泣き虫の雨傘

蒼い瞳

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 気がついたら辺り一面真っ暗で、自分が今目を開けているのか閉じているのかすらもわからなかった。
 音もなく、手足の感覚もない。
 ただ一つ、背後からなにかが忍び寄ってくるような、ざわざわとした恐怖心だけが強く心臓を揺さぶった。

 逃れようとがむしゃらに動かしたはずの手足は空回りするようで、何も変わる気配がない。
 切迫する鼓動だけが怖くなるぐらいに“生きている”と主張していた。

 ――怖い
 生きていると主張する度に体の温度が奪われているような気がした。
 主張が激しさを増すにつれて、凍てつくような冷たさが辺りを支配していく。

 ――心臓が冷たい。寒い。
 時間の流れさえつかめないまま、暗闇に投げ出された意識が、目が、操られたように明後日の方を向いた。


 目の前にぼんやりと浮かび上がってきた人影が緩慢にこちらを振り向く。
 同時に、周囲に溜まっていた冷気がもつれ合うように体を吹きすさんだ。

 人影――と言うには異様な――亡霊のような姿に、おぞましいような妄想が頭を駆け巡った。
 手足の感覚は戻ってきていた。
 逃げようと思えば逃げられた。はずだった。
 目が、焦がれたように人影に囚われる。

 足元まで伸びたぼさぼさのくすんだ金色の髪が、やせ細った体を覆っている。
 小学生ぐらいの背丈の人影は酷く痩せこけ、皺だらけの顔はまるで老人のようだった。
 目の下は皮膚がたるみ、ひび割れた唇が虚ろに開いている。

 何の反応もなく人影が視線を上へと戻す。
 なにかを求めるように見つめる視線の先には、暗闇が広がるばかりだった。
 後ろにも前にも進めずにいた名無を蒼い瞳がゆっくりと見返した。


「――――」
 なにかよくわからない言葉だった。
 「誰?」と問われたのかもしれない。濁ったような蒼にわずかに驚きが混じった気がした。
「名無」
 伝わっただろうか。思わず、胸を指さした手が震える。

「――――?」
 疑問のような上がり調子の語尾に、名無はもう一度今度は顔を指さして名前を口にした。
 行動の意味を図るかのように人影がじっと見つめてくる。
 独り言のように呟かれた声は億劫そうで、その瞳には老年の者のような疲れが滲んでいた。

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