「天乃、大丈夫か?」
「うっ……大丈夫、だと思う。」
今日の実戦訓練は、初めて天乃とペアを組んだ。
天井から瓦礫が何度も落下してくる中、救護対象を見つけ、安全地帯へ運ぶという内容だ。
幸い、救護対象だった上鳴と緑谷はすぐに発見できた。
ただ、天乃の力では男2人を運ぶのは難しい。
だから、運搬は俺が担当。
落ちてくる瓦礫の回避や進行の邪魔になる物体の排除は、天乃が引き受けた。
役割分担としては、悪くない判断だった。
ただ、想像以上に瓦礫が多い。
天乃の個性の技、「星座:たて座」は、その名の通り俺たちの頭上に盾を展開している。
だが、その盾にはいま、はっきりとヒビが入っていた。
彼女の個性の詳細は把握していないが……
どうやら、使用している星座が損傷すれば、天乃自身にも何かしらの負担がかかるようだ。
事実、彼女の鼻筋からは赤い血が一筋、静かに流れている。
「花ちゃん、本当に大丈夫?」
俺に抱えられながら、緑谷が心配そうに声をかけてくる。
気絶してるフリをしていなきゃいけない場面なのに、つい声をかけてしまうあたり緑谷らしいと思ってしまった。
「うぅ……本当は、口の中まで血が広がって鉄臭いし、最悪……。ほんっっっと、毎度毎度!どうやって準備してんだよ、この実践訓練場は!」
額にうっすら筋を立てながら、天乃が怒っていた。その顔は、見ていてもかなりきつそうだった。
「天乃、替わるか?」
「はあ? 今さら替わるとか情けないし、変わるタイミング考えるほうが面倒!!」
思わず、言い返された俺は少しだけ眉をひそめた。
そして怒鳴られたという事実に、無意識に身体がフリーズしかける。
「ぷっ……ははは! 天乃って意外とガッツあるよなぁ!」
ついに上鳴も、黙っていられなくなったらしい。
ゴールまで、あと少し。
さすがに、俺でも男2人を抱えて走るのはきつくなってきた。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
速度は落とさず、ただひたすら前へ進む。
「っ……天乃!」
とめどなく降ってくる瓦礫の中に、ひときわ大きな岩が数メートル先に落ちてきた。
……なんだ、あれ。でかい。
どうする……迂回するか……?
そう考えていた瞬間、少し後ろを走っていた天乃が、俺の前に飛び出してきた。
何も持っていなかったはずの彼女の手には、いつの間にか煌々と輝く弓。
走りながら、迷いもなくその弓を正面の岩に向けて構える。
「っ……天の弓よ、我が意を射抜け!……サジタリウス・ショット!!」
「っ!?」
――ドンッ。
矢は、見えなかった。
けど確かに、彼女が放った瞬間…。
光の矢が空間に現れ、すさまじい勢いで放たれた。
そして、それは一瞬で数メートル先の岩に命中する。
直後、爆発音はなかった。
ただ、その巨岩は、砕けるというよりも、光の粒となって空に舞っていった。
……まるで、花火みたいだと思った。
「す…すっげぇ!!!!」
「かっこいいー!! 花ちゃん、今の何!?」
両脇から、目を輝かせた2人が騒ぎ出す。
天乃は一瞬だけこちらを振り返り、口元を少し上げて、笑っていた。
……2人がその笑顔を見て、どんな顔をしてたかは、わからない。
けど、少なくとも俺は、天乃に見惚れていた。
そのまま、また俺の少し後ろを走り出す天乃。
目の前にゴールの建物が見えてきて、ようやく安堵の気配が背中を撫でていく。
けど、ここで気を抜くわけにはいかない。
グッと奥歯を噛み締めて、俺は最後まで速度を落とさずに走り続けた。
.
