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そうして。ジェイド先輩に連れてこられたのは彼らの部屋…ではなく、オクタヴィネル寮のとある一室だった。きょろきょろと部屋の内部を見回す。先輩たちの部屋と同じくらいの広さだがきちんと整えられ、家具の一つ一つにもシンプルながらも海をモチーフにした装飾が施されている。すごくきれいだ。まるでホテルみたい……と思ったところで気づいた。
この部屋、前にアズール先輩が言っていた、噂の一泊一万マドルの寮部屋では?

「あの、俺お金払えませんけど…」
「ご心配には及びませんよ。今日はこの部屋は空いていますので。アズールも寮長会議がありますからバレません」

やっぱりホテル部屋だ。ジェイド先輩の返事に確信した。どうやらアズール先輩に無断でこの部屋を使うつもりらしい、「僕と、ナマエさんだけの秘密です」。そう言ってジェイド先輩は目を細めて微笑う。

「いやでも、客室を使うのはさすがに、」

まずいのでは?と言いかけるが先輩には大丈夫ですから、と返されてしまう。今日はいつになく強引だ。最近は(といってもここ数日の間だが)ジェイド先輩としてなかったし、溜まっているのだろうか。
ジェイド先輩はそのまま俺の手を引いて部屋の中央に鎮座する天蓋付きの大きなベッドの方へと歩いていく。そしてとんと軽く身体を押され、どさりとベッドの上に倒された。それにしても大きいなこのベッド。キングサイズだろうか。両腕を伸ばしても端っこに届かなさそうなくらい広い。スプリング効いててふかふかだし、一度でいいからこんな高級ベッドで熟睡したい…、なんて現実逃避をする暇を相手は与えてはくれない。俺に馬乗りになったジェイド先輩は、ぺろり、とこれから食事を始めるかのように薄い唇をひと舐めして。赤い舌がちらついて、それが妙にエロく見えた。けれど。

「(ああ…)」

さっきのエースの言葉が頭をチラつく。いつもだったら諦めて身を任せているところだが、今日はどうしても気持ちが乗らない。半ば喧嘩別れをしたようなものだ、どうしてもエースのことが気になってしまう。あの感じ、どう見ても怒ってたよな……。そうにしか見えなかったもんな……。どうしよう、もう一度謝らなければいけないのは確かだが、問題はどうあの時のことを説明するかだ。事実を話さずに釈明をするか、全てを打ち明けるか。

「……僕は、バレても構いませんよ?」
「え、」

どちらを選ぶべきか、悶々と考えていれば、突然のジェイド先輩の言葉に思考が中断する。どうやら俺が上の空だったことはしっかりと伝わっていたらしい。更には俺が何を考えているかも見通されている。その上でこんなことを言ったのだ。何も言わない(言えないというのが正しいが)俺にジェイド先輩はうっそりと目を細め、細く長い指を俺の肌へと這わせていく。

「貴方の好きなようにすればいい。何なら学園中に言いふらして差し上げましょうか。」
「な、」
「おや、どうしてそんな表情を?その方がいっそ貴方も楽なのではないですか?」

学園中に言いふらされるなんて冗談じゃない、そう言いかけたが、間を挟むことなく繰り出された先輩の次の言葉にぐ、と唇を噛む。

「最も、今貴方が頭の中で考えている彼は薄々気付いているでしょうが。先程の反応を見れば明らかだ」
「……。……やっぱり、先輩もそう思いますよね」
「ええ、思いますね」

俺もエースに薄々気付かれていると思ってはいたけれど、他人から見てもそう感じるのであれば間違いない。むしろさっきのことで疑念が確信に変わってしまったのではないだろうか。

「はー………」

顔を覆って、大きなため息を吐く。先輩の言葉でどこか気持ちが吹っ切れた。デュースやグリムはまだ気付いてないだろうけれど、エースにはもうバレているようなものだ。なら隠そうとせず、彼らにちゃんと言った方がいい。リーチ兄弟とセフレまがいのことをしているなんて話したらどう思われるか怖いけれど、それでもこのままエースと気まずい状態なのは嫌だし、隠していても関係が悪化するだけだ。

「……ありがとうございます、ジェイド先輩」
「ふふ、僕は何もしていませんよ。貴方の頭の中が、僕ではない他の誰かに占領されているのが嫌だっただけですから」
「…そうですか」

にこ、と柔和な笑みがどこか白々しい。まあ親切でジェイド先輩がそんなことを言うわけがないとは思っていたが、それでも俺にとっては助言になったのだ。一応お礼は言うべきだろう。

