五つの偶然
「よっしゃ、んじゃ、この世界におるうちはわいが面倒みたる!」と、空汰が嵐の手を握る。「侑子さんには借りがあるさかいな」
縁を結ぶために奔走したのだろうか、すまし顔だった嵐の頬がほんのり赤らんでいた。
「ここは下宿や、部屋はある。次の世界へ行くまで下宿屋(ここ)に住んだらええ」
ホワイトボードを押しながら部屋を出ていく空汰に、小狼が礼を述べる。
「もう夜の十二時過ぎとる。そろそろ寝んとな。部屋案内するで」と、思い出したように空汰が部屋全体に視線を向けた。「おっと、ファイと黒鋼は同室な」
全く真逆の反応の二人を無視して、空汰はホワイトボードを外へ出していた。
「なんでこんな得体がしれねぇやつと!」
「得体は知れてるよー。名乗ったでしょー」
「モコナも名乗ったー」
「てめぇはさらに得体がしれねぇ」
「嬢ちゃんは別室な」と、部屋の外からくぐもった声が届いた。
黒鋼と目が合い、
「代わりますか?」と自然と口からこぼれた。
黒鋼は若干揺らいだのか物言いたげに眉をひそめると、全世界を呪うような深いため息をこぼし部屋を後にしていた。
恩を買うのが阻まれたのかと部屋を出る。
戸口の端に立っていたファイがなんとも言えない顔で苦笑していた。
まっすぐに伸びた廊下は二人並んで通れればいい方だろう。壁に張り付くような形でホワイトボードが置かれ、右手に扉がひとつ。一室分間を取った場所に階段があり、その奥にひとつ扉が設けられていた。
装飾品類は見られず、花のひとつもない廊下は閑散としている。
ファイと黒鋼は左隣の部屋へ通されていた。
室内は埃っぽくないけれど、最近使われた形跡はなかった。
正面の窓からはネオンの明かりが射し込んでいる。四畳半の畳部屋。板間まで入れると一人では広いように感じた。
窓の右端に腰を下ろし、外界に視線を投じる。
先のとがったうず高い建造物を中心に、背の高いビルやアパート、老舗や巨大な量販店が所狭しと敷き詰められていた。奇怪な格好をした人物を全面に描いた派手な看板や、色鮮やかな装飾品。惜しげなく散りばめられたライトが辺りを満たし、目が眩みそうになる。
くぐもって聞こえる遠くからの街の喧騒は途絶えることなく続いていた。
同じではないけれど、遠くかけ離れてもいない風景。
あの人達からすれば、“異世界”も“次元の魔女”も“戦う力”もごく自然で、たいした隔たりはないらしい。
“幽霊”も“呪い”も“死後の世界”とやらも、存在しないとは思わない。
ただ、こうも容易く「ここは異世界です」と言われても、正直すべてが空々しい。
葬式を終えた日の晩、返しようのない“呪いの箱”を持て余していた名無は、箱の上面に映し出された艶っぽい女――次元の魔女に話しかけられた。
願いをかなえられると言われたから、「このふざけた箱を返したい」と願った。
それからのことはあまりよく覚えていない。
「異世界へ行く必要がある」、「対価が必要」が、彼女の言い分だった。
ようするに“本当の持ち主”は、異世界にいるのだろう。
そして私と彼らの願いは“偶然にも”一致した。
「特定の異世界へ行きたい」
本当に偶然。偶然にも、とても一人で支払えるものではない願いを、同時に五人が願った。
一つの願いの対価を、五人で分割して差し出し、受理されたことで今こうして知らない場所にいる。
――私の対価はなんだったんだろう。失ったことに気づかないものでも対価になりうるんだろうか