泣き虫の雨傘

二人の闖入者

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「よう! 目ぇ覚めたか!」
 ふいに勢いよく開かれた扉にそれぞれが瞬時に反応した。

 張り詰めた空気を無視して、茶菓子を片手に入ってきた年若い長身の男が、白い歯を覗かせて快活に笑う。

「んな警戒せんでええって、侑子さんとこから来たんやろ」
「ゆうこさん?」と、さくらを庇う姿勢をとっていた小狼が体勢を戻していた。

 男の背後から進み出た女が、流れるように男の手にお盆を乗せ、さくらのために押し入れから布団を取り出し、寝かせていた。

「あの魔女の姉ちゃんのことや。次元の魔女とか、極東の魔女とか、色々呼ばれとるな」

「わいは、有栖川空汰」と男が、
「嵐です」と女が微笑んだ。

「ちなみにわいの愛する奥さん、ハニーやから、そこんとこ心に刻みまくっといてくれ」
 浮かれきった様子で自慢する空汰の手から、お盆をさらった嵐が素知らぬ顔で湯飲みを配っていく。
 ――いつもこんな調子なんだろうか

「はー、こんなハニーと結婚できてわいは幸せやー」と、惚けた顔で幸せに浸っていた空汰が体を捻らせ、警戒して立ち上がっていた黒鋼の肩に手を置いた。「つーわけで、ハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっ」

「なんで俺だけにいうんだよ!」
「ノリや、ノリ。ノリは命や!」
 浮かれた様子で小躍りしていた空汰が、またもとびっきりのいい笑顔で振り返る。
「でも本気やぞ!」
「出さねぇっつの!」

 どちらかと言えば、しゃがんだまま隣でにこにこしているファイの方が、と思ったが口には出さなかった。
 その笑顔で釘を刺されたような気がするのは、多分に気のせいだと思う。

「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれ預かって来たんやな」
「モコナ=モドキ!」
「長いな。モコナでええか」
「おう! ええ!」

「事情はそこの兄ちゃんらに聞いた。主にそっちの金髪のほうやけどな。黒いほうは愛想ないな、ほんま」
「うっせー」
「とりあえず、兄ちゃんらプチラッキーやったな」

「えーっと、どのへんがー?」
 ファイの問いに、空汰はことさら嬉しそうに窓へと足を進め、
「モコナは次に行く世界を選ばれへんねやろ? それが一番最初の世界がココやなんて、幸せ以外の何もんでもないでー」と、窓を開けて顧みると、したり顔で口を開いた。「ここは阪神共和国やからな」





「ここは阪神共和国。とってもステキな島国や!
 まわりは海にかこまれとって、時折台風が来るけど地震は殆どない。海のむこうの他国とも交流が盛んやで貿易もぶいぶいや。

 四季がちゃんとあって今は秋、ご飯が美味しい季節やな。主食は小麦粉。あとソースが名産や!

 法律は阪神共和国憲法がある。他国と戦争はやってない。移動手段は車、自転車、バイク、電車、船、飛行機。あとはー、乳母車も一応移動手段かな、ハニー」

 空汰そっくりのパペットが、絵つきのホワイトボードを指し棒で示して説明していく。
 操っている当の本人のアイコンタクトを、嵐は華麗に黙殺していた。

 名無はホワイトボードが涙で滲んでよく見えなかった。

「島の形はこんな感じ。形が虎っぽいんで通称“虎の国”とも呼ばれとるんや。せやから阪神共和国には虎にちなんだモンが多い。通貨も虎(ココ)やしな。一虎とか十虎とかや。ちなみに国旗も虎マーク。野球チームのマークも虎や!

 この野球チームがまたええ味だしとってなぁ! むちゃくちゃ勇敢なんやで! ま、強いかっちゅうと微妙なんやけど。おっと、場外乱闘は得意やで」


「はーい、質問いいですかー?」
 ファイが挙手し、名無はようやくあくびを噛み殺した。

「この国の人たちはみんな空汰さんみたいなしゃべり方なんですかー?」
「んな、水くさい。空ちゃんでええで」
 馬鹿正直に小狼が「空ちゃん」と真顔で復唱する。

「わいの喋り方は特別。これは古語やからな」
「この国で過去、使われていた言葉なんですか」と、すかさず小狼が聞き返す。
「そうや、もう殆ど使われてへん言葉なんやけどな。わい、歴史の教師やから古いもんがこのままなくなってしまうんも、なんや忍びないなぁと」

「歴史の先生なんですか」
 前のめりになって問いかける小狼の声が少しばかり高くなっていた。

「おう! なんや小狼は歴史に興味あるんか」
「はい。前にいた国で発掘作業に携わっていたんで」
「そりゃ、話が合うかもしれんなー」

「もうひとつ質問でーす。ここはどこですかー? 誰かの部屋ですかー?」
「ええ質問や!」と、慣れた手つきで空汰が嵐を引き寄せる。「ここはわいと嵐(ハニー)がやってる下宿屋の空き部屋や」

「ええやろー。美人の管理人さんやでー。その上料理上手やー」
 うっとりした顔で紹介する空汰を余所に、名無は重い瞼と格闘していた。

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