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「なァ、オレも混ぜて」
「………は?」
突然入り込んできた言葉に顔を向ければ、フロイド先輩が何故か釈然としない表情でじ、と俺とジェイド先輩のことを見つめている。
いやまぜてって何?ちょっと理解ができないんですが?口を半開きにしてぽかんとする俺に、彼はだってさあ、と口を開いた。
「寝よーかと思ったけど、ジェイドと小エビちゃんがイチャイチャしてんの見てたらムラムラしてきた」
「待ってください、イチャイチャしてないです」
「ツッコむのそこなの?おもろいね、小エビちゃん」
じゃあもう一回オレとイチャイチャしよ、と四つん這いで寄ってくるフロイド先輩。いや、貴方ともイチャイチャした覚えは全くないんだが。やめてくれ、その体勢で近づいてこないでくれ!
「ね、オレでコーフンしたんでしょ?」
「ぅ」
「オレも小エビちゃんでまたコーフンしてきちゃったぁ」
猫撫で声で、フロイド先輩が上目遣いに俺を見る。ズボンの上からつつ、と太腿を撫でられる感触に脚が震えた。ひい、ゾワゾワする!
「フロイド、」
「いーじゃんこれくらい。オレは手だけ借りるからさあ。ジェイドは小エビちゃんとちゅーしてていいから」
好き勝手するフロイド先輩に、どこか咎めるような声でジェイド先輩が名前を呼ぶが、彼は気にも留めようとしない。小エビちゃんのちゅー気持ちいいよぉと続けて、フロイド先輩は俺の右手を取って自分の下腹部へと持っていく。ああ、確かに感じるこの硬い感触。いやだ!
「あの、フロイド先輩、俺の意思は……」
「あると思ってんの?てか、小エビちゃんだって楽しんでたじゃん」
「ええ嘘だ、俺楽しんでるように見えました?」
「オレのことイジめてニヤニヤしてたっつーの、待ってって言ったのに待ってくんねーし。ムリやりとか、小エビちゃんシュミわる〜い」
「ウッそれは、ちょっと悪いと思ってますけど、でも、先輩だっていつも俺が言っても待ってくれないじゃないですか」
「だって小エビちゃんトロいんだもん」
「俺のせいですか!?」
「知っています」
「ジェイド先輩まで…って、え?」
俺とフロイド先輩の会話の最中、今まで黙っていたジェイド先輩が突然ぽつりとそう言った。それに俺とフロイド先輩は黙って顔を向ける。
「………ジェイド先輩?」
「……それは僕も知っています。フロイドよりも先に味わいましたから」
「は?」
「ナマエさんとのキスは気持ちがいい…、夢中になってしまいそうだ」
「え、いや、あの……」
知っているなんていきなり何を言い出したかと思ったら、まさかキスの話だったとは。戸惑う俺を気にすることなくジェイド先輩はうっそりと目を細め、俺の頬を手の甲でするりと撫でる。彼のまるで煽るような言葉にあからさまに顔をしかめる片割れを気にする様子もない。あ、ダメだ、この流れ嫌な予感しかしないぞ。絶対にやばい。そう思ったがこんな時に限って上手く言葉が出てこない俺はクソだ。そして悪い予感というほど当たるもので、ジェイド先輩はそのままちゅう、と俺の唇に吸い付いたのである。
「!っちょ、ジェイドせんぱ、っん」
「ん、っふ、…んぅ、」
まるで見せつけるかのようなねっとりとしたそれ。ちゅ、ちゅぷなんてわざとらしく水音を立てている。それにフロイド先輩はその顔をますます顔を険しく、歪ませていく。それに比例して俺の肝も段々と冷えていく。
「っ、ん、…ふ、…ああ、本当に気持ちいい」
「……っ、」
それがどれくらい続いたのか。ちゅう、と仕上げとばかりにリップ音を立てて、ジェイド先輩の唇がようやく離れる。そしてこれまたわざとらしく、その場にいるもう一人に聞かせるように甘ったるい声音で呟いた。これはまずい、非常にまずい。何故かジェイド先輩がフロイド先輩をめちゃくちゃに煽っている。この兄弟の煽り合戦でとばっちりを受けるのは確実に俺だ。その先のことを想像して背中に嫌な汗がじんわりと滲む。お願いだからジェイド先輩の煽りに乗らないでくれ、頼むから!とフロイド先輩に視線を向けようとしたその時、
「んぶっ、む、ッんーーー!」
視界の端から伸びてきた手に頬を勢いよく掴まれたかと思えば、ぶちゅ、とこれまたすごい勢いで唇をぶつけられた。乗るなーーーー!!!!!!
