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「さて、説明してもらいましょうか、ナマエさん。無断でお客様用の寮部屋を使った挙句、あまつさえうちのフロイドとあんなことをしていた理由を」
にこりと笑い、アズール先輩は俺を見て有無を言わせない口調でそう言った。その顔に笑みを貼り付けてはいるが、眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
「(ああ…なんでこんなことに)」
今この現状にどこか理不尽さを感じつつも、頭の中ではなんとか出来事の整理を始める。俺と先輩どっちが悪いかは今のところ置いておいて、俺たちがしていたことは悪いことだったのだし、こうしてアズール先輩に見つかってしまったのだ、きちんと説明はしなければならない。
一部始終を簡潔に説明するならば。フロイド先輩がセフレ(仮)の俺を連れてオクタヴィネル寮のホテル部屋に無断で入り込み、行為を始めようとした先輩を止めようとしたが結果丸め込まれ、色々あって先輩を泣かせた後致そうとしたところをよりにもよって寮長であるアズール先輩に目撃された。そして激ギレのアズール先輩によってラウンジのVIPルームへと連行されたのが、約数分前の出来事。そして今、現在進行形で俺は部屋中央にある上質なソファに座り、固く身を縮こませている。
そんな俺とは対照的に、どかりと大きな動作で腰を下ろしたフロイド先輩はアズール先輩の怒りオーラにも動じる気配はない。すらりと伸びた長い脚を組み、両腕は目一杯広げソファの背に。いや、態度がデカすぎる……。そもそもアズール先輩に「今すぐ服を整えてついてこい」とドスの効いた声で言われた時でさえ「あー分かったあ」と間の抜けた返事をして俺にそっと「アレは相当キてんね」と耳打ちしたくらいだ、肝据わりすぎというか、なんというか……。と脱線しそうになったところで思考を切り替える。フロイド先輩の態度のデカさについては置いておいて、今は釈明の言葉を考えなければ。
「──さっきから黙って、どうしたんです?」
だが、俺にとっては僅かな時間もアズール先輩にとっては長すぎる時間だったらしい。俺が何も言わないことに痺れを切らしたのだろう、アズール先輩はその細い眉をますます顰め、静かに冷たい声を俺に向けた。
「あ…ごめんなさい、俺」
「謝罪を聞いているのではないんですよ、それでは説明になっていない。僕は説明を求めているんだが」
「っすみません、その、」
先輩の怒気を孕んだ調子に怯み、喉を詰まらせながらなんとか弁解しようとするが、先輩はそれを許そうとはせず、苛立った様子で矢継ぎ早に言葉を繰り出した。
「ああ、失礼。沈黙を貫くということはあなたがしたことに対して弁解の言葉もなく、全面的に自分の非を認めると、そう受け取れということですね?」
「っ違います! それは──、」
畳み掛けられた言葉を咄嗟に否定した。全部俺が悪いのではない、寧ろこれはフロイド先輩のせいだと言いかけたが、不意にあの時の先輩の泣き顔が頭をよぎって言葉を切る。唇を噛みしめてちらりとフロイド先輩の方を見遣るが、その表情は平静そのものだ。ただ俺とアズール先輩のやり取りを眺めているだけで、手を出そうとはしない。その顔を見て、すう、と頭が冷静になっていく。
「それは=Aなんなんです?」
「……、」
アズール先輩の問い掛けにぐ、と息を呑む。
落ち着け俺。フロイド先輩を泣かせてしまったことについては完全に俺に非があるが、それとアズール先輩に責められていることとは話が別だ。
フロイド先輩に連れてこられ、行為を迫られたのは間違いないが、それに押し負けてなし崩し的に始めてしまったのは事実だ。あの時無断で部屋を使うことに対しては確かに罪悪感があった。けれど先輩に唆されて、実際やってしまったわけで。
