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フロイド先輩がご機嫌ナナメだ。
ことの起こりは数分前。ランチブレイクの時間が始まって早々、背後からぬっと現れた先輩に「おい小エビ」と襟首掴まれて問答無用で拉致られた。拉致だけならままあることだが、今回は小エビにちゃんが付いてないあたりフロイド先輩の怒りゲージは中々高い。なんだなんだとビビりつつ、連れて来られたのは人気の少ない校舎のとあるトイレ。背中を強い力で押されたと思ったら一番奥の個室へと押し込められ、便器に座らされる。そしてゼロ距離で腕を組んで俺を無言で見下ろす191cmの巨人。こわい。俺絞められるのか……?と恐怖を感じたが、しかめっ面のフロイド先輩から出たのは、
「オレにはダメって言ったのに、なんでジェイドはいーわけ?」
「………は?」
よく分からない一言だ。なにが、どういうことだ。質問の意図が読み取れずに疑問符を頭に浮かべる俺に、フロイド先輩は冷ややかな視線を俺に向けつつ口を開く。
「この前ジェイドとヤってたっしょ。このトイレの、この個室で。」
「……………。」
察しが悪い俺でも、その言葉で全てを察してしまった。そして悪いことをした子供のようにバツが悪いとばかりに視線を逸らす。そうしてしまったのは言わずもがな、フロイド先輩の言葉通りだからだ。この場所に押し込められた時点でなんとなく嫌な予感はしていたが、バレているとは。ていうかなんで知ってるんだよ。俺のそんな気持ちがモロ表情に出ていたのか、フロイド先輩はにやぁ、と笑う。
「あは、なんでって顔してんね。移動教室の時通りがかってさあ。おもしれーからちょっと聞いてたけど、息潜めてんの丸わかりですげーウケた」
「あっ、な、あれフロイド先輩だったんですか……?!」
確かにジェイド先輩との最中、誰かがトイレに入ってきてお互い息を殺したということがあったけれど、その「誰か」がまさかフロイド先輩だったとは。しかも必死に笑いを堪えていたとは。驚いて思わず大きい声が出てしまったが、それを気にすることなくそーだよ、とフロイド先輩はニヤニヤと表情を崩さない。
「つーか防音魔法も張んないでヤるなんてジェイドもヘンタイだよね。その方がスリルあって興奮するけどさあ」
「…………….えっ」
それからあっけらかんとなんでもないことのように続けた先輩に俺もなんでもないことのように聞き流そうとして、いや待てと文字通り体が固まった。待て待て、今聞き捨てならないことが聞こえたような気がするんだが?
…………防音魔法とかいう選択肢あったの??
眉を寄せて思わずフロイド先輩をガン見すれば、先輩はああそっか、と気付いた表情をして、それから小エビちゃん、魔法使えないもんねえ、と目を細める。
……ということは、つまり、つまりだ。
「…やろうと思えばバレないようにできたってことですか?」
「まあね。ジェイドがあえて言わなかったのはその方が楽しいからでしょ?」
「………はあ」
なんだそれ。
なんだか力が抜けて、その分が溜め息となって吐き出される。便器に座って脱力状態という馬鹿みたいな格好だけれど気にしない。バレないでできるなら最初から使ってくれればいいのに、俺がバレないようにあわあわ苦労していたのはなんだったんだ………。ジェイド先輩、必死な俺を見て楽しんでたな………。
「………」
何を思っていたのか、フロイド先輩は黙ったまま俺を見つめていたけれど、やがてジェイドのことはもういいでしょ、と淡々とした口調で呟いた。
「で、ジェイドとはすんのに、オレとはダメなの?」
「……」
本題を忘れていた。こてんとかわいらしく首を傾げ、口元には笑みを浮かべてはいるがそのオッドアイは全然笑っていない。問題は解決していない。こうして狭いトイレに押し込められたのはこれが本題なのだった。
こう言われる理由は分かっている。フロイド先輩との行為を断った後にジェイド先輩としていたからだ。俺の事情も含めて言うならば、フロイド先輩の時は上手く逃げられたが、ジェイド先輩の時は逃げられなかった、と言うのが正しい。まあフロイド先輩にとってはそんなの関係ないだろうが。
フロイド先輩に限らずこの双子に言いたいことは色々ある。そもそもの話ところ構わず迫ってくるのをやめてほしい、校内でもそうだしトイレでするなんてもってのほかだ。それ以上にいやなのは、いつも以上の行為を要求されてどちらか一人にでもそれを許してしまうこと。いつも以上の要求を呑んでしまえば、遅かれ早かれそれが片割れに伝わってしまう。そうなったらどうなるか?それこそフロイド先輩の言葉通り、「片割れとはするのに自分とはしてくれないの?」である。だから下手なことを許せばどんどん行為がエスカレートしていく。まさに泥沼である。今まさにそんな状況なわけだが。
……が、フロイド先輩の場合、困ったことが別にある。
「だって先輩、いつも一回きりで終わらないじゃないですか」
そう、主にこれだ。一回では終わらない。校内で迫られた時、「ちゅーだけ」と強請られてちゅーで終わったことはない。お陰で何度俺の大切なランチブレイクが潰れたことか。
「だって気持ちーんだからしょうがないじゃん」
それをフロイド先輩はけろりとした顔で開き直った。まあそう言うとは薄々思っていましたが!!
