噂の(僕が勝手にしているだけかもしれない)かっちゃんだ。
彼はこちらに気付いた瞬間、眉間に深いシワが刻まれて、ギュンとした勢いでこっちへ歩いてきた。
「……ぁ……か、かっちゃ……」
僕の体はカチコチに固まった。
花ちゃんは僕に向かって何か話していたけど、全く耳に入らない。
「でねでね、その時勝己ってば―― いだだだだっ!?!?!?」
次の瞬間、花ちゃんの後頭部をガシッと掴んだかっちゃんの手が見えた。
「クソ花、俺がなんだって?あ“ぁ”?」
「いだだだだだっ!!なにすんの!!勝己やめろ〜!!出久ぅ〜〜!!助けてぇぇ!!」
「か、かっちゃんっ!ちょっと!花ちゃん嫌がってるってば!!」
「うるせぇ!てめぇも花と手繋いでんじゃねぇ!!殺すぞ!!?」
「いや!え!? ちがっ……手繋いでたわけじゃ……ないし……!」
と、言った矢先、花ちゃんがぱっと僕の腕から手を離した。
「もうっ!!痛いってば!!」
「はぁ!?その格好でウロつくなって、何回言わせんだよバカ!!」
「は?何それ、親でもないくせにうるっさ!いだだだっ!?!ちょ、耳ぃ!!」
思わず言い合いになるかと思いきや、かっちゃんはそのまま花ちゃんの耳をつまんで、ずるずるとエレベーターへ引っ張っていった。
「出久ー!!見てないで助けろぉー!!!」
「えええぇぇ……ご、ごめんねぇぇぇ……」
助けたかったけど……
あの状態のかっちゃんを止める勇気は、さすがになかった。
でも、あれがかっちゃんじゃなかったら、きっと僕はちゃんと止めてたと思う。
だって、かっちゃんは誰よりも花ちゃんのことを大事にしてる。
きっと、強引でも彼なりに考えがある優しさなんだと、僕は知っている。
「あ……そういえば、轟くんとはどうなったんだろう……」
タイミングがあえば聞いてみようかなと思っていたのをすっかり忘れていた。
……過去にも花ちゃんに近づこうとした人はいたけど、いつもかっちゃんが壁になって終わっていた。
でも、今度の相手は轟くん。
たぶん、かっちゃんも、今までみたいにいかないってわかってる。
まぁ。僕としては、花ちゃんがいつもみたいに笑ってくれてるなら、なんでもいいんだけど……。
幼馴染だからね、3人だけでのシーンをちょっと書いてみたかった。です笑