泣き虫の雨傘

過ちの象徴

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 ファイ・D・フローライトは、弾かれたように顔を上げた。
 雨声に水の弾ける音が交じった気がしたからだ。
 
 薄墨色の空が歪み、膨張した景色が雫状に垂れ下がる。渦巻くように消えていくそれから現れた少女が、行き場を失い降下していた。
 世界が拒絶して捨て去ろうとしているように見えた。知るはずのない未来が異様な音をたててひずむ気配がした。

 長い裾が地面を舐める。真っ白だった厚手の外套に泥が飛び散った。

 地面につく寸前で伸ばした手に、ずっしりとした人一人分の重さがのしかかる。
 ぐったりと首を折る彼女を見つめて起きる気配がないことを悟ると、投げ捨ててしまった杖に嘲笑しながら抱き抱えた。

 “願いを叶えるミセ”。

 彼が今いるこの場所は、次元の魔女と呼称される女店主の営む普通とは異なる店だ。
 願いと同等の価値あるものを支払えば、どんな願いもかなう。
 少なくても多くても世界の秩序が壊れてしまう制約は、多くを望むだけ対価を重くさせた。

 それでも彼は支払うほかなかった。
 普通ならば重なるはずのない、触れ合うことのない別次元へ渡る術を手にするには次元の魔女に願うほかないのだ。

 “あの人”に会わないためには逃げ続けなければいけない。
 別次元を、知らない世界を延々に――

 強くなった雨足に、少女の瞼がかすかに動く。
 触れ合うはずのない世界にいるはずの彼女がどうして、自分の腕の中にいるのだろう。
 わけがわからない。
 考えれば考えるだけ、心の奥底で答えを見出すことを拒絶する。

「誰だ? その女」
 無愛想な声にハッと我に返った。
 隣に立つ黒づくめの男が、やぼったい視線を向けている。

「その子で最後」
 淡々とした店主の声に、癖になっている薄っぺらい笑みを浮かべた。

「てめぇの知り合いか?」
 男の無遠慮な声が降ってくる。
「違うよー。“オレ”は知らない」と、ごまかすように笑った。

 水気をはらみ束になった髪が肌に張りついている。
 縋るような濡れた瞳も、怯えの中に見え隠れする安堵するような声も、言葉が通じないのに離れがたく思ってくれた、“たった二人”寄る辺もない“オレ”を包んだ温もりも、今も鮮明に覚えている。

 けど、彼女が会ったのはオレじゃない。

 “あの日”から消えない、忘れたくても忘れられない過ちの象徴。

 ――会いたくなかった

 彼女に触れた手に力がこもる。
 彼女は、彼が消した存在の記憶の一部だった。

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