「ほら、今は僕を見て。気持ち良くなりましょう?ナマエさん」
「…帰しては、くれないんですね?」
「帰すと思っているんですか?」
「……いいえ」
「物分かりの良い方だ」

そう言ってジェイド先輩は俺の頬を優しくなぞる。本当なら戻りたいところだが、一応聞いてみたところで先輩の返答はいつものことながら予想通りだった。今までの経験上、俺をこのまま手放すなんてあるはずがない。
先輩の言う通り、今はジェイド先輩のことを考えよう。仕方ないがエースのことはそれからだ。思考を切り替えるべく間近のオッドアイを見つめ返せば、ジェイド先輩は薄く微笑って、そのまま俺の口を塞ぐ。薄くて柔らかい唇が、俺の熱と混ざって溶け合っていく。

「っん、」
「ん、ぁ、」

ちゅ、ちゅ、と戯れるような触れるだけのキスをしばらく続けたかと思えば、先輩は口を緩く開け、まるでこちらを誘うように俺の唇を舐める。それに応えるように舌を差し出せば、ちゅうと甘えるように吸われた。そこで僅かな違和感を覚える。

「ン、っふふ、んぁ、んぅ」
「ぁ、っん、ジェイドせんぱ、……?」

何かがおかしい。何だろう、この違和感。ジェイド先輩なのに、ジェイド先輩じゃないような。頭の隅でもやもや考えながらもなんとか舌を絡め合えば、先輩はそれにくぐもった声を漏らす。
変だ。そういえばいつもならそろそろ身体を弄られても良い頃なのに、一向に身体に触れられる気配がない。どうしたのだろうか、そう思いつつも、ならば俺からとそろそろ手を伸ばし、俺に跨っている先輩のブレザーのボタンを外してジェイド先輩の好きなところへと指を這わす。なのに、先輩はぴくりとも反応しなかった。いつもならシャツ越しに胸に触れただけでも僅かに反応を見せるのに。先輩は気にも止めずに俺にバードキスを繰り返している。
やっぱりおかしいぞ。だってこれは……このキスはまるで、

「ぁ、ナマエさん、もっと、キスして…?」

甘やかな笑みを浮かべ、俺に強請るその言葉を聞いて確信した。違う、この人は、

「っちょっと、ちょっと待ってください、」
「どうして?」
「まっ、待って待って、っフロイド先輩!」
「……チッ」

蕩けるような笑みを浮かべていたのに、キスを止めてもう一人の片割れの名前を出した瞬間、目の前の整った顔が歪んだ。どうやら俺の推測は当たったらしい、あからさまに舌打ちしたなこの人。

「はーあ……これで皆騙されるんだけどなァ。そこでふつー気付く?空気読めよ」
「いやそんな無茶な」

正体を表したジェイド先輩──、もといフロイド先輩は、俺に覆い被さっていた上半身を起き上がらせる。髪をかき乱し、まるで窮屈だと言うようにきっちりと閉まっていたシャツのボタンを開け、ジェイド先輩だった姿がすっかりフロイド先輩に戻ってしまった。

「でも全然分かんなかったですよ、本当にジェイド先輩かと思いましたもん」
「じゃーなんでバレるわけ?」

フロイド先輩は不機嫌そうに口を尖らせる。確かに先輩の変装は完璧だった。さっきまで普通に喋っていても全く分からなかったのだから、そのまま話し続けていただけではずっと気が付かなかっただろう。辛うじて気付けたのは先輩に触れられたからだ。

「触り方が何というか、違うんですよ。それから反応するところも違うし」
「は?何それ」

意味分かんないという顔の先輩は、その先の説明を求めるように俺を見下ろした。それに答えるべく、俺ものそりと身を起こしながら口をもごつかせる。

「ええと、だからジェイド先輩とフロイド先輩で、俺への触り方が違うんです。それからキスの仕方も。ジェイド先輩は丁寧でねちっこいけど、フロイド先輩は触れるだけのことが多くて」
「…ふーん」
「あと、好きなところも違う。例えば」

もう一度、するりとブレザーの隙間に手を入れ、シャツ越しに胸を撫でる。ジェイド先輩ならば身体を震わせているところだが、やはりフロイド先輩はぴくりともせず、俺の手の動きを目で追っているだけだ。