「はぁ…はぁ……。悪い、天乃…。ほとんど任せっきりに… 天乃?」
無事にゴールへ辿り着いた俺も、さすがに息が上がっていた。
緑谷と上鳴を所定の場所に下ろし、訓練は終わった──はずだった。
けど、天乃の姿が見えない。
「と、轟くん!!あそこ!!!」
緑谷が指差した先に視線を向けた、その瞬間にはもう体が動いていた気がする。
少し先、天乃が倒れていた。
頭上にあったはずの盾は消え、上空から瓦礫が次々と降ってきている。
その中には、細かい破片だけじゃない。
下手をすれば、致命傷になるような大きさのものも混ざっている。
そして今、まさに天乃の頭上に──
「っ…穿天氷壁!!!」
瞬時に繰り出した氷の屋根が、ギリギリで瓦礫の直撃を防いだ。
胸の奥で小さく安堵が広がると同時に、俺はすぐさま彼女のもとへと駆け寄った。
「おい、天乃…! ……天乃!!」
「うっ…ごふっ……」
口元から吹き出す鮮血が、白い──
いや、青白くなった頬を汚していく。
薄く開いた瞳は、何を見てるのか…焦点が合っていなかった。
「くそっ……」
思わず唇を噛み締める。
遠く、安全地帯で大きく手を振る緑谷と上鳴が見えた。
俺はすぐに天乃を背負い、迷うことなく駆け出した。
男二人とは違い、小柄な天乃を背負うのは思った以上に軽くて、走る動きもほとんど変わらなかった。
そのおかげで、すぐに安全地帯へ辿り着くことができた。
センサーが反応し、シャッターが音を立てて降りる。
訓練エリアとこの場を隔てる壁。
モニターには「ミッションクリア」の文字が表示された。
けどそんなもの、今の俺にはどうでもよかった。
「花ちゃん、聞こえる!?」
「お、おい大丈夫か……! 早く、リカバリーガールのとこ行かねぇと!」
俺は天乃を下ろすことなく、そっと背負い直した。
この部屋はそのままエレベーターになっているようで、ゆっくりと上昇しているのがわかる。
おそらく、最初の集合地点へ戻っているんだろう。
しばらくして、扉の上に取り付けられたランプがぽんっと点灯する。
それを合図に、扉が音もなく自動で開いた。
走り出そうと、一歩踏み出した瞬間だった。
「──あ〜ハイハイ、怪我人はこちらにね〜!」
「轟少年! ナイス救助だったぞ!!」
すでにリカバリーガールが待機していた。
どうやら映像を見ていたオールマイトが連絡して、呼んでくれたらしい。
「天乃……もう、大丈夫だ。」
そう声をかけて、彼女をそっと下ろそうとした、そのときだった。
──かすかに、俺の肩に回された指先が力を込める。
そして、耳元で……確かに聞こえた。
「ありがと、しょ……と。」
鼓膜を通して届いたその声に、思わず心臓が一瞬、鼓動を打つのを忘れた気がした。
静かに呼ばれただけなのに、胸の奥が熱を帯びていく。
……どうしてだろうな。
さっきまで冷静だったはずの頭が、今はずっと、彼女のその声だけを繰り返してる。
天乃は……たぶん、俺のヒーロー名を呼んだだけだ。
けど、それでも、それは俺の名前にも聞こえてしまうわけで。
今度はカっと顔が熱くなるのが分かった。
自分でも呆れるくらい、単純だと思う。
そんな俺の様子など知る由もなく、リカバリーガールがすっと近づいてくる。
「ハイハイ、そのままでいいから、じっとしてるんだよ〜」
唇が伸びてきたのを見て、俺は思わず視線を逸らした。
天乃の頭に「チュー」と音がして、治療が始まる。
そのあいだ俺は、何も言わずじっとしていた。
「ハイ、おしまい。他に怪我人は?」
「……大丈夫です」
「そうかい? まったく……前に『2つの星座が限界』って、自分で言ってたろうに。もっと体力つけなって、言っといておくれ」
リカバリーガールはそう言い残すと、オールマイトと何か話しながら訓練場を出ていった。
2つの星座が限界──。
天乃はたしか、ずっと盾の星座を使っていた。
途中で弓も使った。つまり、それで2つのはずだ。
何か他にも、別の星座を使っていたのか?
あるいは、それ以上の負担を伴う何かがあるのか。
考え込んでいると、不意に、緑谷と上鳴がこちらへ寄ってきた。
「あの、さ……。今思うと、今回の訓練って、“救助者を見つけて、所定の安全地点に運ぶ”だったよね。……僕たちを見つけてから、視界の悪い中を真っ直ぐ安全地点に行けたのって……」
緑谷のその言葉で、俺も思い当たる節があった。
たしかに、緑谷と上鳴を見つけたのは早かった。
でも、あの視界の悪さと瓦礫の多さの中で、迷いなく進めたのは……少し、おかしい。
普通なら、もっと時間がかかってたはずだ。
「……ポラリス、かな。前に花ちゃんとチームだったときに、導きの星座──“ポラリス”っていうのを使ってたんだよね。だから、今回は盾の星座と導きの星座。この二つを彼女は、ずっと同時に使い続けてたんだと思うんだ……」
緑谷の言葉に、上鳴が感嘆の声を漏らす。
「す、すげぇな。なんつーか……言葉が出ねぇわ……」
「ああ……」
気づけば、天乃は俺の背でスースーと寝息を立てていた。
顔色も落ち着いていて、安らかな表情をしてる。
小さい体で、限界を越えて。
それでも、誰かを導いて、守って。
……ほんと、すげぇなって、思った。
その時、不意に声をかけられる。
「轟少年。悪いんだが、天乃少女を部屋まで運んでくれるかい?」
オールマイトが少し申し訳なさそうに眉を下げる。
「リカバリーガールの話だと、今日はもう目を覚まさないらしい」
「……わかりました」
俺は短く答えて、静かに歩き出した。
天乃を背負ったまま、ゆっくりと訓練場をあとにする。