先輩に抵抗しようと思ったらできたのだろうか。それとも、最初から抵抗しようとしなかったのか。……分からない。でも、客室を無断で使おうとした先輩も悪いと思うし、それにやめましょうとはっきり言えなかった俺も悪い。どっちも悪い。連帯責任だ。そう話すしかない。
そしてこの出来事を説明しようとするならば、話の流れ上俺とフロイド先輩の「気持ちいいことをする関係性」にも言及しなくてはならなくなるだろう。よりにもよって先輩に一番近い存在であるアズール先輩にバレるのは最悪だが、最早バレるのは仕方がない気がしてきた。エースと俺と同じだ。リーチ兄弟とアズール先輩はサンコイチみたいな関係性なのだから、アズール先輩にバレるのも時間の問題だった。それが今来ただけ、寧ろ今までバレなかったのが幸運だったのだ。
「……あの、」
よし、言おう。これ以上時間を延ばしても状況は悪くなる一方だ。最早開き直った心持ちになったところでいざアズール先輩に説明しようと口を開いた瞬間、
「オレとジェイドで小エビちゃんをシェアしてんの」
「……なんですって?」
……言いやがったこの人。
突然のフロイド先輩の言葉にアズール先輩は間の抜けた顔をした。俺はといえばまさかこのタイミングで乱入されるとは思っていなかったので、アズール先輩と同じようにあんぐり口を開けて呆気にとられることしかできない。ずり下がった眼鏡を押し上げて聞き返すアズール先輩に、フロイド先輩はつらつらとなんでもない事のように話し始める。
「だから、シェアだってば。最近小エビちゃんとしてんのちゅーだけで足りなかったんだよね。オレの部屋でしたらジェイドにちょっかい出されるし、あの部屋だったら誰にも邪魔されずにたっぷりエッチできるっしょ? 客用ってのは分かってるけどさあ」
呆気に取られている俺とアズール先輩を他所に、フロイド先輩はあっけらかんとした口調で淡々と理由を説明していく。聞いていて途中からくらくらした。しかもこの感じ、無断で客室を使ったことに関しては反省はしてそうであるが後悔ゼロだ。よくもまあそんなあけすけに言えるものだ。すごいよもう。
とはいえ、このままだと全面的にフロイド先輩が悪いことになってしまう。悪いことをしようとした先輩を止められたかったことに関しては俺にも責任がある。フロイド先輩の一連の説明に固まるアズール先輩に向けて、俺もおずおずと口を開いた。
「あの、俺も…客室を使うのはまずいって言ったんですけど、結局流されちゃって…。ごめんなさい」
「は? けっこーノリノリだったじゃん、あんなコトしてオレを泣かせたクセに」
「ちょっ今はそれ言わなくてもいいでしょ先輩!」
「アズール聞いてよ、小エビちゃんてばすげーイジワルなんだよね、」
「ちょっと‼」
よりにもよってこのタイミングでその話をアズール先輩に吹っかけるのをやめろ! 俺が必死にこれ以上変なことを漏らさないようにと止めようとしているのに、止められる側のフロイド先輩はニヤニヤし始めた。この人絶っっっ対に楽しんでるな。
「違うんですアズール先輩、別に意地悪したくてしたわけじゃないんですよ!」
「わざわざアズールに弁明しなくていいっつの、つーか小エビちゃんがそう思ってなくてもオレが意地悪だって感じたら意地悪だから」
「ぐっ……!」
「つくづく思うけど小エビちゃんてさあ、弱っちい小魚な顔しといて無自覚Sだよね」
「む、無自覚S………」
Sっ気があるのはフロイド先輩の方だと思うのだが………、と反論しようとしたが、はっきりと断言できない自分がいる。いやだって無自覚って言われてるってことは自覚してないってことだし、俺って実はサドだったのだろうか………。事実先輩のこと泣かせたし………なんて今までの俺の行動を思い返していると、アズール先輩が徐に、そして静かに立ち上がった。その表情は無だ。それが逆に怖い。
「あれ、アズールどこ行くの?」
「…失礼。当事者をもう一人呼んで来ます。お前たちはここで待っていなさい」
それだけ告げて、アズール先輩は部屋から出て行った。
「………。」
だめだ。悪い予感しかしない。