「、っちょ、何するんですか!」
「何ってちゅー」
「するならもうちょっと優しくしてもらっていいですか!」
唇どころか骨が当たってるんですけど!痛いんですけど!と口を抑えながら文句を言えば、はァ?と思い切り眉間に皺を寄せて睨まれた。それに反射的に身体がびくりと震える。ああもう機嫌急降下じゃん!何とかしてくれと思わず煽った張本人に目を向ければ、ジェイド先輩はにこ、と笑った。うわ、こっちも機嫌が悪い。目が全然笑ってない。
「フロイド、今は僕の時間ですよ」
「昨日抜け駆けしたじゃん。いーでしょこれくらい」
「僕が抜け駆けしたから今こうして監督生さんと遊べているんですよ。少しは僕に感謝してはどうです」
「はァ?何ソレ。すげー恩着せがましいじゃん。うざ」
ああ、最悪だ。俺を挟んで言い争いが始まってしまった。亀のように首を引っ込める。怖い、フロイド先輩の段々とドスの効いて低くなっていく声も、抑揚がないジェイド先輩の声も、ものすごく怖い。すう、とさっきまでの熱が嘘かのように体が冷えていく。これが少女漫画で俺が女の子なら、間違いなく「ダメ!私のために争わないで!」と言うところなのだろうが……ここで俺が何か口を挟もうものなら間違いなく絞め殺される。
「……(いや、)」
すっかり冷静になった頭が疑問符を投げる。おかしいだろ。何なんだよこの状況。何で俺はこの兄弟に挟まれて首を縮こめて萎縮していなきゃならない?というかそもそも、何で俺がこんな目に遭っているのか。耳に入ってくる言い争いの言葉は、さっきからどっちが先に手を付けただとかどっちが最初に目を付けただとか、自分たちがどうしたから、ああしたからとかそういうのばっかりで、俺からすればマジでどうでもいいことばかり。俺の意思はどうでもいいって?何だよそれ。
今までのことを思い出したらあまりの理不尽さになんだかイライラしてきた。俺も俺だ、何で俺はこの人たちの言うことを聞いてるんだ?馬鹿じゃないのか?しかもちょっと流されかけて絆されかけてたし。そんな自分にもイライラする。次から次へと、考え出したら止まらない。リーチ兄弟が理不尽で身勝手だなんて今更すぎるし分かってたけど!分かってたけどムカつく!!
「っあーーーもう!!兄弟喧嘩は他所でやってくださいよ、俺マジで帰りますからね!!」
とうとう我慢できずに大声を張り上げれば、いきなり怒り出した俺に驚いたのか、兄弟はぱちくりと目を瞬かせた。なんだその顔は。何でお前が怒ってんのとでも言うかのような表情である。と思っていたらフロイド先輩がほぼその通りのことを言ってのけた。腹立つ!
「………何で小エビちゃんがキレてんの」
「あのね、190cmの巨人に挟まれて喧嘩される俺の身にもなってくださいよ!ていうかさっきから聞いてれば何なんですか、シェアとか何とか、フロイド先輩もジェイド先輩も俺の意思なんてガン無視じゃないですか。俺にだって人権ってものがあるんです、モノじゃないんですよ!そんなに気持ちよくなりたいなら道具使ってくださいよ!!」
昨日今日で散々好き勝手されたせいで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく一気に捲し立てた。きっと二人を睨めつけたつもりだったが、悲しいかなあまり効果はないらしい、二人の表情は変わらない。うわ、これで逆上されたら嫌だな…と啖呵を切った直後から若干ビビり始めて後悔しかけたのだが、フロイド先輩は憮然とした表情で俺を見つめて、予想外の言葉を言ったのだ。
「道具って何」
「え」
道具って何、って何?
