相澤が酔っ払った
背中に鈍い衝撃が走る。押し倒されたのだと気がついたのは、私を見下ろす顔越しに天井のライトが見えたからだった。「あ、あの……相澤消太さん…?」
「…いい匂い、するな。おまえ」
私の身体を組み敷いた相澤は私の問いかけなど気にせず、首元に顔を埋めすんすんと匂いを嗅ぎ始める。首筋を擽る熱っぽい吐息からは酒の臭いがした。
「やっ…ちょっ、バカ!い、いきなり何して…っやだ、汗臭いから離れてよ…っ!」
「いやだ」
抵抗も虚しく、そのままちゅう、と首筋に吸い付かれる。
一体どうしてこんなことになった。積極的に酒を飲む方ではない相澤が珍しく「今日俺ん家で飲むか」なんて誘ってきたから、なにか相談事でもあるのかと思って付き合ってやったというのに。
相澤は酔っ払うと十中八九その間の記憶を失くしてしまう。今ここでなにかあったら困るのは相澤の方だ。だからなんとしても暴走しているこの男を止めなければいけないのに、酔っ払っているはずの身体はびくともせず。
どうしよう。どうしよう。相澤は私の同期で、同僚で、仲間として仲良くやってきた相手で。けれど長年想い続けた相手でもあって。今まで何度も2人で飲みに行ったけれど、こんな雰囲気になったことなんて一度もなかったのに。「…っあ、」ブラウスの裾から入り込んだ相澤の手が脇腹を撫でる。小さく声が漏れた瞬間、相澤の手がぴたりと止まった。
「…なあ」
「……、何」
「勃った」
「はい!?!?」
何を言ってるんだこの男は!!いつのまにかブラのホックは外され、胸は相澤の手にやんわりと揉みしだかれている。
ちょっと待っておかしいおかしい。なにこれ、どういう状況なのこれ!思ってもみなかった展開に恥ずかしさでどうにかなってしまいそうで、私はぎゅっと目を瞑った。
「…なあ、俺じゃ嫌か?」
「いっ…!嫌とかそういう問題じゃなくって…っ!」
身体を弄る相澤の手を両手で掴みながら必死に叫ぶ。お願い、届いて、と。
「っねえ相澤、お願い、こんなのやだよ。記憶ないあんたに抱かれたって、私はこれっぽっちも嬉しくなんかない──!」
「…そうか、じゃあ記憶があればいいんだな」
突然朗々とした声が聞こえ、思わず思考が停止する。あれ…なんだか今…声の感じが違ったような気が…。おそるおそる視線を上げると、今まで見たこともないような嗜虐的な笑みを浮かべた相澤とばっちり目が合った。瞬間、背筋が凍りつくような錯覚を覚える。
「いいことを聞いたよ。案外酔っ払ったふりもうまくいくもんだな」
「…………えっ?あ、相澤さん?え、もしかして、今って…」
「残念。まだ酔っ払うほど飲んでないよ」
最初の一杯以外水だから。あっけらかんと告げた相澤に言葉を失ってしまう。
「な、なんでそんなこと…!」
「合理的虚偽、ってやつだ」
「何のための!?」
なんだか猛烈に泣きたい気分になった。私がどれだけ本気で焦ったかわかってるのかこの男は。しかし、心なしか嬉しそうな彼にこれ以上なにも言えず、耳元に寄せられた唇が囁いたその言葉に、私はもう降参するしかないのだった。
「好きだ」
2018/09/16 MHA