「ジェイド先輩は胸触られるの好きですけど、フロイド先輩はそうでもない。……でも」
「っ」

そのまま手を上げて先輩の耳に触れれば、今度は細い身体が僅かに跳ねる。ジェイド先輩の変装をしていたから、いつもはピアスが付いているはずの右耳には小さいピアス穴だけ。耳たぶを指で挟んでくにくにと揉めば、声が出そうになったのか先輩がきゅ、と口を結んだ。

「ほら、フロイド先輩は耳触られるの好きでしょう?ジェイド先輩はそうでもないんですよ、ここ」
「……ジェイドの気持ちいとこなんて、オレが知るわけねーじゃん」
「だから分かったんですって。これで気持ちいいところとか触り方が同じだったらマジで気付きませんよ俺」

ふい、と顔を逸らながらの負け惜しみのような言葉にため息を交えながら返す。この関係になってから最初の方は三人ですることもあったが、先輩たちの好みがハッキリしてきた最近はどちらか二人と、ということが多くなってきたから、負け惜しみといってもフロイド先輩がジェイド先輩の好きなところを知らないのは、まあ普通だ。というか俺だったら兄弟に自分の性感帯を知られるのはごめんである。
しかしまさかこんな風に遊ばれるとは思わなかった。きっと子供の頃も今みたいに片割れになりきって大人たちを揶揄ってたんだろうな…。

「……で、俺で遊んで満足しました?もう戻りたいんですけど、」

つーんと顔を背けたまま、先輩は依然として俺の上から退こうとはしない。だから先輩に暗に退いてくれと言ったのだが、そこで先輩が俺に顔を向ける。うわ、すごい仏頂面。

「小エビちゃんもさあ、ホント懲りないよね」
「は?」
「この状況でオレが小エビちゃんのこと、放すと思ってんの?」
「……ですよね」

誰にも使われる予定のない客室に二人きり。部屋には鍵がかけられていて、誰の邪魔も入らない。まあ薄々分かってはいた。なんたってさっきも同じ会話したしな。まあその時はジェイド先輩だったけれど。ああ、やはりここは諦めて言うことを聞くべきか。

「続きしよ、小エビちゃん」
「あ、ちょ、先輩」

ちょっとくらい待って欲しかったけれど、やっぱりフロイド先輩は待ってはくれなかった。俺の制止の声も聞かず、先輩は俺の唇や首筋にキスを落としていく。さっきまで機嫌が悪そうだったが、俺の手に自分のそれを絡ませて指で遊びながらふふ、と笑い声を漏らすあたりさっきより機嫌は良くなったらしい。本当にころころ機嫌が変わる人だな…。ああ、首筋に這わされる唇の感触がこそばゆい。

「くすぐったいです、先輩、」
「ん、いつもオレにしてんじゃん、」
「そうですか?」

そうだっただろうか、と思い返す前にそうだよ、と返事が返ってきて、お返し、とフロイド先輩は鋭い歯を見せて笑った。見た目がそっくりでも、その無邪気な笑顔はもう一人の片割れとは決定的に違う表情だ。その笑みを見たからかなんなのか、気がつけば思ったままのことが口を突いて出る。

「…先輩、なんであんなことしたんですか?」
「んー、何が?」
「だから、なんでジェイド先輩に化けてこういうこと……、」

と、そこまで言いかけ、はたと自分で気付く。
これはもしかして、そういうプレイをしたいってことだろうか。先輩は気まぐれだ。どこにどういうスイッチがあって、それでどういう気分になるのかは未だによく分からない。確かなのは先輩的に楽しいと思ったからやったということ。なら、俺も付き合った方が良いのではないか。先輩の言う通りにして満足させてあげれば早く引き下がってくれるかもしれない。それで間に合うならトレイ先輩のタルトを味わいたい。エースのことも気になるし。

「……分かりました」
「何自己完結してんの。オレはなんも分かってねーけど」
「じゃあ、俺今から先輩をジェイド先輩だと思って触りますね」
「は?」
「フロイド先輩もジェイド先輩のつもりでしてくださいね。」
「え、待って意味分かんねーんだけど、小エビちゃん?」
「先輩、こういうプレイがしたかったんですよね?」

眉を寄せる先輩にに、と笑って、今度は俺から抱き締める。そして先輩の背中をなぞり、だめ押しとばかりにいつもの台詞を口にした。

「気持ち良くなりましょう、先輩」

耳元で囁けば、戸惑いがちだったものの、やがて先輩の腕がそろりと俺の背中に回る。それを了承のサインと受け取って、ジェイド先輩を演じ始めたフロイド先輩にもう一度唇を寄せた。