「………いや、…あるでしょ……、…オナホとか…」
「何ソレ」
知らねー、と低い声で続けるフロイド先輩。いや、俺が何ソレである。まさかそういうのも知らないのか?いやでもよく考えればそうか…。オナったこともないのに知るわけがないか…。
「と、とにかく、気持ちよくなりたいならそういう道具使ってください。俺じゃなくて」
「嫌です」
気を取り直してそう言ったものの、今度はジェイド先輩が即答である。まさか食い気味に即答されるとは思っていなかったので返す言葉がすぐには見つからない。
「い、嫌って」
「僕たちはただ気持ちよくなりたいという訳ではないんですよ。陸の人間のセックスで気持ちよくなりたいんです」
「は、……」
違うのか。ただ気持ちよくなるだけじゃなくて、陸の人間のセックスがしたい?そういえば、していた時にフロイド先輩が「ジェイドが陸の人間のセックスは気持ちいいって言うから」とか言っていた気がする。それを試すのに目を付けたのが俺、ということだろうが……。そう考えて、数十分前に過った考えが再び頭に戻ってくる。
魔法も使えない弱い俺は、気持ちいいことをするための程のいい練習台で実験台。これが俺を選んだ理由としては一番可能性が高いし、そうとしか思えないのに。頭では理解しているつもりでも、言葉にできない何かが引っかかって、何となく納得がいかなかった。
かといって、こうしてもやもや考えていても明確な答えは得られない。だから直接本人たちに聞くしかない。幸いにも今はそれを聞くのに良いタイミングだろう。
「……でも、だからって、その相手は俺じゃなくてもいいでしょう」
今なら、この二人が俺にこんなことをする理由を聞けるかもしれない。少しまごついた俺の言葉にジェイド先輩はいいえ、と首を横に振って。
「貴方がいいんですよ、ナマエさん」
「……」
そうだ。「俺がいい」理由を聞きたいんだ。黙ったままジェイド先輩を見つめてその先を促せば、彼は一つ瞬きをして再び口を開く。
「確かに貴方は魔法も使えず非力な上、警戒心も全くなく、丸め込むことなど造作もない。誰にとってもとても御し易い方だ」
「………そうですか」
つらつらとジェイド先輩は言葉を紡ぐ。ああやっぱり、俺は格好の餌であり実験台だったわけだ。納得がいかないって何だよ。何故か胸の中が冷えていく感覚に、俺は一体何を期待していたんだろう、と自虐的な笑みが漏れる。
「ですが、それが理由ではありません」
「え……」
先輩の言葉はそれで終わりではなかった。まさかその先に理由があるとは思っていなくて、困惑した視線をジェイド先輩に向ける。それに彼はそうですね、と口に指を当て、少し考える素振りをして。
「強いて言うなら……、単に貴方に興味があったから、というのが大きな理由でしょうか」
フロイドの言葉を借りるなら「面白いから」ですね、と先輩は続ける。
「だから試食をしたのですよ。で、すごく美味しかったので、すっかり気に入ってしまいました」
なので貴方がいいんです。もう一度その言葉を繰り返して、口喧嘩をしていた時の温度がない無機質な声から一変、まるで砂糖菓子が含まれているかのような甘い声音でジェイド先輩は微笑う。それに今まで静かに話を聞いていたフロイド先輩が、加わるようにオレも〜!なんて声を上げた。
「フロイド先輩、」
「今更他の人間でなんてめんどくせーし、それにさっきの、すげー気持ちよかったからさぁ。もう小エビちゃんとじゃないとダメなんだよね」
「………」
つまり、つまりだ。
俺が魔法を使えなくて抵抗できないからとかそんなの関係なく、俺に興味があって試しに手を出してみたらそれが気持ち良くて大層気に入ったので、俺がいいってこと……?
「な、何だよそれ…」
気の抜けた、そんな声しか出なかった。予想の斜め上を行かれて拍子抜けだ。
「いけませんか?僕たちも年頃の男の子なので」
「オトコノコって何だよ、ウケる」
先程までの機嫌の悪さは何処へ行ってしまったのか、フロイド先輩は可笑しそうにけらけらと笑う。気分にムラがありすぎる。ジェイド先輩も何考えてるか分からないし、ますますこの兄弟のことが分からなくなってきた。
「では、改めて貴方の意思も確認しましょうか。」
「は?」
「おや、意思を確認してくれと言ったのは貴方でしょう?」
「それは、そうですけど…」
まさか本当に意思を確認してくれるとは思わなかった。この兄弟のことだから、俺がキレても「知らねーし」とか言われるかと思っていたのだ。
ナマエさん、ジェイド先輩が俺の名前を呼ぶ。ジェイド先輩とフロイド先輩が並ぶと、一対の金色の瞳に見つめられているような気分になる。ゴールドとブラウンの瞳が俺を捉えて離さない。
「僕たちと、一緒に気持ちよくなりましょう」
「ね、小エビちゃん」
顔が近づいてきてそれに反射的に目を瞑ると、ちゅ、と鼻先に口付けられる。瞼を上げて目の前のそっくりな顔を交互に見つめるが、彼らは笑みを浮かべるだけで何も言わない。本当に、俺の返事を待っている。
「…………」
貴方はどうしたい?それを聞かれて初めて気が付いた。
この状況で今更「意思」だなんて。
そんなのあってないようなものだ。