泣き虫の雨傘

対極するモノ

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「オレ? オレは自分であそこへ行ったんだよー」
「ああ!? だったらあの魔女頼るこたねぇじゃねぇか。自分でなんとか出来るだろ」
「何のってんだ!」とモコナを睨みつけながら、不満げに黒鋼が口にした。

「無理だよー。オレの魔力総動員しても、一回他の世界に渡るだけで精一杯だもん。小狼君を送ったひとも、黒ちんを送ったひとも、物凄い魔力の持ち主だよ」
 ファイが視線を落とし、手元に残る林檎に影が落ちる。

「でも、持てるすべての力を使っても、おそらく異世界へ誰かを渡せるのは一度きり。だから神官さんは小狼君を魔女さんのところに送ったんだよ。
 サクラちゃんの記憶の羽根(カケラ)を取り戻すには、色んな世界を渡り歩くしかない。それが今出来るのはあの次元の魔女だけだから」

「――さくら」
 小狼の切なげな声を引き裂くように、甲高い悲鳴が響き渡った。


 橋のたもとに面した路地にひしめいていた人々が、一斉になだれ込んでくる。
 逃げまどう人と向かっていく人達が次々と眼前を通り過ぎた。

 怒号と歓声が渦巻く中、仰ぎ見る人たちにつられてビルを見上げる。ゴーグルをはめた同じ格好の集団が屋上を陣取っていた。

「今度こそお前らぶっ潰して、この界隈は俺達がもらう!」
 対面の地上に固まった、目深に帽子をかぶった集団が声を張り上げる。
 ゴーグルの集団の中央に立つ青年が、立てた親指を逆さにし口角を持ち上げた。

「ひゅー、かぁっこいー」と、ファイが口笛を口にする。

「このヤロー! 特級の巧断、憑けてるからっていい気になってんじゃねぇぞ!」
 帽子をかぶった集団の一人が声を荒らげた。

 ゴーグル集団のリーダーが腕を上げたのを合図に、ビル上にいた仲間が帽子の集団の前に身構えていた。
 間髪入れずに動物や魚や虫を原型に変異したような生物が両サイドから沸き立ち、放たれた光線や氷塊、衝突による衝撃が地面や外壁を抉る。


「あれが巧断か」
「モコナが歩いてても驚かないわけだー」
 感嘆する黒鋼とファイに、名無はやや動揺していた。

 モコナが見当たらない。
 転がっているのかとしゃがみ込むと、断末魔のような叫び声が轟いた。

「危ない!」
 小狼の声に見知った人影が走り出す。人垣の足がうごめき小狼の姿が見え隠れした。

 どうやら誰かを庇ったらしい。屈んだまま、少年らしき人物を後ろ手に庇っている姿が見て取れた。
 小狼の頭上には、一角獣の狼が小狼を覆うように炎の毛並みを立ち上らせている。


「おまえの巧断も特級らしいな」
 建物の上に立つリーダーの青年の頭上をエイのようなものが泳いでいた。
「炎を操る巧断か。俺は水でそっちは炎。おもしれぇ」
 挑発的な青年が勢いよく視界から消える。

 頭を膝蹴りされたらしい。反動で俯いた首が痛んだ。前に行こうとして蹴った野次馬は、我関せずと人並みをかき分けている。
 転びそうになった名無は、なにかが衝突する轟音しか耳に入らなかった。

「俺は浅黄笙悟だ。おまえは?」
「……小狼」
「おまえ、気にいった」
 どうやら派手な抗争は終わってしまったらしい。
 警察から身を隠すように、集団が遠ざかっていく。


 また蹴飛ばされる前に立ち上がろうとして、白いものが目に留まった。見逃さないように人垣の中を這うように進む。
 拾い上げると、泣きそうな顔で飛びついてきた。

「さびしかったー」と、ぐすんと鼻をすする。
「怪我はありませんか」
 と言うと、モコナに代わって横から黄色い悲鳴が飛んできた。

「かわいいー」と、ぞろぞろと女子の集団が集まってくる。
 一様に名無の胸元――抱きかかえられたモコナを見つめていた。
 さわっていいかと訊かれ、モコナを一瞥する。さっきの沈んだ表情を取っ払ったモコナに複雑ながらも頷いた。

「かわいいー、ふかふかー」
「モコナ、モテモテ!」
 まんざらでもない様子で、照れ笑いを浮かべたモコナが声を弾ませる。
「気の多い白餅ですね」
 名無は女子の群れから顔を背けた。

「そろそろ戻らないと、本当にはぐれてしまいますよ」
 浮かれているモコナをよそに三人の姿を目で探す。
「モコナ!」
 先に気づいた小狼が駆け寄って来ていた。他の二人はその場に留まったままだ。

 小狼のおかげで女子の集団は解散し、
「助かりました」と頭を下げた。
「いえ、そんな。無事でよかったです」
 あんな騒ぎだったからと、真剣な表情の小狼に名無は思わず顔が綻んだ。「ありがとう」

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