「素直なのはいいことですけど、ちょっとぐらい我慢してくれません?」
「ジェイドだって我慢できなかったからここでやったんでしょ?オレだけしてくんないのってずりーじゃん」
「………」
いやいやそうじゃない。「ジェイドだって」とかではなく、だからそもそもの話学校の中でやるのは嫌なんだが!とこの際言ってやりたくなったが、そんなことを言っても先輩は納得しないだろう。ならしょうがない。片割れと比較するようなことはあまり言いたくないが、ジェイド先輩と同じことをしてくれないと不満なら、同じことをフロイド先輩としたくない理由を言うまでだ。
「…だって、ジェイド先輩は先輩と比べたら声小さいし、我慢してくれるし…、それにここまでって決めたらちゃんと終わりにしてくれるし。フロイド先輩は際限ないでしょ」
途中から逆ギレされるんじゃないかとビビって声が小さくなるところもあったが、思っていたことを言えてちょっとだけスッキリしたのは秘密だ。ひとしきり言い終えた後にフロイド先輩に目を遣れば、先輩は顔をしかめ、ぐ、と口を噤んで黙っている。少なからず思い当たる節はあるのだろうか。あるなら少しくらいは自粛してほしい。どちらにせよこれで引き下がってくれるなら万々歳なのだが、果たしてどう出るだろう。
「…………オレだって我慢できるし」
結果、はい分かりましたとは頷いてはくれなかった。けれど、ぼそりとそんな言葉を吐き出してこちらを見ずに不満げに口を尖らせる先輩は、わがままが通らなくて拗ねる小さい子供のようで。別に俺は悪いことなんて言ってないし、むしろ被害者と言っていいはずなのに、何故か胸の奥がぎゅう、と締め付けられる音がした。ああ、なんだって俺がこんなよく分からない気持ちにならなければいけないんだ。ジェイド先輩とはまた別の方向からアプローチしてくるのやめてほしい。
「…………先輩が一回イったら終わり、"もう一回"はナシ、声は出さない。出したら即終わりにします。ジェイド先輩とした時と同じ条件です。守れますか?」
結果これだ。ジェイド先輩の時と同じ、俺はめちゃくちゃ絆されている。そんな自分が甘いと脳内の理性が俺を叱るけれど、あくまでもこれは公平性を保つため、後にも先にもトイレでするのはこれきりだ。そう自分に言い訳をして、フロイド先輩の返答を待つ。
「……ん」
俺の言葉に間を置いて、フロイド先輩はこくりと頷いた。どうやら守ってくれるらしい。普段声の大きい先輩が、俺の言う通りにちゃんとできるかある意味見ものだ。
「じゃあ、やりましょうか」
見上げてそう言えば、フロイド先輩はん、と再び短く返事をして俺の上に座ってきた。え、ここで俺の上に座ってくる?あと普通に重い。正直退いてほしかったけれど、嬉しさを隠すためなのか、ゆるゆるになりそうな口を引き結んで必死に我慢している表情がちょっとだけかわいかったので、それに免じて何も言わずにキスしてあげた。